巽昌章氏が読む『変格探偵小説入門』(谷口基著)

谷口基著『変格探偵小説入門』評から“「本格」と「変格」の見直し”の考察へ至る、推理小説評論家・巽昌章さんによる呟きをまとめました。
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巽昌章 @kumonoaruji

谷口基『変格探偵小説入門』を読む。「本格」に対してその他大勢扱いされた「変格」を、その他だからこそ社会に向けて開かれているのだととらえ返し、変格探偵小説が科学技術、映画など娯楽コンテンツ、精神病理等々、多様な近代的社会現象との接触面で生んだ作品群と作家たちの志を跡付けようとする。

2014-01-16 18:35:13
巽昌章 @kumonoaruji

谷口氏が描き出す「探偵小説」は、社会に対して自閉せず、キワモノのそしりもおそれずに諸々の出来事に食らいついてゆく肉食系の存在だ。谷口氏自身が過去の探偵小説をそのように読み直す志をもっているからだ。その意味で本書は、たとえば『21世紀探偵小説』と志を共有するともいえる。

2014-01-16 18:44:49
巽昌章 @kumonoaruji

へたをすると『変格探偵小説入門』は、久作はすごい、山風は面白い、といった従来のマニアの認識に、アカデミシャン谷口氏がお墨付きを与える本という受け止め方をされるかもしれない。小難しい理屈は不要、知識こそ大事と考えるマニアにとって、考証を重んじるスタイルはよろこばれるだろう。

2014-01-16 18:51:18
巽昌章 @kumonoaruji

しかし、本書の目指す役割はそんなものではないと思う。この意味で、一見かけ離れているかのような『21世紀探偵小説』と『変格探偵小説入門』は、一方が理解できなければ他方も理解できないという関係にあるはずなのだ。

2014-01-16 18:54:57
巽昌章 @kumonoaruji

ただ、不満や疑義もある。たとえば、各論的な個々の作品の読解が「自説の例証」の範囲にとどまりがちなこと。これはないものねだりかもしれないが、批評にとって、各論が総論を超えた広がりを見せたり、ときには総論を裏切ったりすることは、決して欠陥ではなく、むしろそこにスリルがあると思う。

2014-01-16 19:58:23
巽昌章 @kumonoaruji

笠井潔の評論は、強引に何でも「大量死理論」に結び付けると非難されるが、私に言わせれば、笠井の著作は「大量死理論」の例証という文脈を外して単なる作家論、作品論として読んでも、並みの評論家の読みよりはるかに豊かである。たとえば北方謙三や船戸与一を論じた個所を他の人と比べてみればよい。

2014-01-16 20:04:29
巽昌章 @kumonoaruji

といって、谷口氏の読みが「貧弱」かというとそうではない。「押絵と旅する男」にせよ「孔雀屏風」にせよ、氏は豊富な歴史的事実を挙げて仔細に注釈を加えており、随所に新たな景観があらわれる。ではなぜ私が「例証にとどまっている」と感じたのか?実はまだうまく説明できないし、誤りかもしれない。

2014-01-16 20:29:16
巽昌章 @kumonoaruji

それは宿題にさせてもらおう。

2014-01-16 20:29:30
巽昌章 @kumonoaruji

『変格探偵小説入門』についてずっと考え続けているのだが、忙しくてなかなか書くことができない。要点は、1:かつての「異端の復活」の問題意識を、谷口氏は今も有効と考えているのか。2:谷口氏の評価軸と権田氏の『日本探偵作家論』のそれとの異同。

2014-01-20 22:42:13
巽昌章 @kumonoaruji

3:谷口氏が変格探偵小説の原理とする「非合理の合理主義」「非論理の論理」とは何か。4:3から本格と変格の関係を見直すこと。5:「趣味の遺伝」と「孔雀屏風」の間に異端の血脈があるとするのは、探偵小説にとって「遺伝」が重要なテーマであったことを、かえって矮小化することにならないか。

2014-01-20 22:48:41
巽昌章 @kumonoaruji

『変格探偵小説入門』へのコメント1:70年代の「異端の復権」の評価。谷口氏は、あの潮流に顕著だった、探偵小説に社会批判、体制批判を見出そうとする志向を引き継ごうとしているのだろう。ただ、時代は変わった。いまどき反体制は流行らないなどと下らないことをいいたいのではない。(続く)

2014-01-21 18:31:27
巽昌章 @kumonoaruji

当時の論者たちが言挙げした異端文学の可能性とはどのような内実をもつものだったのか。それは今も有効なのか。また、70年代以降「異端」はどのように消費されていったのか。たとえば、若年で澁澤にはまった私には、「異端」ブームの偶像だった彼のその後の軌跡が切実な関心の的である。

