明るく前向き・不要論

ブッダやキリストやソクラテスは「明るく前向き」だったか? 歴史に名を残している偉人はみな「明るく前向き」ではなかった。どうしてこの世に「明るく前向き」がはびこってしまったのか?
6
hirominoda @hirominoda2

「煽られて二階に上げられて、突然はしごをはずされる」とだれでも精神的なショックを受けるだろう。あるいは精神疾患につながるかもしれない。でも誰も責任を取らない。「だって自分の意思でしょ」と開き直る。今後はNPO内部の精神疾患の実態の調査が必要だ。

2014-02-24 19:12:57
hirominoda @hirominoda2

人は誰でも自分の都合のいいように他の人を扇動する。そこにはエゴがあるだけで、愛情や心配りなどない。だから出来る予防は「煽られない」ことしかない。

2014-02-24 17:25:35
hirominoda @hirominoda2

仏陀が言ったのは「犀の角のように進め」と言うことだ。この言葉はいつも笑顔で明るく前向きではなく、自分の振る舞いを見直し、孤独に打ち勝ち、誹謗にも耐え、それでもなお前に進めということだ。「明るく前向き」は資本主義の考えだ。あるいは新自由主義的発想だ。

2014-02-24 11:42:03
hirominoda @hirominoda2

仏陀(あるいはキリスト、ソクラテスなどの賢者)の望んだ世界と今の資本主義の世界はまったく異なる。そのことの自覚が大事だ。まったく反対のことだと思ってもいい。なのに人は、夢を追いかけ、明るくポジティブに生きようとする。そもそも仏陀はそんなことは一言も言っていない。

2014-02-24 11:39:15
hirominoda @hirominoda2

「夢を持て!」と煽動する人たちの最大の問題は、「夢なんて持てない」って沈み込む人を煽動することだ。だから逆に「私は夢が持てないからダメなんだ」とふさぎこむ。センターでスポットライトが当たれば当たる程、その周りは相対的に暗くなることの意識がまったくない。ふさぎ込む人への配慮がない。

2014-02-24 11:49:06
hirominoda @hirominoda2

みなが言う「明るく光り輝く人間になれ」を、私は仏陀は望んでいなかっただろうと思う。それは人間の本当の姿ではないからだし、人間にはできないからだ。そうではなくて「寄り添って自分のわずかな光を伝える人」の方が本来の人間の姿だろう。

2014-02-24 07:24:10
hirominoda @hirominoda2

「一隅を照らす」とは出かけていくことが重要であって、光り輝くことが重要なのではない。

2014-02-24 06:55:45
hirominoda @hirominoda2

「明るく輝き、世の光となる」人は得てしてこのようになりたいと願う。だが、人の気持ちは簡単ではない。たぶん半分以上の人はかえって暗くなる。だから「あなた自身の心のほんのりとした光」で隅々まで出かけて行く、ということがよさそうだ。「一隅を照らす」とはこんなことだろう。

2014-02-23 18:38:52
hirominoda @hirominoda2

「一隅を照らす」この言葉には「あなたがいつも燃えて明るければ、隅々まで光が届く」という意味だろうか。そうではないと思う。明るければ明るい程、周りは暗さが増すことだってある。だからこの言葉は「隅々まで出かけていって、あなたのわずかな光で温かく照らしなさい」という意味の方がいい。

2014-02-23 18:35:52
hirominoda @hirominoda2

基本的なこと。人に「夢の強要や煽動」をする前に、社会的弱者に目を向け、寄り添うことの方が大事では。40年前、水俣の公害を目の当たりにして「夢を語り実現しましょう」とノンキなことを言えただろうか、といつも疑問に思う。

2014-02-23 06:49:16
hirominoda @hirominoda2

私の経験だが「私たちもやりますから、やりましょうよ」としつこく言われたので、仕方なく「じゃ、私がやります」と手を挙げたら、他の人はだれも手を挙げずに私がやらされたことがある。煽動する人は実はいつも「安全地帯」に住んでいる。

2014-02-23 06:33:42
hirominoda @hirominoda2

ポジティブよりもネガティブから目をそらさない方が大事。褒め言葉よりも批判に耐えることの方が大事。夢よりも「今ここ」の方が大事。→今、あえてみながしきりに叫んでいることの逆をすることで、自分らしさが得られる。

2014-02-23 06:20:09