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チャビ母 @chubby_haha
「小1の口にテープ貼らせる 京都の小学校で担任教諭」 ow.ly/xE6WA このYahooニュースのコメント欄が酷い…。発達障害の子は「困らせる子」じゃなく「困ってる子」だという認識がないんですね…。困らせる=排除/困ってる=支援が必要。この溝は深い…
みゆ @LMiyu5
@chubby_haha 通常にするか、支援にするか、修学相談し委員会の決定があって、どの学級か決まる。 それによって、専門家を配置したり、学級に落ち着いていられる対応をし、落ち着けない場合は、排除でなく、段階踏んでクラスにいられるようステップにしたりと、 やりようはあるのにね。
みゆ @LMiyu5
@chubby_haha クラスに落ち着いていられるように、配慮すれば迷惑にならないよ。 クラスにいる事が刺激になって、大変なら、排除じゃなく原因によって個別指導できる、支援が必要。 特別支援教育は、通常学級、支援学級、どちらに在籍しても受けられるようにしてもらえばな。
みゆ @LMiyu5
@chubby_haha その為には、予算が必要かも。 誰かが我慢する環境でなく、誰もが落ち着ける配慮やあたたかさが欲しい。 テープを貼るような間違った対処のあるクラスは、障害が有ろうが無かろうが落ち着けるクラスになるとは、今迄の経験上難しいと感じます。
チャビ母 @chubby_haha
「障害のある子が普通級にいる事で迷惑かけられてる子が可哀想。だから排除すべき」と言う人は、「障害のない子の権利>障害のある子の権利」という考えなんだろうな…。障害があってもなくても同じ子供だよ。障害がない事は、「障害のある人をないがしろにしても権利が守られる特権」ではないんだよ。
チャビ母 @chubby_haha
授業中に大声を出す。そりゃーそれで授業は中断するし、他の子だって驚いたりして迷惑だとは思う。だからってね、口を抑えて声を出せないようにしたり、支援級に在籍させて存在自体を消し去ったり…、それが本当の「解決」だと思ってる大人がいる事が恐ろしい…。子供はきっとそれを真似して大人になる
チャビ母 @chubby_haha
それもこれも、発達障害のある子の「問題」と言われる行動に【周囲】が困らされてると取る事が間違いなんだよね。「なぜその子が大声を出さなきゃいけなかったのか…」そう考えて、実は困ってるのは【発達障害の子】だと知る事が「声を出さずにいられる対応」の第一歩。声を封じ込めるのとは真逆の対応
チャビ母 @chubby_haha
そういう対応をする事で、クラスの子達も発達障害のある子が不適切な行動をした時の適切な対応を知っていくんだと思う。「何に困ってるのかな?」と。先生の行動から子供は学んでる。先生が授業を「妨害された」と思い手荒な対策をとれば、クラスの子達も同じように思い行動をする怖さに気づいてほしい
チャビ母 @chubby_haha
「声をだせないようにする方法をとる」のと「声をださないようにする方法をとる」のは全く違う。前者はとても支配的。こういう対応は「障害者は差別されるのも致し方ない」という考えを生み、いじめにもつながる。逆に後者は、共に学び考える姿勢から「共存」を生む。下に見るんじゃない。皆同じ仲間。
チャビ母 @chubby_haha
息子は予期しない出来事が起きればパニックになり授業中大声を出したりする事があった。そういう場合の為に、音楽をきいたり、トランポリンを飛んだり…といった「コーピングスキル」を先生と息子で話し合って考えた。最初の頃はパニックを起こす度に先生がコーピングスキルを使うのを息子に促してた→
チャビ母 @chubby_haha
でもその姿をいつも見守ってた子達は、いつの頃からか先生が息子に指示する前に「何が嫌だった?」「どうすればいい?」「音楽きいてみたら」「トランポリン飛びに行ってきなよ」と声をかけるようになってくれたんだよね。ただ同じ教室にいるだけじゃない、こういうのが本来のインクルージョンだと思う
チャビ母 @chubby_haha
そういう意味で、日本の特別支援教育が行ってるインクルージョンは、それとは言いがたい…。障害のある子を普通級で過ごさせる事がインクルージョンじゃない。一緒に過ごせる方法を考えてそれを実行して一緒にいる事が「当たり前」だと皆が思える事。障害を理由に排除しない姿を作り上げていってほしい
カイパパ @kaipapa2shin
誰にとでもなく、ごめんなさい、と言いたい。
カイパパ @kaipapa2shin
生きている、その人にとって必死で。それが、かんたんに、邪魔だ、迷惑だ、と排除されてしまう。
カイパパ @kaipapa2shin
他人に迷惑をかけずに生きることは、本当に本当に難しい。
カイパパ @kaipapa2shin
あやまりつづけてでも。 あやまりつづけて。でも、生きていかなければ。生きていくスペースを見つけなくちゃ。
Takashi Takimoto @TakimotoTakashi
こういう報道がなされたとき、バカと言い捨てるのは簡単だ。想像するより遥かにchaoticな教室をコントロールするのにどのような方法が正解なのか。多方面の専門家が協力して解決策を求める方向に議論を進めるべきだと思う。RT @roarmihoko: RT @Basil1127:
ばじる@ADHD啓発月間 @Basil1127
ほんとに悔しい。悲しい。やりきれない。どうしてそうなるんだよ。学校全体の支援体制はどうなっていたんだ。一年生で支援の必要な子が複数いるクラスで、担任がひとりで背追い込むことになっていなかったか。
