集合論の無矛盾性と巨大基数

集合論の無矛盾性について,@math32761さんとしたやりとりをまとめてみました。 4/20 追記:このまとめをつくるきっかけになった一連のツイートとその後の反応を,それぞれ最初と最後に追加しました。
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m h @math32761

@DaiskeIkegami ZFCが無矛盾だと思う感覚は、どのような理由から来ているのでしょうか?実際にZFCの明らかなモデルが存在するから、という理由でしょうか?それとも、実際に矛盾を証明した人がいないという歴史的な理由でしょうか?それとも、また別の理由でしょうか?

2013-11-13 09:47:35
m h @math32761

自分には、ZFCよりずっと弱い公理系でも、無矛盾だという感覚がない。三階の算術ですら無矛盾だという感覚が持てない。

2013-11-13 09:55:29
m h @math32761

一階のペアノ算術に関しては、無矛盾だと思っている。   

2013-11-13 10:00:16
m h @math32761

むしろ色々やってたら、ひょっこり矛盾が見つかったりするのでは無いかと思って、時々考える。(もちろん見つけたことはない)。

2013-11-13 19:59:22
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 お返事ありがとうございます。理由は前者と後者両方ですが,主に後者です。ちょっと長くなるかもしれませんが,それぞれの理由について述べさせてください。

2013-11-14 03:36:50
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 まず後者について:数学をやっていれば数学(あるいは集合論)が矛盾したように感じることはあると思うんですが,集合論をやっている人達はその頻度が比較的高いと思います(少なくとも僕は,このせいで,年に数度は眠れない夜を過ごしています)。

2013-11-14 03:40:44
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 その理由としては,集合論では,1. ZFC より「矛盾しそうな」公理系を積極的に扱う,2. 矛盾しそうなぎりぎりの議論を用いることでよりシャープな結果を出そうとする,などが考えられます。

2013-11-14 03:45:56
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 1. としては,先日書いた巨大基数公理などを日常的に扱い,時には二つの異なる公理(でそれぞれは ZFC の下で矛盾しなそうなもの)が ZFC の下で矛盾していることを示そうとしたりするので,普通の数学に比べて「危ない議論」に触れる機会が多いのです。

2013-11-14 03:52:09
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 2. としては,「危ない議論」を精密に調べ,その議論でおかしな部分を取り除き残ったものを使うと,よりよい結果が出たり,新しい理論が構成されたりすることがあります。

2013-11-14 03:55:57
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 例えば,可測基数という巨大基数の存在が ZFC と矛盾していることを示そうとして,その結果,0# という現代集合論に欠かせない数学的対象の理論を展開するきっかけを作った集合論者がいます。

2013-11-14 03:58:33
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 このため,優秀な集合論者は,新しい「危ない議論」を貪欲に求め,その議論を精密に吟味することで新しい成果を出すことを研究の営みの一部にしていると思います。もちろん,ZFC が無矛盾だと信じきって「危ない議論」を避ける人達もたくさんいますが。

2013-11-14 04:03:26
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 このように「危ない議論」を追い求めそれについて考え続けることで,我々は,どんな議論が本当にやばそうでどんなのが大したことないか,という嗅覚・直感を発展させていっています。

2013-11-14 04:09:13
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 もちろん,我々が追い求めている「危ない議論」は,ZFC を矛盾に導く可能性のある議論の中でほんの一部でしょうし,ここでいう嗅覚・直感にバイアスがかかっている可能性は十分にあります。ある日誰かがポッと出た議論で ZFC が矛盾することを証明するかもしれません。

2013-11-14 04:15:05
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 一方で,ペアノ算術が無矛盾で ZFC が矛盾している,というシナリオを考えたとき,ZFC の矛盾を導く議論のどこかで,無限をオブジェクトとして扱う集合論固有のものの見方を用いることになります。

2013-11-14 04:19:01
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 というのも,無矛盾性について考えたとき,ペアノ算術と ZFC の本質的でただ一つの違いは,無限公理を満たすかどうかなので。

2013-11-14 04:19:44
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 そして,無限というものをオブジェクトとして扱う集合論のものの見方の延長線上にあるのが巨大基数公理で,我々が日常的に扱っているものです。

2013-11-14 04:21:01
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 このように,ZFC が矛盾しそうな「危ない議論」を追い求め,考え続けて 100 年以上経った今も ZFC が生き残っていることから,僕は ZFC は無矛盾だと思います。

2013-11-14 04:25:21
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 前者について:これは,ゲーデルの L の構成法によります。L を構成するには ZFC は必要なくて,二階算術の体系(例えば ATR0)で十分です。そして,二階算術の比較的自然な体系で ZFC と「矛盾しやすさ」の意味で同値(無矛盾等価)になるものがあります。

2013-11-14 04:28:52
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 例えば,二階算術の体系で分出公理をフルに仮定したもの(Z2)を考え,それに「(二階算術でコードできる)全ての実数の部分集合はルベーグ可測である」という命題を(二階算術でコードしたもの)を付け加えた体系は, ZFC と無矛盾等価になります。

2013-11-14 04:32:43
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 そして,この二階算術の体系の無矛盾性から ZFC の無矛盾性を示すときに,この二階算術の体系で構成した L が ZFC のモデルになることを示します。

2013-11-14 04:36:18
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 このように,ある論理体系(やその無矛盾性)から ZFC の無矛盾性を示すとき,L の構成法は汎用性があり,自然かつ本質的です。

2013-11-14 04:39:38
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 現代の集合論では,L の構成法を拡張し,L と同じくらい精密に分析できて自然な集合論のモデルで,より強い巨大基数を持つものを構成する研究が発展していっています。このようなモデルを内部モデルといい,この集合論のトピックを内部モデル理論といいます。

2013-11-14 04:42:54
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 内部モデル理論は,ある集合論の公理の無矛盾性からある巨大基数公理の無矛盾性を(ZFC ベースで)導く(現在知られている中で)唯一の手法です。

2013-11-14 04:49:42
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 そして,内部モデルたちは,集合論のモデルたちを(ある程度)分類する不変量という役割を果たし,巨大基数たちの網羅的な理解を与え,ひいては無限とは何か,という疑問に対する答えを探す手がかりを与えてくれます。

2013-11-14 04:50:06
Ikegami Daisuke @DaiskeIkegami

@math32761 このように,L の構成法を拡張することで得られる「自然な」集合論のモデルたちは,現代集合論にとって欠かせない研究対象で,こういったモデルたちの構成法の存在は,僕の中での ZFC の無矛盾性に対するポジティブな感覚をより強めています。

2013-11-14 04:54:07