ストレイトロード:ルート140(4周目)
- Rista_Bakeya
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今夜は嵐になる。立ち寄った街の住人は口々にそう言ったが、それを誰より明確に予想できそうな藍が何故か終始無反応だった。「どうしよう」車を出して窓を閉めてから、やっと口を開く。予兆らしき風の異変すべてに心当たりがあるらしい。「このまま嵐も呼んだ方がいいのかな」一般人には難しい質問だ。
2014-02-18 22:24:27信号の前で車を止めた時、近くの工事現場の周囲に人だかりを見た。報道関係者もいる。「遺跡が見つかったみたい」藍が人垣の向こうを見通したように言った。「今朝の新聞にそんな話がありましたね」私は宿で読んだ記事を思い出す。空撮のヘリは見当たらない。その視点は今、藍が操る風が独占している。
2014-02-19 22:50:10普段の起床時刻を過ぎても藍が布団から出てこない。上質な羽毛のぬくもりに頭まで埋もれているようだが、決して寒い朝ではなかった。「急いでいるんでしょう?」「ほっといて」声が耳に届いた。私は端からわずかに見えた右手に触れた。指先が熱い。直後、温風が布団から抜けた羽毛を私の顔に飛ばした。
2014-02-20 19:40:17寒いと言って私のジャケットまで着込んだ藍を待合室に残し、病院の外へ出た。彼女の親に電話をかけてから戻ると、藍はベンチの脇に置かれた絵本を手に取り表紙を開いていた。「懐かしかったからちょっと見てただけ」私が何か言う前から絵本を隠してしまう。「昔持ってたの。何で好きだったかは忘れた」
2014-02-21 20:09:38140文字で描く練習、154。絵本。 その時は何もわからなくても、大人になっても覚えている色彩がある。振り返って気づく言葉の意味がある。
2014-02-21 20:11:10私達はある噂を頼りにたどり着いた街に数日滞在し、地下道に潜んだ怪物を討ち取って街を去った。出発前に買った雑誌を車の中で読んだ藍が、面白くないとこぼす。「全部ここに書いてある通りならよかったのに」噂自体も誇張されていたという。しかし尾鰭が付く前の現実を誰かに知らせる気はないようだ。
2014-02-22 23:34:26乾杯の合図で招待客全員がグラスを掲げる。一人だけ中身の色が違うのは誰の目にも明らかだ。藍はいち早くグラスを引っ込めて、それを持ったまま人々の中に紛れた。青いドレスの後ろ姿を追いかけながら周囲を見るほど、なぜ彼女がこの場所に招かれたのか分からなくなる。一方的に知っている顔ばかりだ。
2014-02-23 23:03:21風の魔女とはいわば記号である。畏怖で子供を遠ざけ、選ばれた証として大人を後退させ、権力さえねじ伏せる。「ご存じですよね?」その記号を自ら口にして示した時、藍の笑みに夜より深い色が宿った。立入禁止のサインを越えた瞬間、彼女は坑道の奥に住まう存在と対等になる。もう誰にも止められない。
2014-02-24 21:14:30宿の主人に呼ばれて外へ出た私が見たのは、車の重量に押し潰され平坦になった4本のタイヤだった。付近を調べると地面の不自然な陥没、そして曲がった釘が見つかった。「犯人探してくる」「その前にお願いが」飛び出しかけた藍を止め、タイヤを扱う店を探すよう頼む。暴れてから買いに行くのは困難だ。
2014-02-25 20:22:35かつての空港の一つが、陸路を行く人の為の施設に改装されていた。空に住む怪物は低地に興味がないからここは安全だと、古い飛行機を並べた公園の管理者が胸を張った。「車のに似てるけど、いっぱいあるのね」藍は複葉機の操縦席に座って計器類を撮影している。これが単なる興味なら実に平和な光景だ。
2014-02-26 19:22:58140文字で描く練習、159。計器。 たとえ飛ばなくても、たとえ古くて簡素でも、飛行機の操縦席に座れる体験は人の心に何かをもたらす。不思議だ。
2014-02-26 19:25:04街の中心地で巨大な怪獣と一戦交えた藍は、些細な勘違いが原因で、怪獣を制圧しに来た警察とも衝突した。魔女の手で戦力は蹴散らせても説教への対処はできない。仕方なく私が間に入ったが、解放された時には日が暮れていた。「でも目標は達成できたじゃない。後悔はしてないわ」「反省はしてください」
2014-02-27 19:40:12子供たちが真っ白になった更地を走り回り、雪を集めては積み上げている。藍が敷地の外から真剣な目でそれを見つめるので、交ざりたいのかと訊ねたら、そっぽを向かれた。「全然分かってない」交差する無数の足跡の中心に作られた山が、今度は小さな手で削られ始めた。それは次第に城の形に見えてくる。
2014-02-28 19:34:03バッグを飾る色鮮やかな刺繍に見とれていた藍が、傍らの値札を目にして顔をひきつらせた。「こんなにするの…」「手仕事には時間も根気もいりますから」「知ってる」でも、と顔が言っている。「綺麗ですね」「そうね」何か言いたいことをこらえるような返答だ。「作り方の本もありますよ」「いらない」
2014-03-01 22:43:42水族館の中を一通り巡った後、私達は屋外の休憩スペースで一休みした。潮風が心地よい。「見て」藍は飲み物を買った際に見つけたのか、海の生き物をちりばめた柄のスカーフを持っていた。「可愛いでしょ?はい、これゼファールの分」何かを被せられた。鏡を見ると、頭を鮫のぬいぐるみに咬まれていた。
2014-03-02 19:39:54