ゴールドラッシュ・オブ・ザ・デッド #02
月明かりの下、回転草が荒れ地を転がっていく。 そこはかつて小さな開拓村があった場所だった。しかし今やすべてが風化して久しい。 1
2014-03-26 19:10:01倒壊した家屋や馬小屋はそのまま放置されていて、そこかしこにある水樽はカラカラに乾いて砂に埋まっている。昔、みんなで必死に開拓した畑もすべて枯れ果てていた。 「……あれから十年だもんな。そりゃ荒廃して当然か……」 ウィリアム・ペリウス――ウィルは淋しげにそう呟いた。 2
2014-03-26 19:10:43テンガロンハットにチョッキを着た典型的な開拓者姿だ。だがガンベルトは巻いておらず、代わりに長めのライフルバッグを担いでいる。 村が壊滅してから十年。ウィルは十七歳になっていた。 一通り見て回ると、ウィルは村の入口に戻り、そこで膝を折った。ライフルバッグを下ろして、呟く。 3
2014-03-26 19:11:22「今の俺には、こんな弔いしかしてやれないんだ。……ごめんな、みんな」 そっと地面に差したのは、火をつけたお線香だ。手を合わせ、冥福を祈る。 もちろんゾンビになったみなの肉体はここにはない。それでも魂はここにあると……そう思いたかった。もちろん勝手な感傷だと自覚はしていたが。 4
2014-03-26 19:12:09「やっと修行が終わったんだ。本当は、終わらせたって言う方が正しいけど。でもこれでやっとみんなの仇を討ってやれる。だから、草葉の陰から見ててくれ」 南無阿弥陀仏、と囁いてウィルは立ち上がった。 「よっし、いくか」 5
2014-03-26 19:12:53現在位置はロッキー山脈の麓、中央平原の乾燥地帯だ。地平線の方へ目を向ければ、ぽつぽつとサボテンが生えている。 「まずは情報を集めなきゃな。この十年で荒野も何か変わったかもしれないし。とりあえずは近くの集落を探して……っと、なんだ? 蹄の音……?」 6
2014-03-26 19:14:08目を凝らすと、地平線の向こうから馬が走ってきていた。乗り手の姿も見える。 野営のためにたき火を焚いているので、それを目指してきているようだ。 7
2014-03-26 19:15:09まさかこんなに早く人と遭遇するとは思わなかった。緊張しつつ、しばらく待ってみる。やがて焚火の前までくると、乗り手は手綱を引いて馬を止めた。 「こんばんは、良い月夜ですね。お月様が真ん丸で、糖蜜をたっぷり掛けたパンケーキみたい」 やってきたのは、白馬に乗った美しい少女だった。 8
2014-03-26 19:15:56テンガロンハットの間からさらさらのブロンドが流れている。スレンダーではあるが、シャツとベストの胸部分は程よく丘を作っていた。ホルスターの銃はよく見えないが、おそらくコルトSAAのカスタムモデルだろう。 女ガンマンという奴だ。それもとびっきり美人の。 9
2014-03-26 19:16:29「俺もパンケーキは大好きだったよ。子供の頃はよく母さんに作ってもらった。最近はめっきりご無沙汰だけど。糖蜜も好きだし、シナモンもなかなかだね」 10
2014-03-26 19:17:06「あら、あたしも下から数えて二番目ぐらいにはシナモンもアリだと思ってるんです。なんだか気が合いそうですね? あたしはソフィア・ブラッドフォード。見ての通りのガンマンです。シナモン派なミスターのお名前を伺っても?」 11
2014-03-26 19:17:39「俺はウィリアム・ペリウス。ウィルでいいよ。よろしく、ソフィア」 少女――ソフィアは馬上で頷く。その動作一つとっても自信と魅力に溢れている。 「オーケー、ウィル。ぶしつけで恐縮ですけど、あたし今、強盗団を追ってるんです。何かそれらしい一団とか見ませんでした?」 12
2014-03-26 19:18:18そう言うソフィアの右胸には星章が輝いていた。 見たことのない型だが、ひょっとして彼女はこの若さで保安官なのだろうか。 「強盗団? んー、残念だけど見てないな。実は俺もさっき山から下りてきたばかりなんだ」 ウィルは何気なくそう答える。途端、ソフィアの眉根が寄った。 13
2014-03-26 19:18:49「山? 山って一体どこの山ですか?」 「え、そこだよほら。六鬼山……あっ、じゃなくてロッキー山脈っ」 言い慣れた名を口にしてしまってから、慌てて言い直した。 14
2014-03-26 19:19:49落ち着いて考えてみれば、山の呼び名程度どうということもないはずだったが、慌てぶりが返って怪しく映ってしまったらしい。「へー」とソフィアの視線が疑わしげなものになった。 15
2014-03-26 19:20:21……マズい。やっと修行を終えてこれからって時なのに、あらぬ誤解で保安官のお世話になんてなりたくない。なんとか誤魔化さねば。 16
2014-03-26 19:21:02「や、俺は実は金鉱夫なんだ! 採掘の関係でちょっとそこの山に立ち寄ってたんだよ。六鬼山っていうのは金鉱夫の隠語さ。グッドな金脈を同業者とかに知られるわけにはいかないからね。ほら道具だって持ってるぞ?」 17
2014-03-26 19:21:16指で差し示す先、そこにはリュックに縛りつけたシャベルやツルハシがある。こんな時のために用意していたのだ。道具があれば金鉱夫だって言い張れるはず。 「ねえ、ウィル? 月夜に出会ったあたしの新しいお友達ウィル。思い違いをしているようだから、一つ教えてあげますね」 18
2014-03-26 19:21:43「まず第一にあたしはその六鬼なんとかっていう隠語に反応したわけじゃないんです。第二にそもそもからしてロッキー山脈に人が立ち入るなんてありえません。あそこは開拓者とフライングデッド勢力の境界線。命知らずの猟師だって立ち入らないような秘境・オブ・秘境なんですから」 20
2014-03-26 19:22:38「え、マジで?」 「はい、マジで」 「……オーケー、正直俺は金鉱夫じゃない。でも強盗団でもないよ? これ本当」 「オーライ、では講釈してあげましょう」 ソフィアは流れるように髪を梳くと、肩を竦めて話し出す。 まるで出来の悪い生徒に接する教師のように。 21
2014-03-26 19:23:14「想像してみて下さい。あなたは強盗団を追っています。すると、まるで合図のようなたき火を発見。調べにいくと、不審な若者が一人きり。そこはすでに放棄された廃村で、強盗団が中継地点にするにはグッドな立地。やや、この若者、ひょっとして一味の連絡役か何かだな?」 22
2014-03-26 19:23:57「と思って話しかけると、いの一番に身分詐称。しかも絶妙に挙動不審。ここで本人が言うには、自分は強盗団じゃありません。さあ、誰が信じるでしょう?」 「あー……そうだな……」 四方八方に視線をさ迷わせて時間を稼ぎ、けれども模範解答は一つも浮かばず、最終的に肩を竦めてこう言った。 23
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