2014/6/20 「希望の牧場」吉沢正巳氏に関する渡部真氏の呟きをまとめました。

本日(2014/6/20)、福島県浪江町にある「希望の牧場」吉沢正巳氏が「被ばく牛」を連れて農林水産省前に向かっています。その経緯を渡部真氏が呟いています。
震災以降 原発 福島県 浪江 放射能 吉沢 被ばく 希望の牧場
yuka1357999 3286view 3コメント
2
ログインして広告を非表示にする
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 05:43:27
    ちょうど1週間前、福島県浪江町にある「希望の牧場」を訪ねた。同牧場の代表である吉沢さんに『震災以降』を届けるためだ。 twitpic.com/e6imdx
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 05:48:08
    『震災以降』には、原発事故から約3週間後の吉沢さんの顔写真を大きく掲載した。マスクをつけたその顔は、まだ事故の影響で緊張してる。「俺、こんなマスクつけてたか?」吉沢さんのマスク姿の写真はほとんど残っていない。誰も近寄らなかったからだ。 twitpic.com/e6imir
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 05:51:23
    当時、この牧場に近づく人は、吉沢さんと、震災前に彼と一緒に牛の世話をしていた仲間、そして僕と渋井さんしかいなかった。3月下旬、浪江はまだ寒い季節だった。いまは牧場中に草が生え、牛達もムシャムシャと音を立てながら食べている。 twitpic.com/e6imn3
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 06:02:31
    この日、牧場には、ロールサイレージが大量に運び込まれた。牛の餌になる重要な支援だ。外p袋には、牧場へのメッセーなども書き込まれてる。僕が初めて吉沢さんに会った時、原発事故の影響が長引いて冬になったら餌がなくなると真剣に心配していた。 twitpic.com/e6in23
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 06:17:21
    餌の心配は基本的に今も変わっていない。この季節は穏やかに餌が充実する中で過ごせるが、300頭を超える牛達は、冬になれば餌の心配が常に伴う。それでも吉沢さんは牛の世話をし続ける。「牛飼い(べこや)の意地だ」吉沢さんは口癖のように言う。 twitpic.com/e6inke
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 06:22:09
    いま、牧場の敷地は、毎時0.4〜4マイクロシーベルトくらいだ。震災直後に手に入らなかった空間線量計だったが、ようやく手に入れた2011年6月ごろ、牧場の敷地は、毎時15マイクロシーベルトなんていう数値を示す場所が幾つもあった。 twitpic.com/e6inrk
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 06:46:51
    そんな希望の牧場だが、1年ほど前から吉沢さんが気にし始めたのが、牛の皮膚や毛が、斑点状に白く脱色していることだ。僕も牧場を訪れる度に見ているが、確実に斑点の範囲が増えているし、そういう症状の出てる牛の数も十数頭に増えている。 twitpic.com/e6ioo5
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 06:52:10
    吉沢さんはこの斑点が放射能の影響ではないかと危惧してる。少なくとも、牛を40年扱ってきて初めて見る症状fだと指摘する。僕も知り合いの獣医や生物学の専門家に何度か写真を見せたが、ストレスや伝染病の可能性を指摘するも原因はハッキリしない。 twitpic.com/e6iovg
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 06:59:38
    昨日の河北新報に、こんな記事が掲載された。「被ばく牛と都内で猛抗議/福島・浪江の牧場代表」 kahoku.co.jp/tohokunews/201… 今日、吉沢さんは、斑点症状の牛を東京の農水省や環境庁まで連れて行くという。この症状の原因解明を追及したいと言う。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 07:19:21
    吉沢さんの家族、震災前の畜産仲間達は、東京に牛を連れ出すことに猛反対してる。河北に記事が掲載されて、早速、仲間から電話がかかってきた。「放射能の影響か分からないのに、風評被害が広がった影響を考えろ」。反対する家族の声は、僕も直接聞いている。それでも吉沢さんは、連れて行くという。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 07:40:35
    この写真は今朝6時30分。牛を乗せたトラックが希望の牧場を出発した。旧警戒区域にいた牛が20キロ圏から無許可で出されたケースはなく、吉沢さんは猛反対する周囲からの厳しい批判を覚悟している。これから福島県庁を経由して東京に向かう。 twitpic.com/e6iqt3
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 07:49:28