2014-01-21 18:46:49
巽昌章 @kumonoaruji

他方、推理小説と社会との関係をめぐって、70年代以降、どのような議論がなされたかもふまえておかなければならない。先日、私が『変格探偵小説入門』と『21世紀探偵小説』をあわせ読むべきだといったのは、後者がこうした問題の最新の成果だと思うからだ。

2014-01-21 18:47:26
巽昌章 @kumonoaruji

コメント2:戦前探偵小説を社会との緊張関係のもとにとらえようとした本として、権田氏の『日本探偵作家論』は谷口氏と志向を共通にするが、作品への評価はかなり違う。権田氏は、戦前探偵小説が現実への回路を閉ざしていたとし、谷口氏は、活発に現実と切り結んでいたとするわけだ。

2014-01-21 18:54:20
巽昌章 @kumonoaruji

単純化していえば、戦前探偵小説が、科学など近代社会に対する恐怖を描いていることは認めつつ、積極的に社会に対峙する思想や方法論を胚胎するに至らなかったとして批判するのが権田説、それが胚胎されていたとするのが谷口説というところだろう。

2014-01-21 19:06:40
巽昌章 @kumonoaruji

少なくとも、探偵小説は好きだが学界には無縁な読者にとって、戦前探偵小説と社会の関係を正面から論じようとした業績の代表格は、いまなお『日本探偵作家論』のはずである。その意味で、『変格探偵小説入門』には、もっとこの本への批判的検討を織り込んでほしかったという気がする。

2014-01-21 19:11:45
巽昌章 @kumonoaruji

もっとも、『日本探偵作家論』において、歴史的事実と探偵小説の関係が克明に検討されている個所は少ない。実態はむしろ、「清張以後、社会派以後」の視点から探偵小説を振り返るというスタンスによって、おのずと、戦前探偵小説は閉鎖的だったという大枠が用意されてしまったということかもしれない。

2014-01-21 19:30:32
巽昌章 @kumonoaruji

ただ、そうであるにしても、探偵小説が社会に対する鋭い批判の牙を秘めていたかどうかというのは、結局は作品の読解によって判断されねばならない。権田氏の読みと谷口氏の読み、あるいはその姿勢はどう違うのか。

2014-01-21 19:36:08
巽昌章 @kumonoaruji

ここまでは、いっちゃなんだが他人事である。先日書いた疑義のうちの3以降こそ、私にとっての関心事だ。「非合理の合理主義」「非論理の論理」とは何か、そして、そこから「本格」と「変格」を見直すことはできるのか。続きは後で。

2014-01-21 19:42:13
巽昌章 @kumonoaruji

コメント3:谷口氏は、変格探偵小説には「非合理の合理主義」「非論理の論理」があるとし、谷崎作品を例にその内容を語っているが、これらの言葉の簡明な定義、定式化はなされていない。それがこの本をややわかりにくくし、あるいは谷口氏が一人で突っ走っているような印象にもつながっていると思う。

2014-01-21 21:28:01
巽昌章 @kumonoaruji

おそらく、谷口氏の言う「非論理の論理」「非合理の合理主義」とは、小説の中に、ある新奇で非常識な因果関係を描きだし、その因果の構図をもって、自分たちの置かれた社会の隠喩とすることだろう。

2014-01-21 21:38:11
巽昌章 @kumonoaruji

たとえば、夢野久作の「人間腸詰」の語り手は、アメリカで死んだ愛人の黒髪がソーセージの缶詰に入っていたと主張する。それは非常識だが、非業の死を遂げた女の子が姿を変えて恋しい男のところに戻ってくるというのは、それなりに筋が通ってもいる。私の言い方でいえば、論理のカタチが印象に残る。

2014-01-21 21:45:11
巽昌章 @kumonoaruji

そして、この妄想的因果関係は、語り手によれば「世界の丸っこい道理」をあらわしているらしい。ここでわれわれは、女の子が缶詰になって戻ってくるという異様な論理のカタチを通じて、世界に対するあるヴィジョンを得る。人によって、それはたとえば、国際資本主義による支配の隠喩かもしれない。

2014-01-21 21:50:39
巽昌章 @kumonoaruji

いずれにせよ、それは、世界の混沌の中から、2つの点を選び出して強引に線で結びつけるような作業であり、それによって、われわれは、なんとなく世界の正体を透かし見たような気がする。

2014-01-21 21:51:59