ばじる@ADHD啓発月間 @Basil1127
担任の「不適切な対応」のせいにして管理職は逃げを打っていはしないか。担任が周囲に相談できる状況だったか。したことはひどい虐待だし許し難いが、担任をそこまで追い詰めたものがあるのではないのか。
harmony @harmony0526
子どもが「困っている」行動の結果、そうなっていると理解しても、じゃあその行動の背景になにがあるのか、どうすれば良いのかを考えるだけの余裕がない現状があると思うんだけど。アセスメントできる人がいて、それに基づきながら、一緒に支援計画、学級経営を考えられるシステムが必要じゃないかな。
harmony @harmony0526
5歳児から義務教育始めても、なんの解決にもならないと思う。現行システムでいく限り。教員1人が担う役割が大きすぎるし、あれでは余裕をもって学級経営とか出来ないんじゃないかな。もちろんできる先生はいるけれど、それこそ力量によって違いが出るなら、考えないといけないことがある気がする。
lessor @lessor_tw
子どもも大人も、みんなそれぞれいろいろ「困った」経験をしながらも、困っているという自覚もなく、助けてももらえず、その結果として発達の凸凹した子による「問題行動」を「その子が困っている」という理解ではなく「他人への迷惑」として捉えるようになっていくのではないかと。
lessor @lessor_tw
承前。自分の得意なことや苦手なことを「なぜ得意(苦手)か」と聞かれても、多くの人は答えられない。とにかく得意だとか苦手だとか言うほかない。苦手であるということは「困っている」のだけれど、個人の努力で超えられない壁があれば、目標のレベルを下げるか、方向転換が求められるのが常だ。
lessor @lessor_tw
承前。社会の側にできること、を啓蒙していくのもひとつ。ただ、その前提として、誰もが「これは自分の力でどうにもできないから支えが必要」と気づいて叫べるようになるための教育を用意していかないと、個人を責めて終わらせようとする大人たちが今後も増え続けるだけなのではないか。
lessor @lessor_tw
承前。加えて、人の「発達」という極めて個人的な事柄について、もっと学ぶ機会の多い社会であるべきと思う。人がどれほど多くの能力を奇跡的なバランスで持ち合わせて社会生活を成り立たせているかを知れば、自他の「困っている」状況への認識は変わる。
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コメント

九銀@半bot @kuginnya 2014年6月7日
口にテープを貼るような「とにかく目に見えなくなればそれでいい」っていう強引な解決を当たり前に取るような空気も、日本に自殺が多い一つの原因のような気がする。
カイパパ @kaipapa2shin 2014年6月7日
まとめを更新しました。
ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2014年6月7日
だから何のために普通の学校に障害者学級があるのかと。
ばじる@おーるうぇいず崖っぷち @Basil1127 2014年6月7日
見事に「排除の論理」がここにも。 少なくとも田舎の学校では知的に高いこどもたちは就学前検診の時点で入級指導を受けることが少ない。そもそもどこからを排除の対象にするのか?異質なものは排除してもよいのだ、という思想はいじめや差別の正当化につながる。排外主義まであと一歩だ。確かに、他児の教育権保証という観点は大切。しかし多様なメンバーを含むのが社会なのだと学ぶことは単なる学習効率の追求よりずっと、こどもたち全てにとって尊いのではないか。
ばじる@おーるうぇいず崖っぷち @Basil1127 2014年6月7日
いわゆる「情緒学級」にあたる特別支援学級を持たない学校では、彼らには通常学級しか「居場所がない」。そして、そういったこどもたちは1クラスに数人いるのが普通。全員を“隔離“するのか。その基準、線引きはどうするのか。安易に「邪魔者は隔離せよ!排除せよ!」と叫ぶ人たちが教育現場の現状を知らないというのは残念なことだ。
眠る羊 @sleep_sheep2010 2014年6月7日
親が希望しても、教育委員会の判断で支援学級に入れないケースもあると聞く。記事だけでこのケースを判断するのは難しい。(担任が大変な状況で、こういうときの適切な対応を学んでいないというのは推測できるが)
コージ @kouji78 2014年6月7日
まぁ、一般の児童の学習環境の保護について危惧する意見を指して、まとめられている人のように「排除」というレッテルを貼ってくる方は、大概障害児の授業妨害で度々授業がストップする事で被る一般児童の負担を軽視するよね。その上、そうした負担を乗り越える努力を一般の児童に対して平気で求めるのはどうかと思うなぁ。偶々同級生になってしまった児童は、別にその子の家族じゃないんだけどね。
コペッティ@ワンダーハースボードゲーマー @copetty 2014年6月7日
排除、隔離が言葉として嫌なら、住み分けあたりで。やってることはそんなに変わらないと思いますけどね。 職場に意味不明なタイミングでいきなり大声を出す人間がいないように、いつかは世界を別にするほど世界観が合わないのなら早めに別れたって問題はないのでは?その人のペースで学べて、変な目で見られない空間にお互い早く分かれればいいんじゃないですか?今お仕事をしている大半の人だって、その環境でしょう?
