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言説分析とエスノメソドロジー

個人的に眺めるためにまとめておいたものですが、他にまとめる方がいらっしゃらないみたいなので試しに公開してみます。 こちら(http://togetter.com/li/634239http://togetter.com/li/651738)も併せてどうぞ。 ※3/8〜3/12までの議論しか追っていないので、誰か続きまとめて下さい…。 続きを読む
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livingdebt @livingdebt

実践学 #とは何か /【紀伊國屋書店新宿本店】実践学探訪――概念分析の社会学(エスノメソドロジー)からはじめる書棚散策:本の「今」がわかる 《無料配布の小冊子もブックガイドとして質、量ともに非常に充実した内容のものとなっているので…》 http://t.co/QzswTrGdXI

2014-03-08 13:17:28
livingdebt @livingdebt

《…そこに参加している人たちがどのように…互いの行為や活動を編みあげていくか》=「実践」を《捉え》る=「学」ということか。 中村和生,2001,「知識社会学から知識の実践学へ」を読めば良いのか。

2014-03-08 13:21:31
livingdebt @livingdebt

「エスノメソドロジー」≒「実践学」≒「概念分析の社会学」という理解で良いか。ルビが二重に要るか。

2014-03-08 13:29:04
縮限 @contractio

良いです。 “@livingdebt: 「エスノメソドロジー」≒「実践学」≒「概念分析の社会学」という理解で良いか。ルビが二重に要るか。”

2014-03-08 14:19:08
livingdebt @livingdebt

@contractio ありがとうございます! 「実践学」が対象・目的に即した名称であるのに対し、「概念分析(の社会学)」が解き口、方法に則した名称という感じでしょうか。一見してわからないところも興味をそそって面白いですね。

2014-03-08 14:23:16
縮限 @contractio

ギャップを感じなくなるまで宣伝しないといけない、ということですね。 “@livingdebt: … 「実践学」が対象・目的に即した名称であるのに対し、「概念分析(の社会学)」が解き口、方法に則した名称という感じでしょうか。一見してわからないところも興味をそそって面白いですね。”

2014-03-08 15:15:38
livingdebt @livingdebt

@contractio 意図せずして(深層心理までは定かではありませんが)失礼な言い回しになりました。「メソドロジー」が「彼」のでもあり「我」のでもあるという二重性の問題とも関わっていて、素で興味深く思いました。「教育実践学」等だと、「実践—のための—学」の含意のようですね。

2014-03-08 15:23:02
縮限 @contractio

@livingdebt 失礼はないですよ。営業が足りないのは市場の側の問題ではないので。

2014-03-08 15:43:21
livingdebt @livingdebt

【追記】紀伊國屋書店ブックフェア:実践学探訪――概念分析の社会学からはじめる書棚散策/呂律 《実践学 ~ エスノメソドロジー の部分について言うと。これはハロルド・ガーフィンケル自身がしばしば行った説明的等置です。》 http://t.co/2uKT0xx7Qg

2014-03-09 02:57:06
livingdebt @livingdebt

《エスノメソドロジー ~ 概念分析の社会学 の部分について言うと、「概念分析の社会学」は、このタイトルの論文集を作った時に──エスノメソドロジーという語を、この語を使わずに表現するフレーズが欲しくて──私たちが作ったものです。》 《より抽象度の高い表現を与えたくて作ったもの》

2014-03-09 02:58:59
livingdebt @livingdebt

「概念を介した実践/概念を介した分析」。「概念とは何か」。「概念とmethodとはいかなる関係にあるか」

2014-03-09 03:11:09
livingdebt @livingdebt

"Conceptual Analysis <in> Socilogy” 「社会学における概念的な分析」

2014-03-09 03:16:33
livingdebt @livingdebt

"conversation analysis” 「会話(の)分析」

2014-03-09 03:17:48
livingdebt @livingdebt

「会話の秩序」に対応するのは、「概念の秩序」ではなく、「実践の秩序」か。「概念」それ自体に、その水準で秩序が成立するのではなく。

2014-03-09 03:21:45
livingdebt @livingdebt

《そもそも私たちの社会生活の諸相は、それについて私たちが行なう記述ぬきには存在しえないからです》 に続いて 《言いかえれば、私たちの社会的経験はすべて、それについて私たちがもっている概念による記述とともにはじめて現にある仕方でありえているのです》

2014-03-09 03:50:59
livingdebt @livingdebt

「記述」から「概念による記述」へ。

2014-03-09 03:51:31
livingdebt @livingdebt

ただし、ざっと検索をかけたところでは、ナビゲーション〈1〉以降では、「記述」の語は、専ら「概念〈の〉記述」、すなわち「分析者による再記述」の意でのみ登場するように見受けられる。

2014-03-09 03:55:36
livingdebt @livingdebt

そうとばかりもいえないか。「人種による記述」「永井の記述」…。

2014-03-09 04:00:01
livingdebt @livingdebt

記述は概念に拠るかたちでなされるのだから、概念に焦点を当てることで記述という実践の経緯や帰結を分析することができる。

2014-03-09 04:05:49
livingdebt @livingdebt

「河床」から「流れる水」まで、様々な蓋然的まとまりを見込める用法群。

2014-03-09 04:10:41
livingdebt @livingdebt

「概念分析」「記述分析」「用法分析」「言説分析」。

2014-03-09 04:12:05
livingdebt @livingdebt

《ループ効果のただ中において生じる概念の結びつきの変化を記述していくという本書の作業は、何が 「河床そのもの」として働いており、何が「流れる水」として動いているのかを、区別して記述していくことでもあるのです》(5)。社会学者が変化・比較好きである理由づけとして使えるか。

2014-03-09 04:20:58
livingdebt @livingdebt

ただし、本書においては、「河床」の特定こそが眼目で、極論すれば「流れる水」は夾雑物ということになるか。《このような作業は、概念分析、あるいは概念の論理文法の分析と呼ばれることがあります。》《(「固まらずに流れる経験命題のための導管j として働く)「論理文法」を特定するために》は》

2014-03-09 04:26:23
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