隆盛な流派、残ってる流派というのは、努力もあるけど、残り易い要素があったというのが重要とかで。馬術とかも非常に広がってたのに壊滅したわけで。
2014-03-03 19:45:45馬術は市民が趣味でやるにはハードルが高すぎw 一方で軍は実用としての需要と飼育環境を持ち得たんで、新入の西洋馬術への置換が完遂されてしまったんでしょうね RT @shieldno: 馬術とかも非常に広がってたのに壊滅したわけで。
2014-03-03 20:25:57@baritsu @shieldno 横から失礼。幕末期に西洋兵術を学び三兵戦術(歩・砲・騎のミックス攻撃)を組織化しようとした際実際には騎兵はほとんど組織されなかった事例からして、幕末時点で戦に耐えうる馬術、馬インフラは日本になかったと考えたほうがいいかと思いますよ
2014-03-03 20:30:03その意味では馬術も既に伝統的保存武術になってたんでしょうね。明治期に馬体改良とかすごくやってるのもインフラ構築になるんでしょうかね。RT @momi_man2: @shieldno 幕末時点で戦に耐えうる馬術、馬インフラは日本になかったと考えたほうがいいかと思いますよ
2014-03-03 20:59:29@baritsu @shieldno だと思いますよ。発掘した骨を見ると、鎌倉~戦国の馬の骨より江戸期の馬の方が小さいそうです。性能より維持費を優先された証拠でしょうね。吉宗の時点でアラブ馬を導入して限定的に馬匹の改良もやってますが、現状はあ、これアカンという意識の現れでしょう
2014-03-03 21:02:26@baritsu @shieldno あと、幕末に海外から来た人が日本の馬文化を見て驚いたそうです。 調教の概念そのものがなく、曰く荒馬を乗りこなすのが名騎手とされている。去勢もしない。蹄鉄がないのでまともに使えない。 馬が小さく、粘りがなく、不細工である、と。
2014-03-03 21:05:55@momi_man2 @baritsu 概念はともかく馬術伝書に普通に調教内容がありますね。調教しないと命令の意味さえ分からんですし。去勢なしもそこまで悪影響はないし、蹄鉄なしでも丈夫、体力も実験があって、アラブ系が例外的に大きいだけだったかな?
2014-03-03 23:35:33@shieldno @baritsu ではなぜ明治になって蹄鉄をはかせ、去勢しー、とする文化に変わり今もそれが続いているのか、ぜひ伺いたく。とくに西欧が正義でない現代においてそうである理由について。 例外にデカいアラブ、といいますが砲兵はペルシュロン系の馬が必要ですしねえ。
2014-03-03 23:42:11@momi_man2 @baritsu 西洋戦術&西洋馬に向かんかったとかじゃないですかね?あと馬術も近代の方が優れてると思います。馬が大きいと日本の物は危険という説もあったような。
2014-03-03 23:46:43@shieldno @baritsu 調教については発言が矛盾していますね。あなたの仰るとおりとして、発展著しい欧州軍事の世界からきた人が見て調教書があろうがなかろうがそれを西欧目線で見た際に戦争に耐えうる、当時の調教の水準に当てはまるかというのは全く別の話でしょう
2014-03-03 23:53:10@momi_man2 @baritsu 矛盾というと?水準にあてはまるかはともかく、ないとするのはただの間違いですね。むしろ調教なしで乗れるとか馬と会話する超能力の一種。
2014-03-03 23:55:42大坪流なんて今の目で見ると手荒ですが調教法が載ってますね。ただ西洋人とすれば噛む馬なんて調教されてないと見るでしょう。また近代軍の兵の使用に耐える平均的な馬となれば西洋流が優れる。日本馬術の近代対応の限界だったんでしょうね RT @momi_man2: @shieldno
2014-03-04 02:04:51