巽昌章氏が読む『変格探偵小説入門』(谷口基著)

谷口基著『変格探偵小説入門』評から“「本格」と「変格」の見直し”の考察へ至る、推理小説評論家・巽昌章さんによる呟きをまとめました。
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巽昌章 @kumonoaruji

たとえば、ある作家が、ドイル、あるいはヴァン・ダインをお手本にして論理的な謎解き小説を書こうとしても、そこには、どうしたって「変格」作家と同じように外部の誘惑が働いてしまう。いくら論客が「本格」を定義しても、それを逸脱しようとする力を抑え込むことはできない。

2014-01-26 14:34:31
巽昌章 @kumonoaruji

『黒死館』など小栗の諸作は、ヴァン・ダイン流「本格」のスタイルを守りつつ異様な逸脱を示した例である。海野十三の帆村ものも名探偵が推理して事件を解明するという形式をSF的奇想に接続している。理詰めの謎解きという点に注目すれば、「三人の双生児」なども「本格」に引き寄せられなくはない。

2014-01-26 14:41:52
巽昌章 @kumonoaruji

この意味で、『変格探偵小説入門』が、小栗虫太郎を変格作家のひとりとして列挙しながら、なぜ変格なのかを正面切って論じていないのは大きな弱点だと思う。谷口氏は小栗の特徴を「超絶推理」だというが、それは頭から「変格」としてとらえるより、「本格」の極端な変形とみるのが素直ではないか。

2014-01-26 14:46:27
巽昌章 @kumonoaruji

とりわけ、因果関係をめぐる奇想という点では、事件を因果的に説明しようとする「本格」において、特異な発展を遂げたといえるのではないか。

2014-01-26 14:48:56
巽昌章 @kumonoaruji

また、権田萬治氏が葛山二郎のトリックに「詩情」を見出したように、「本格」に属する作品の謎解き過程には、それ自体、論理的な説明と納得の範囲を超えた異様な感覚の表現が入り込むことがある。大阪圭吉の諸作も、戦前では最も理屈っぽい「本格」でありながら、どこか幻想的な世界観をはらんでいる。

2014-01-26 14:54:05
巽昌章 @kumonoaruji

谷口氏は、漱石の「趣味の遺伝」と横溝正史「孔雀屏風」の連関を発見した。これ自体は興味深い指摘だが、『変格探偵小説入門』においてこの二作の関係を中心に一章を設け、「変格の血脈」と呼んだのは納得できない。「遺伝」をめぐる探偵小説的奇想は、むしろ、この二作の間の時期に開花したからだ。

2014-01-26 15:00:20
巽昌章 @kumonoaruji

『ドグラ・マグラ』の心理遺伝、『黒死館』の実験遺伝学、あるいは「三人の双生児」。ほかにも「遺伝」をめぐる作例は多い。さらにいえば、恨みを抱いた者の子供が復讐鬼と化すという通俗長編によくある設定も、「遺伝」への不安を背景にしているといえるだろう。

2014-01-26 15:09:51
巽昌章 @kumonoaruji

犯罪傾向が「遺伝」するといった、優生学的、あるいは、生物学的決定論は「因果関係」をめぐる奇想において、異形の発達を遂げていたのだ。そこでは、因果関係の解明を中軸とする「本格」の構えが無視できない働きをしていたであろう。

2014-01-26 15:12:46
巽昌章 @kumonoaruji

むろん、それは探偵小説と差別という、戦前探偵小説の負の面を形成する要素でもある。「本格」と決定論幻想は、腐れ縁みたいなものなのである。精神病やハンセン病が「遺伝」するという考え方もまた、探偵小説においては無視しがたい形で根を張っていた。

2014-01-26 15:17:02
巽昌章 @kumonoaruji

だから、『変格探偵小説入門』と題した書物で「遺伝」を論じるのなら、こうした異形の展開にページを割くことが必須だと考える。

2014-01-26 15:18:16
巽昌章 @kumonoaruji

先ほど述べたことに結びつけていえば、谷口氏はその著書で「因果関係」「非論理の論理」を強調しながら、「本格」への考察を回避した結果、「因果関係」「論理」をめぐる奇想のメカニズムを十分解明できていないのではないかということである。

2014-01-26 15:21:36
巽昌章 @kumonoaruji

「趣味の遺伝」と「孔雀屏風」の関係について少し補足。谷口氏のいうとおり、両者には見過ごしたい共通点があり、横溝が「趣味の遺伝」をし下敷きにして「孔雀屏風」を書いたことは首肯できる。だが、それが探偵小説史上に持つ意味とは何だろう。

