【第一部-弐拾】山城を見つめる時雨 #見つめる時雨

第一部、完 時雨×山城
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誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

国道沿いに道を歩く。今日は市役所までおつかい。といっても、書類を届けに行っただけなんだけどね。加えて言うなら、本来頼まれたのは僕ではなくて、山城だった。でも、提督が渡し忘れた書類があることに気づいて、後から僕が追いかけることになったんだ。無事に書類を届けて、今はその帰り。

2014-03-04 21:00:16
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「ちょっと温かいものでも食べない?」 山城が道沿いにあるコンビニを指差して言う。いいのかな、おつかいで出てるのに…。僕が困った顔になっているのを見て、山城は人差し指を口に当てて微笑んだ。みんなには内緒で…ってことらしい。もう、山城ってば。

2014-03-04 21:05:11
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あんまんを二つ買い、再び道を歩く。歩きながらあんまんを頬張る山城。本当に美味しそうに食べるなぁ。そんな僕の視線に気づいたのか、山城が僕を見て微笑む。 「美味しいわね」 僕も自然と笑みがこぼれた。 「そうだね」

2014-03-04 21:10:09
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突然頭にぽつっと冷たいものを感じた。空に視線を向けると、再び冷たいものが額に当たった。…雨? いつの間にか空は灰色の雲に覆われていた。さっきまでは晴れてたのに…通り雨かな。…そうしている間にも、雨は勢いを増してきた。僕と山城は近くの屋根のあるバス停小屋に逃げ込んだ。

2014-03-04 21:15:10
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長椅子に腰をかけながら、外を眺める。…冷たい冬の雨の影響か、少し冷えてきた。隣に座る山城に視線を向けると、寒そうに体を震わせていた。 「…山城、こっちにおいでよ」 僕と山城の間のスペースを、手でぽんぽんと叩く。…山城が目をぱちぱちさせる。 「くっついた方が、暖かいよ」

2014-03-04 21:20:11
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山城は周りをキョロキョロしたあと、少しずつ僕の方に体を寄せてきた。…僕と山城の体が、密着する。山城を見ると、少し頬が赤くなっているような気がした。…僕は首に巻いていたマフラーを解き、山城にもかかるように巻き直した。 「どうかな?」 「…暖かい、かも…」 「そう、よかった」

2014-03-04 21:25:10
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雨の勢いは変わらない。小屋の中に降り込んではこないものの、気温は下がっていく気がした。…山城が、マフラーで手を包む。 「…通り雨みたいだけど、止むかしら…」 山城が不安そうに外を見つめていた。 「…雨は、いつか止むさ」 大丈夫、ゆっくり待とうよ。

2014-03-04 21:30:12
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僕の言葉を聞いて、山城は少し目を丸くして僕を見ていたけれど、やがて穏やかな表情になった。 「…そうね。焦ってもしょうがないわね」 雨の音が、不思議と心地よかった。…まだ少し寒そうにしている山城には悪いけど、本音を言うと、すぐには止んで欲しくないかな、なんて思ってたり。

2014-03-04 21:35:10
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山城にちょっとだけ寄りかかる。山城は何も言わずに、そのまま受け入れてくれた。…優しいね、山城は…。…もう山城は、僕の気持ちに気づいてる。その上で、僕を受け入れてくれている。…でも、このまま山城の優しさに甘えてちゃいけない。夕立がしてくれたように、前に進まなくちゃいけない。

2014-03-04 21:40:10
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そうしないと、僕に踏み込んでくれた夕立にも失礼だし、何より、僕はずっと山城を困らせてきた。山城が時々見せる、困った笑顔…もうあの笑顔を、山城にして欲しくはなかった。丁度山城とふたりきり。ここで言葉にして、僕は気持ちの整理を終える。僕の今の想いを、山城に伝える。でも、その前に…

2014-03-04 21:45:09
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「…ねぇ、山城。ひとつ、聞いてもいいかな」 「何かしら?」 どうしたの、改まって。山城がそう言いたげな顔で、僕を見た。

2014-03-04 21:50:09
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…山城が言葉を詰まらせる。そして、彼女の不安そうな視線が、僕に届く。…そんな顔をしないで、山城。僕は、最後の踏ん切りをつけたいだけなんだ。僕は、山城の視線に…笑顔を返した。 「教えてよ、山城。お願い」

2014-03-04 22:00:12
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山城が視線を逸らす。山城は何かを言おうとして、しかし躊躇うように、口を動かしては…閉じる。…僕だって山城の答えが「好き」であることくらいわかってる。でも、どうしても山城の口から聞きたかった。山城がそれを躊躇う理由…。うん…僕はその気持ちだけで十分だよ、山城。だから、言って

2014-03-04 22:05:10
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…やがて、山城が僕の方を向いた。僕と山城の視線が交わる。山城の真紅の瞳が…潤んでいた。…とっても、綺麗だ。…そして山城が、絞り出すように…言葉を紡いだ。 「…私は…扶桑姉様が好き…」 …僕は目を閉じ、その言葉を胸に落とし込んだ。…ありがとう、山城。

2014-03-04 22:10:08
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僕は自分の方に巻いていたマフラーを山城に巻き、立ち上がった。 「…時雨…?」 …そんな泣きそうな声出さないでよ、山城。僕は、何処にも行かないから。…外に目を向けると、日が道路に差し込んでいるのが見えた。いつの間にか、雨は止んでいた。

2014-03-04 22:15:10
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「…山城。僕ね、山城が好き」 後ろで手を組み、山城に背を向けたまま…言葉を続けた。 「優しい山城が好き。本当は負けず嫌いな山城が好き。子どもみたいな山城が好き。大人な山城が好き。…可愛い山城が好き」 まだまだ沢山。どうしよう。キリがないや。

2014-03-04 22:20:09
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「…時雨…やめて…お願い…」 …ごめんね、山城。でも、最後まで聞いて欲しいんだ。 「…その中でも僕は、幸せそうに笑う山城が一番好き。山城が一番幸せそうに笑ってるとき…それは扶桑の隣にいるとき。僕は、扶桑の隣にいる山城が、一番好き」 「……え?」

2014-03-04 22:25:10
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「僕はね、山城の一番の笑顔を守りたい。…今度こそ、守ってみせるよ。だから…」 「…時雨…?」 「だから、これからも、ずっと――」

2014-03-04 22:30:10
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「あ…」 視線が触れ合う。山城の瞳から…涙が溢れた。山城がゆっくりと顔を伏る。そして、両手で顔を覆った…。 「…時雨…貴女は本当に…それでいいの…?」 「…うん」 僕ね、今、とっても気分が良いんだ。この空みたいに、今まで黒い雲で覆われていた心が、すっかり晴れ渡ってるんだ

2014-03-04 22:40:10
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僕は山城の隣に座った。外を眺めながら、山城の肩に…身体を預ける。 「…僕はここにいても…いいかな…」 「…当たり前でしょ…バカ…」 ひどいよ、山城。バカだなんて。…でも、こんな選択をするなんて、僕はバカなのかな。…でもいいんだ。僕はここがいい。ここにいたいんだ。

2014-03-04 22:45:10
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僕の手に、山城の手が重ねられた。…冷たい。ひんやりしてて、細くて…優しい。…あの日、ブルネイでキミと出会った時、僕は…この手に救われたんだ。…僕は駆逐艦。戦艦のキミたちを守るのが僕の役目。あの時は果たせなかったこの役目を、今度は全うさせて。…僕はそれだけで、幸せなんだ――

2014-03-04 22:50:10

扶桑視点