「レイジ・アゲンスト・トーフ」 エピソード6 「ナラク・ウィズイン」 #1
5分も経たないうちに、Y-10は死体の山に変わっていた。刀傷だらけのコートを返り血で染め上げたシガキは、コケシコタツの横で震え上がる重役たちの前へと無言で歩み寄る。残留したズバリ成分が、黒い炎のようにくすぶっていた。スターター紐が引き絞られ、圧縮空気がテッコの側面から排出される。
2010-11-06 22:35:31「サカイエ家の者か」と、シガキは鬼のような声で問う。「はいそうです」とカチグミ。 「俺の顔に見覚えはあるか? プレス機の誤作動で潰された腕を、労災保障で戦闘用義手に置き換えられた者だが」と問うと、重役らは声をそろえて「覚えていない、そんなことはチャメシ・インシデントだ」と答えた。
2010-11-06 22:37:33「……なあ、あんたがた。一発殴らせてくれよ」と、マグロの眼でシガキは言う。 「ア、アイエエエエ……それで見逃してくれるなら」と、カチグミたちは恐る恐る立ち上がった。恐怖のあまり、サイバースラックスの股間がじっとりと濡れそぼっていた。
2010-11-06 22:39:37「イヤーッ!」「アイエエエ!」「イヤーッ!」「アイエエエ!」テクノカラテが重役たちの腹に叩き込まれた! ピストン運動が容赦なく内臓を破壊する! 「……あんたがた、知ってるかい? テッコは旧式すぎて、力の加減が効かないんだ。しかも、俺にあてがわれたのは、手垢の付いた中古品ときてる」
2010-11-06 22:42:11自分が手を失った時のように床を転げまわる重役たちを尻目に、シガキは金庫のダイヤルをテッコで破壊した。中に入っていた札束や高純度のマグロ粉末を、ポケットに突っ込めるだけ突っ込む。 「「「あと少し、心を閉ざすんだ。こんな非道は今日限りだ」」」シガキの心の中で、脆弱な人間性がうめいた。
2010-11-06 22:54:57シガキの眼は、ポールダンスをくり返し、彼に優しく微笑みかけてくるオイランドロイドらに注がれた。ネオ・カブキチョのサイバー医者の事務所に高価買取と書かれていた、最新型の女体アンドロイドだろうか。シガキがその2体を肩に抱えると、「もっとしてください」という電子音声が返ってきた。
2010-11-06 22:59:31「「「これでオシマイだ。朝焼けが訪れる前に、あの医者のところにいって、ドロイドとマグロ粉末とこの札束で、最新のサイバー義手を買おう。それでオシマイだ……。もうこんな暴力とはサヨナラだ……」」」 シガキはニューロンの中で虚しいチャットをくり返しながら、重役室を出るべく身を翻した。
2010-11-06 23:06:07「マーベラス、なんたる無慈悲さ!」いつの間にかフスマが開け放たれ、車椅子に乗ったニンジャ装束の男とクローンヤクザが重役室に入ってきていた。男はオーディオ機器に向かってスリケンを投げ、耳障りなサイバーテクノを止めると、静寂の中でこう言った。「あなた、ソウカイヤクザになりませんか?」
2010-11-06 23:14:46シガキは混乱した。唖然として、オイランドロイドを取り落とした。ビホルダー=サンはやはりニンジャ装束を着ている。ニンジャなのか? いやそんな馬鹿な。ビホルダー=サンは自分と同じく、トーフヤへの怒りに燃える元従業員だ。だが、彼は何と言った? ソウカイヤクザ? ヤクザなのか?
2010-11-06 23:20:51「見逃してください」シガキは突如ドゲザした。ドゲザは、母親とのファックを強いられ記憶素子に保存されるのと同程度の、凄まじい屈辱である。「私は…墨絵師を目指す、しがない労働者です。…見逃してください。…諦めたく…諦めたくないんです!」シガキの両目から、溜めていた大粒の涙がこぼれた。
2010-11-06 23:30:34キコキコキコ、と車椅子の音が近づいてきた。「顔を上げなさい」とビホルダーが声をかける。シガキが無様に泣きじゃくりながらゆっくりと顔をあげると、透過率50%になったサイバーサングラスと、その奥に青白く光るヒトダマのような眼が見えた。カナシバリ・ジツ!「アイエエエエ!」
2010-11-06 23:40:05「立て。何と身勝手かつ臆病な男だ。ヤクザにならないなら死んでもらうまで」ジョルリのように立ち上がったシガキに、ビホルダーは血も涙もない命令を下す。「貴様には、生きたリモコン時限爆弾になってもらう。プラスチック・バクチクを持ってジェネレータに飛び込み、メルトダウンを引き起こすのだ」
2010-11-06 23:46:04ナムアミダブツ! ジェネレータが崩壊すれば、工場どころかオハナ・バロウが丸ごと吹っ飛んでしまうぞ。シガキの脳裏には、爆死する自分の姿とともに、十二番街にあるトーフ労働者たちの安宿や、その前でいつも営業していたフライド・スシ屋台の老人の顔などが、ソウマトウのようによぎった。
2010-11-06 23:54:01しかし、彼の体はビホルダーのジツによって操られ、抗うことが出来ない。無念の涙だけが、ただぼろぼろとシガキの頬を流れ落ちる。クローンヤクザが重箱を開き、最新鋭のプラスチック・バクチクを取り出した。嫌だ! シガキは心の中で虚しく絶叫する。助けてくれ! 誰か! おお、ナムアミダブツ!
2010-11-06 23:58:54シガキの精神が崩壊しかけた、まさにその時! 外に面した重役室の防弾ガラスとショウジ戸をもろともに突き破りながら、赤黒いニンジャ装束をまとった人影が、トーフ工場の黒煙を暗黒のジュウニヒトエのように纏い棚引かせながら、勢い良く飛び込んできたのである! 「Wasshoi!」
2010-11-07 00:07:40前方回転とともにニンジャロープからひらりと飛び降りると、その男は背筋をピンと伸ばした姿勢でコケシコタツの上に着地し、腕を組んだ直立不動の姿勢を取った。「忍」「殺」と彫られた鋼鉄メンポから、殺気に満ちた呼気が漏れ出す。 「ドーモ、ビホルダー=サン。ニンジャスレイヤーです」
2010-11-07 00:12:06第1巻「ネオサイタマ炎上」より 「レイジ・アゲンスト・トーフ」 エピソード6「ナラク・ウィズイン」 #1終わり、#2に続く。
2010-11-07 00:19:29