    個人的な見解だが、白い斑点症状について、僕は放射能の影響だと断定するのは早計だと思ってる。しかし、放射能の影響じゃないと断定するデータもない。吉沢さん以外の旧警戒区域の畜産農家の人で、心配する人の声も聞いてきた。政府の責任できちんと調査・研究すべきだと思ってる。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 07:50:18
    そういう意味で、今日の吉沢さんの行動に、政府がどう対応するかに注目してる。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 07:53:49
    @spearsden 農水省や県に、この斑点症状の原因解明を追及するのが目的だそうです。何度か打診し、昨年一度、農水の担当者が牧場に見に来てるんですが、「原因は分からないい」と言ったまま、その後全く対応してないそうです。その抗議の意味もあるとのことです。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 08:37:41
    @spearsden すいません。訂正です。農水省の調査は、何度か来ているそうです。しかし調査結果は、原因がハッキリしないと。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 08:43:59
    福島県庁前に到着した希望の牧場のトラック。荷台には、斑点症状の牛。 twitpic.com/e6itlm
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 08:54:06
    吉沢さんや松村さんに詰め寄る福島県庁の職員。吉沢さんは「今から経産省や環境省に牛を連れて行く。止めても行く」。県庁職員は「20キロ圏から出さない、福島県から出さないことになっている。あくまでもお願い。要請」。 twitpic.com/e6iu0f
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 09:09:19
    県の職員達「我々は、こうした事で誤解を生んで再び県の牛が売れなくなるような事に繋がるのではないかと危惧してる」。松村さん「俺は五代目(六代目?)だが、俺の子供は富岡に帰れねえ。風評がどうこうじゃねえ。この現実見て帰れるようにしろ」 twitpic.com/e6iuph
     拡大
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 09:15:18
    @kayukawajunji 政府の責任でちゃんと調査すればいいと思うんです。原因不明のままにしてるから、吉沢さんも黙ってられなくなるわけで。原因が分からないいとしても、きちんと調査をし続けてデータを蓄積していれば、違った展開になったと思うのです。 @spearsden
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 10:41:32
    松村さんは、最初、牛を連れ出すことに賛同すべきか迷ったという。もちろん松村さんも政府や県の対応には怒ってる。ただ、それでも迷った。最後はやっぱり「俺たちはさ、仲間だからよ」と。昨日、河北に記事が掲載されて、吉沢さんも改めて腹を括った。一度火がついたら、二人とももう止まらない。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 10:56:12
    まだ希望の牧場が立ち上がる前、吉沢さんのところに行く度に「冬になったら餌がなくなる。そしたら、この牛達はどうすりゃいいんだ」と、いつも心配してた。牛は絶対に死なせない。そう言い続けてた。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 11:00:32
    そのうちに、フライデーが記事にして、当時の民主党の国会議員も支援を表明し、希望の牧場が立ち上がって支援者達も吉沢さんの元に集まるようになって来た。それでも吉沢さんの気持ちの空白は埋まってなかった。当時、週に2〜3回は夜になると酔っ払って電話がかかってきた。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 11:06:16
    当時、警戒区域にはなかなか入れなかった。他の記者は吉沢さんに連れて行ってもらって警戒区域に入ってたが、僕は、万が一にも迷惑をかけると嫌なので、地元の住人の力を借りず、自力で穴を見つけて警戒区域の中に入って行った。だから、失敗することも多く、約束してても行けない事もあった。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 11:10:20
    そんな時は必ずと言っていいほど、夜になって吉沢さんから電話が入った。あの頃、まだ吉沢さんも二本松の仮設住宅から牧場に通っていたが、夜に一人になると仮設で酔っ払って電話してきてたんだ。周囲の酪農家や畜産家から、牛の殺処分に同意しないことに批判もされてた。相当に孤独だったんだと思う。
  • 渡部真 @craft_box 2014-06-20 11:14:08
    そんな電話が来なくなったのは、牧場に住み着き始め、お姉さんが時折戻るようになって、希望の牧場を支える針谷さんや、富岡で住み続けてる松村さん達と出会って交流が深まるようになってからだ。松村さんとは、冬場、牛の餌を互いに助け合いながら協力しあった。

コメント

カテゴリーからまとめを探す

「総合」に関連するカテゴリー