2014-01-29 02:33:02
巽昌章 @kumonoaruji

そもそも「趣味の遺伝」は、前世で添い遂げられなかった男女が生まれ変わって惹かれあう伝奇的な恋愛物語を、「遺伝」という近代的な用語で説明しようとした作品である。もっとも、漱石が本当に恋愛感情(男女が惹かれあう「趣味」)が遺伝すると考えたかどうかははなはだ怪しいと思う。

2014-01-29 02:41:47
巽昌章 @kumonoaruji

この点、谷口氏は、「趣味の遺伝」は、時空を超えた情念の再現という奇想を、「遺伝」という当時最先端の科学を隠れ蓑とした「非合理の合理主義」「非論理の論理」で描いたものだとする。遺伝は「隠れ蓑」、つまり、奇想を作品化するための意匠だという位置づけであろう。

2014-01-29 02:47:14
巽昌章 @kumonoaruji

その理解には半ば賛成する。怪談「真景累ヶ淵」の「真景」は、幽霊などは「神経」の作用に過ぎないという近代主義者の物言いにひっかけたタイトルだそうだが、「趣味の遺伝」で漱石が開陳する遺伝学についての饒舌にも、どこまで近代科学を信奉しているのか疑わしい洒落めいた感じがあるのだ。

2014-01-29 02:51:36
巽昌章 @kumonoaruji

つまり、現代社会を舞台にして恋愛の神秘を描くための便法ということだろう。もともと、恋する男女の輪廻転生というテーマは、歌舞伎「桜姫東文章」などにもあった。また、邦訳こそ戦後にまわったものの、永井荷風がレニエの『生きている過去』を推奨したことも戦前の文学好きには印象的だったろう。

2014-01-29 02:56:59
巽昌章 @kumonoaruji

しかし、「遺伝」というのは、伝奇的な恋愛に説得力を持たせるための単なる便法にとどまっただろうか。漱石自身の意図はこの際横においておく。問題は、いったん「遺伝」という近代科学的理論を小説に持ち込み、空想的にこれを拡大解釈した結果がどこまで波及したかである。

2014-01-29 03:00:07
巽昌章 @kumonoaruji

「趣味の遺伝」だけが原因だとは言えないだろうが、「遺伝」など近代科学的理論を昔からある因縁話に重ね合わせる手法が、近代科学の空想的拡張、とりわけ『ドグラ・マグラ』と『黒死館』で頂点を迎える、生物学的決定論に依拠した「操りテーマ」の異様な隆盛に結びついたのではなかろうか。

2014-01-29 03:06:26
巽昌章 @kumonoaruji

「遺伝」は、一方では逆らい難い「運命」の近代的形態として、他方ではマッド・サイエンティストたちが人間を操るための道具として、探偵小説に多大の影響を及ぼした。横溝正史も、「面影双紙」で「運命」としての遺伝を描き、『真珠郎』で「遺伝」を利用した殺人鬼創造の実験を描いた。

2014-01-29 03:15:39
巽昌章 @kumonoaruji

こうした「遺伝」をめぐる諸作品の後、いわば戦前探偵小説の黄昏どきに「孔雀屏風」は書かれた。そう思って眺めると、「趣味の遺伝」とのある顕著な違いがあることに気付く。それは、「遺伝」という言葉も、近代科学を引き合いに出したペダントリーも一切見られないということだ。

2014-01-29 03:19:33
巽昌章 @kumonoaruji

むしろ、「孔雀屏風」では、「遺伝」理論だけではどう拡張しても説明できない幻視のエピソードが重要な役割を果たしているほか、宝探しをめぐる陰謀などがからみあって、小説をかえって古風な伝奇物語の方に押し戻しているように見える。

2014-01-29 03:27:55
巽昌章 @kumonoaruji

この作品に何かしら横溝の意図が秘められているとしたら、それはむしろ、「遺伝」を利用した人体実験など近代科学の悪夢化の方向へのめりこんでいた探偵小説への懐疑だというべきではないか。それが世界大戦という近代科学の悪夢が現実化する時勢への抵抗であったといえばうがちすぎだろうか。

2014-01-29 03:33:42
巽昌章 @kumonoaruji

ごめんなさい。今夜の最初のツイート、「両者の見過ごしたい共通点」ではもちろんなく、「両者の見過ごしがたい共通点」ですね。

2014-01-29 03:35:39