国選弁護士唐澤貴洋 @covacs1 2014年6月7日
つか、発達障害って障害だろ?今の人類種においてマイナス要因となりやすい機能だろ?それならそれを補うか、打ち克つか、プラス機能として転化させるようにするのがいいんじゃないの?その為に専用に組んだカリキュラムを受けさせることは隔離にあたる?それとも利かん坊みたく叱ってりゃなおる程度のモンなの(それならそれがいいけど)?
ぱぴお@睡眠行動修正難航中 @papio_pooh 2014年6月7日
現在、発達障害の方は10人に1人2人はいるような時代。考え方自体をそういう現状にfitするように変えなければならないと思う。同じ社会に生きる人間として、互いに努力して歩み寄らないと。
ぱぴお@睡眠行動修正難航中 @papio_pooh 2014年6月7日
本当は、保育や教育はどの児童にも分かりやすく且つ出来るような教え方や提示の仕方をしなければいけない。分かりにくい子にとって分かりやすいのは、どの子にとっても分かりやすい訳で有益であること、また分かりやすい手続きは、分かる子にとっては他の分かりにくい子と接するときの良い方略や考え方にもなる。それは翻って良相手の理解と関係に繋がると認識して欲しい。
こしみずひさつね/輿水久常 @koshimizuhisatu 2014年6月7日
口塞ぐのは問題という前提で、同じ言葉を返したいですね。障害が「ある」事は「障害の『ない』人をないがしろにしても権利が守られる特権」ではないんだよ。他の児童の教育を受ける権利を余りに軽視しすぎ。
こしみずひさつね/輿水久常 @koshimizuhisatu 2014年6月7日
なぜ一般の児童が発達障害児に対する適切な処置やらを身を切ってまで知らなければならないのか。児童は一方的に保護されるべき存在というのを忘れてないか?○○ちゃん係的な世話を押し付けられた悲劇はよく耳にするが、何か勘違いしてるとしか思えない。
伸縮性があって光る月夜茸そば🍄 @Saint_Kiramichi 2014年6月7日
特別支援学級が発達障害児の排除のためではなく、こういった虐待からの保護のために存在すべきというような意識転換も必要なのではないかと、かつて発達障害を疑われながらも親の希望で普通学級に通い、最悪の義務教育時代を過ごした者としては思うのですが。
けんぼー@留年コンサルタント @kembo_net 2014年6月8日
目的を取り違えてはならないと思うなぁ 勿論障害が無い子も普通に教育を受けられるようにするべきだけど それを「異質な者を追い出す」という形で実現すべきではない どちらも当たり前に隣にいる世界が"理想"なんだよね ただその"理想"を実現するのに現状ではまだまだ足りないものが多すぎるというのもまた事実 何のフォローも無いまま通常学級に突っ込むのは"理想"とは程遠い
氷椿@占い師 @icy_camellia 2014年6月8日
まあどっちの言い分もわかるんだけど、日本の迷惑をかけるんじゃありませんの教えは通用しないんだから例によってインドの教えを導入すべきじゃね。人に迷惑かけて生きているのだから、人のことも許せってやつ…。(まあ法治国家としてはOKな部分とダメな部分があるだろうからそこはイジメやらと比較して教えていったらいいんでないかしらね)
しらね @shillane 2014年6月8日
「何のために普通の学校に障害者学級があるのか」と言う問いには、”健常者”が”ハンディキャップを持つ人”とどう付き合えばいいかを学ぶためだと答えます。私自身は身体障害(足が不自由)の子や、自閉症の子と同じクラスになった経験があります。小学生時代に経験したことは、公共の場で出会ったときにも生きていると思います。
くらげ@耳の悪いADHDのオッサン @kurage313book 2014年6月8日
とりあえず、文科省が促進する「特別支援教育」が全然浸透してないことは分かった http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/main.htm
くらげ@耳の悪いADHDのオッサン @kurage313book 2014年6月8日
でもまぁ、普通学校から聾学校に「逃げた」身としては「逃げ場所としての隔離先」は常に確保して欲しい、と切実に思う。
くらげ@耳の悪いADHDのオッサン @kurage313book 2014年6月8日
