「千の想いを」~第三章・境界・固定イベント「演習」#9~
- mamiya_AFS
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勢いを止める事なく、ずっとその場から動かなかった千代田へと距離を一気に詰める。 操作するもの自体を失った操縦機を投げ捨て、千代田が腰の後ろへ手を伸ばす。 「秘密兵器その1! 行け『穴熊』!」 真っ黒で妙に太い大砲の、引き金が引かれる。
2014-04-12 00:01:26ナパーム弾みたいな形をした黒い大きな砲弾が、白い煙の線を引きながら飛来するもスピードは落とさずに回避する。 後ろに跳び退る千代田と密着し、焦りと怯えを見せる顔を見下ろしつつ拳を埋める。水月と呼ばれる腹部の急所へと。 後ろでは穴熊が着水し、役目も果たせず没する。爆音は無い。
2014-04-12 00:07:57「か、はっ…!」 手加減したかと問われれば、したと答えよう。全力を出さなくても急所であれば、この一撃で千代田は堕ちると思っていた。 身を捩り、寸での所で急所を外された事を静かに長門は認識する。 「…っ! 秘密兵器その2ぃ! 飛べぇ『美濃』!」 腕を、涙目で押さえられる。
2014-04-12 00:11:43千代田の両ふとももに括り付けられていた黒い航空機が、バンドを千切って重く低い駆動音を響かせる。 構わずに長門は目の前の痛みに目を閏わせる相手を見詰める。 終わっていた筈だ。恐怖しているのなら、戦いたくないのなら、逃げたいのならば。 急所に一撃をもらい、楽になれた筈だ。
2014-04-12 00:16:15唾が食い縛った唇の端から零れていた。鼻水が左の穴から顔を出していた。 怯えていた筈だ、震えていた筈だ。 そもそも手加減したとは言え、長門の拳に反応して対応するだけの防衛能力を持ってはいなかった筈なのに。 何故。 何故、この娘の瞳は諦めの色を湛えていないのか。
2014-04-12 00:20:17突いた拳を捻り、指を開き突き飛ばす。 後に残る2機のずんぐりもっさりとした巨体を見据え、左手を動かす。 長い髪が風に踊り、天龍に痛め付けられた腕甲が遂に限界を迎えて大きくヒビが走る。 顔の高さに上げた左手の指先には、黒い羽根が2枚。 片翼を失った2機が、順番に落下していく。
2014-04-12 00:24:38何を積んでいるのかがわからない以上、本体を破壊するわけにもいかない。 何もできないまま沈んだ美濃の唯一の痕跡である波紋と波を見下ろし、爆発等が起きない事だけを確かめる。 終わりか。 もう千代田に武器は残っていない。
2014-04-12 00:27:09「げほっ、げほっ…! つっ、あ…」 腹を押さえ、顔中の穴から溢れる液で顔を汚した千代田が、ゆっくりと膝を起こす。 浮力のバランスに適応できずに、何度もしゃがみ込みそうになりながらもやっと立ち上がるまでを、長門は動かずに待つ。 「…これさ、ひどくない…?」 細い声に。
2014-04-12 00:30:55待っておきながら、容赦の無い一撃を見舞い、頑張って立ち上がったというのに再度海上を転がされた千代田が。 「…何よ…、くっそ…」 よく使われる表現で言えば、生まれたての鹿のように。 「…あたしは…」 まだ、立ち上がる。
2014-04-12 00:35:05「あたしは…。 甲標的を扱えても北上みたく当てられないし、空母としてだって…、もう伊吹に負けるくらい、才能無いし。 射撃だって多分響より下手だし…」 ぶつぶつと。それでも声は届いていた。 「…どうしろって言うのよ…」 声に、ようやく『諦め』が見えた。
2014-04-12 00:39:17「痛いだけじゃん、こんなの…。頑張れば何か変わるかと思ったけど、全然楽しくない」 ふらふらと、おぼつかない両足で、千代田が数歩下がる。
2014-04-12 00:45:11…おっけ。 「いいえ、変わったみたいよ」 長門の見ている世界が、大きく傾く。 膝と、着いた手が濡れてから、右足の激痛を初めて認識する。 右足が、爆発に巻き込まれたのだと、ようやく気付く。 「例えば、の話ですけど」 天龍相手にも流さなかった冷や汗が、背筋を伝った。
2014-04-12 00:53:02……狼狽する長門を見詰め、千代田は説明を続ける。 受けた攻撃は確かに甲標的による攻撃のものだった。 それは明らかだったが、妙な点がある。 千代田は魚雷なんて撃っていない。 「一晩で、その仕組みを造った上に、魚雷管じゃない射出法まで用意してくれた彼女のお陰ですけどね」
2014-04-12 00:59:17……眩暈してきたわ。操作難し過ぎ。 「甲標的を扱える北上は、飛行機を飛ばせない。 航空機を操れる空母でも、魚雷を扱える子はいない。 例えば、ですけど…。 甲標的も艦載機みたいに水中で操れないかな、って、そう思っただけなんです」 理屈は、言ってしまえばそれだけの事。
2014-04-12 00:56:22長門は海上ではほぼ無敵であると言えるが、海中の存在に対しては何も感知できない。言ってしまえば一般人と同じ程度にしか対応できない。喰らってから初めて気付く、のレベルまでに。 今まで集中や鍛錬でこの弱点を克服しようとも試みたが、無駄であった。 重戦車に空を飛べと云うようなものである。
2014-04-12 01:03:36戦艦という艦娘として、それは逃れられない仕様だった。 もしも長門を倒せ、と言われたらどの武器を使うかと、艦娘達に聞いて回ればほとんどの者が魚雷かそれに準ずる物を選ぶだろう。そしてその上で「それでも無理」と続ける事になるが。
2014-04-12 01:05:13