北尾吉孝さんの今日の森信三(1)~

北尾さんが修身教授録から選ばれた森信三先生の言葉。
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北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

小生が森先生の「修身教授録」に出会ったのは40歳ぐらいのときだ。深い魂の共感を覚え、感動した。先生の透徹した使命感、人間に対する深い愛情、豊かな学識、まさに先生の全人格が臨場感を持って小生の魂に迫ってきた。この名著から書き写した言葉を紹介していきます。

2010-08-25 08:37:38
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

森 信三の言葉(1)大よそわが身に降(ふ)りかかる事柄(ことがら)は、すべてこれを天の命として慎(つつし)んでお受けするということが、われわれにとっては最善の人生態度。

2010-08-25 08:44:00
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

小生が森先生の「修身教授録」を呼んだのは40歳ぐらいの時でした。先生の情熱と気迫が平明な言葉を通して切々と伝わり、深い魂の共感を覚えました。先生の透徹した使命感、人間に対する深い愛情、豊かな学識、そうした先生の全人格が臨場感を持って、小生の魂に迫ってきたのです。

2010-08-25 08:57:33
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

森 信三の言葉(2)我々人間にとって、人生の根本目標は、結局は人として生をこの世に受けたことの真の意義を自覚して、これを実現する以外にない。そしてお互いに、真に生きがいがあり生まれ甲斐がある日々を送ること以外ない。

2010-08-27 08:36:48
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(3)人生の意義を知るには、何よりもまずこのわが身自身が、今日ここに人間として生を与えられていることに対して、感謝の念が起こらなければならぬこの感謝の念は昔の人が言った「人身うけがたし」という深い感懐から初めて発して来る。

2010-08-31 08:49:12
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(4)教師自身が、常に自ら求め学びつつあるでなければ、真におしえることはできない。  人を教えるの道は、一転して、自ら学ぶ果てしない一道となる。

2010-09-02 08:40:06
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(5)安心・立命とは、順逆によりて心を二にせず、順境なればとて調子に乗らず、逆境なればとて落胆せざるの謂なり。

2010-09-06 09:00:42
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(6)我々が日本民族の一員として、この国土に生まれて来たということは、無量の因縁の重なり合った結果であって、それこそ民族の歴史に深い根ざしを持つわけである。

2010-09-08 08:37:02
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(7)教育は、次の時代に我々に代わって、この国家をその双肩に担って、民族の使命を実現してくれるような、力強い国民を創り出すことの外ない。

2010-09-10 08:24:06
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(8)人間は四十までは、もっぱら修業時代と心得ねばならぬということです。現に山登りでも、山頂まではすべてが登り道です。同様に人間も、四十歳まではいわゆる潜行密用であって、すなわち地に潜んで自己を磨くことに専念することが大切です。

2010-09-14 08:24:37
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(9)人間と生まれて、多少とも生き甲斐のあるような人生を送るには、自分が天からうけた力の一切を出し尽くして、たとえささやかなりとも、国家社会のために貢献するところがなくてはならぬでしょう。

2010-09-16 12:27:24
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(10)総じて物事というものは、その根本眼目を明らかにしない限り、いかに骨折ってみても、結局真の効果は挙がらないものであります。

2010-09-21 08:39:42
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森信三(11)たとえその素質や才能は豊かだとしても、諸君たちが真に学問修業によって自己を錬磨しようとしない限り、その才能も結局は朽ち果てる外ないでしょう。

2010-09-24 08:46:08
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(12)読書というものの人生における意味は非常に重大で、学問・修養と言っても、読書を抜きにしては到底考えられないからです。この読書が、我々の人生に対する意義は、一口で言ったら結局、「心の食物」という言葉が最もよく当たると思うのです。}

2010-09-28 08:54:00
向井 晃太 @koumuka

@yoshitaka_kitao 「今日の 森 信三」の出典は、『修身教授録』ですか?いい語録ですね!

2010-09-28 18:09:30
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

@koumuka その通りです。当面はそれを出典にします。それから全集の続編八巻に移ります。

2010-09-28 22:05:06
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(13)真に大志を抱く限り、そしてそれを実現しようとする以上、何よりもまず偉人や先哲の歩まれた足跡と、そこにこもる思想信念のほどとを伺わざるを得ないでしょう。

2010-09-30 08:49:42
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(14)偉大な実践家というものは、一般に大なる読書家であり、さらには著述をもなし得るていの人が多いと言えるわけです。「偉大な実践家は大なる読書家である」という言葉の意味のわからぬ程度の人間はとうてい問題にはならないわけです。

2010-10-04 09:14:27
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森 信三(15)今我々人間にして、人生の意義の何たるかを知らず、従ってまた自己の生涯をいかに過ごすべきかに考え至らないとしたら、本質的には禽獣と、何ら異なるところのないものともいえましょう。

2010-10-06 08:34:24
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森信三(16)人間が真に欲を捨てるということは、実は自己を打ち越えた大欲の立場にたつということです。すなわち自分一身の欲を満足させるのではなくて、天下の人々の欲を思いやり、できることなら、その人々の欲をも満たしてやろうということであります。

2010-10-08 08:59:46
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森信三(17)人生の価値というものは、その意義を認めることの深さに応じて現れてくるものであります。したがって人間の生涯を通じて実現せられる価値は、その人が人生における自分の使命の意義を、いかほど深く自覚して生きるか否かに比例するとも言えましょう。

2010-10-13 08:47:14
Koichiro @Dyson_Miura

@yoshitaka_kitao 大欲を満たす為には個人と社会には何が必要でしょうか。

2010-10-13 22:55:42
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森信三(18)総じて人間というものは、ただ将来のことばかりを考えて、そのために現在の事をおろそかにすることのよくないことは、申すまでもありませんが、同時に他の一面には、常に前途に対して、思いを巡らしているようでなければいけないと思うのです。

2010-10-15 08:25:23
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

@Dookies_No_0 人間は社会の存在なしに生きていけないのです。人間各人が社会の一員であり、相互依存関係の中で生かされてるわけです。こうしたことを自覚したとき世のため人の為という心が芽生えるのです。自分の小欲に克ち、社会の為にという大欲に生きる人が偉大な人なのです。」

2010-10-15 10:32:28
北尾吉孝 @yoshitaka_kitao

今日の森信三(19)いやしくも自分の前途を展望して、将来ひとかどの人物になって活躍しようと思うなら、今日から遠大な志を立てて、大いに書物を読まねばならぬでしょう。それというのも、一人の人間の持つ世界の広さ深さは、要するにその人の読書の広さと深さに、比例すると言ってもよいからです。

2010-10-19 08:20:36