自分の経験から言うと障害を持った俺は「迷惑な生徒」だったのは間違いなく、学級に俺がいないほうが良かったとは思う。少なくとも、俺の同級生で俺がいたから障害者理解が深まった、という話はとんと聞かぬ。ただ、普通学校にいたから学力は聾学校にいるよりも高かったのは間違いなくて、そこらを考え始めると「どうにもならぬ」という思いが強い。俺の最適解ってなんだったんだほんと。
ぱぴお@睡眠行動修正難航中 @papio_pooh 2014年6月9日
正直な話、発達障害の保護者も子どもも多すぎて、最早定型の人だけで社会を構築したり、コストの支払いを含めて維持していくのは後1,2世代もしたら不可能になります。そうなる前に発想を転換して、そこに住む人全体で存続可能な方向性にする必要があります。定型ありきの発想はもう無理です。
ばじる@おーるうぇいず崖っぷち @Basil1127 2014年6月9日
定型発達の子にも知的発達水準には当然だが個人差がある。ペースの早い子にとっては、ゆっくりペースの子が歯がゆいかもしれない。おせーんだよおめーのせいで授業進まねーじゃねーか、という時にゆっくりな子は排除(言葉が問題ならいいよ“棲み分け“でも)の対象になるんでしょうかね。集団のルールを、その集団に所属することによって学ぶのも学校。学習だけやってりゃいいなら学校である必然性はない。むしろ社会のルールや多様性を学ぶのが大事なことなのだと(定型非定型に関わらず)理解してもらえないのかねえ。
ばじる@おーるうぇいず崖っぷち @Basil1127 2014年6月9日
子どもの頃に教室で大声出してた子が会社で大声出す大人になるとは限らない。そういうことも集団のお約束ごととして学ぶんだよ。前にも書いたが知的に境界域以上の子たちは定型発達でなくても多くは通常学級に入ることになる。これは教育委員会等の意向だったり、自治体や学校の状況によったりする。必要なのはその時によって(もちろん、過剰な刺激が苦手な子もいるわけだから)通級などが保証されつつ、あくまで集団生活の中で社会的スキルをも獲得していくこと。これには通常学級での支援体制が欠かせない。
ばじる@おーるうぇいず崖っぷち @Basil1127 2014年6月9日
語弊ある表現になるけど、通常学級にはたとえば数値で言えばIQ120の子もIQ80の子もいたりするわけで、これだけでもう「何が普通なのか」わからなくなると思う。もちろん正規分布だからIQ100前後の人が多いわけだが、その中にまた発達凸凹が絡んでくるからほんとにややこしい。 でもさ、IQ120の人に「お前ら私の勉強のペースが遅れるから他のとこに行け」って言われたらどうよ?キリがないのよほんと、こういうこと言い出すと。
ばじる@おーるうぇいず崖っぷち @Basil1127 2014年6月9日
[c1503245]「 まったく案がない」それ本当ですか?特別支援教育について、通常学級運営の枠組みの中でどうしていくか、まわりの子どもたちへの学習権保証をどうするか、書籍もたくさん出ているし教員向けの研修もたくさんやってる現実はご存知ですか?また「被害者」って誰のことなのでしょう。このまとめの発端になった記事の被害者は、明らかに発達障害を持つ子どものほうではありませんか?定型の子たちが常に被害者だというのは思い込みではありませんか?
でき @dekijp 2014年6月9日
大変申し訳ない。「発達障害を持つ子ども」が被害者の枠で、発達障害を持った子供に被害を負わされた子供の話をするのは障碍者差別でした。お詫びとともにこれらの発言を取り消します。ごめんなさい。
コージ @kouji78 2014年6月9日
障害児が社会のルールや多様性を学ぶ事は大切なことだろうけど、それを一般の教室で求めた際の、一般の児童にかかる負担を軽視するな、という話なんだけどね。障害児がかける負担は、一般の生徒の学力の個人差程度のものではないわけで、比較としておかしい。障害児の方向に重心をかけてる人は、もう少しそうした周囲の一般児童に背負わせる負担というものを深刻に捉えて問題として理解しないと、誰も耳を傾けてはくれないと思うけどなぁ。
deepblue_0926 a.k.a. あおさん( ˘ω˘) @deepblue_0926 2014年6月10日
これは教師の捉え方の問題だと個人的には思う。 その子が教師を「困らせている」のではなく、何かに「困っている」からサインを出しているのではないかと。
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