艦々これ#4
見通しの利かない黒塗りの海。私はその只中を、砲声の残響を頼りに進んでいた。 私の眼も、静寂を保ち見張りを続ける妖精も、未だ敵艦の姿は捉えられずにいる。 それでも、徐々にはっきりと聞こえてくる炸裂音は、確実に距離を詰めつつあることを私に教えてくれている。 #knknkr
2014-07-11 23:19:27『提督さん!』 無線越しの声。金剛のものではないが、彼女の艦隊の周波数だ。 『敵は観測機を持ってるわ! そいつを頼りに私達を砲撃してきてる!』 「夜間触接を試みてるのね。今攻撃が可能な艦は?」 『鳥海と古鷹、それに敷波だけね。金剛もまだ撃てるけど、損傷が……』 #knknkr
2014-07-11 23:29:29重巡が二隻に駆逐が一隻、か。敵機を捕捉できない状況では対抗も難しいだろう。 しかし、彼女達が照明弾を撃つのは危険だ。 「こちらでおびき寄せるわ。その間に金剛を連れて海域から離脱を」 『おびき寄せるって、まさか待機艦で?』 「いいえ。陽動は『艦娘』に任せるわ」 #knknkr
2014-07-11 23:35:19第一砲塔に照明弾を。第二、第四砲塔に三式弾を装填――。無線に答えながら、艤装が準備を整える。 対航空戦力など考慮していなかった時代の艤装だけあって、対空兵装も扱う妖精もいない。一度外せばそこまでだ。 それなのに、胸中を占めるのは必ず成功するという確信だった。 #knknkr
2014-07-11 23:40:30「第一砲塔、てぇ――――っ!!」 仰角一杯に持ち上げられた砲身から、炎を噴いて弾丸が吐き出される。 ほどなく、落下傘を開いた『星』が煌々と輝き、夜の海を鮮やかに照らし始めた。 その光に浮かび上がるのは一機の怪物。グロテスクな腹の眼は、確かに私を見据えていた。 #knknkr
2014-07-11 23:49:52「二、四砲塔。目標観測機、急ぎ撃て!」 号令とともに、二基の砲塔が狙いを定める。対する敵機はまだこちらの行動に対応できていないようだった。 左右二門、計四門の砲から続けざまに放たれた弾は、上空で炸裂し鉄の猛雨を観測機に叩きつける。 炎を上げ落ちていく敵機。 #knknkr
2014-07-12 00:00:31安堵したのもつかの間、お返しとばかりに、私の眼前に着弾した砲弾が巨大な水柱を作った。 「さすがにただでは落ちなかったわね」 至近弾の炸裂を受けたが、幸いにも艤装に被害はない。 破片の擦過で薄く血の滲んだ傷を拭い、私は砲弾の飛来した方向を睨みつけた。 #knknkr
2014-07-12 00:05:34「ヨウヤクキタ」 高度が下がり、先ほどよりも明るさの減った海上に低い軋みのような声が響く。 人工の光に照らされたステージの縁に、巨大な深海棲艦――体の大半を分厚い船殻で覆い隠した未確認個体――が佇んでいた。 死と錆に蝕まれた鋼の塊。栄光を夢見た者の残骸だ。 #knknkr
2014-07-12 00:15:40初弾を放ってはきたが、今のところ砲塔をこちらに向けてはいない。ただ静かに、群青の双眸で見つめている。 「タタカイニイキルトキメタ。タタカイノナカニシズムトキメタ。ナゼコバム」 再び相手は口を開いた。 「今沈めば貴方の死は無駄になる。皆の死も」 迷わず答える。 #knknkr
2014-07-12 00:29:57「司令部も私達も、事態を甘く見過ぎていた。強力な艦娘さえいれば国を脅威から護れると。そして失敗した」 「ソレガドウシタ」 「確かに方針は変わったわ。開発計画、運用法、兵站。すべてがあの過ちを教訓に見直された」 けれど、肝心の記録を司令部は抹消しようとしている。 #knknkr
2014-07-12 00:34:47長門と陸奥は司令部に留められ、私は僻地送り。 他の艦娘はもちろん、本来なら計画に関わっていたであろう赤城と加賀にさえ姉妹の話は伝えられていない。 「大切な過去だけどみんな忘れようとしてる。だから、真実を知る私はまだ沈めない」 「ナラバジットシテイレバイイモノヲ」 #knknkr
2014-07-12 00:42:53「それはできないわ」 艤装に並ぶ主砲が眼前の旧友を捉える。徹甲弾が装填された五基十門の41㎝砲は既に臨戦態勢だ。 「艦娘に艦娘を殺させはしない。ましてや国を危機に陥らせる真似なんて、私は許さない」 「キサマ……」 「手を引きなさい。さもなければ貴方を撃つわ」 #knknkr
2014-07-12 00:54:36脅して止まる保証はない。それでも沈んだ友が愚かしい行動を取ることだけは――止める。 「オマエヲサキニ……シズメテヤル」 表情のなかった顔が大きく歪む。同時に船殻が開き、艦娘の艤装のようなユニットへとその姿を変じた。 「オオオオォォォォォォォォッ!!!!」 #knknkr
2014-07-12 01:02:01咆哮。同時に腕を包む船殻から大口径の砲弾が発射される。 それよりも先に、私の足は無意識下で回避行動を取っていた。一瞬遅れて意図しない動きに意識が追従しようとし、体がよろめく。 やはり完全には同調できていないのか。思う間もなく、飛来した弾が脇を掠めていく。 #knknkr
2014-07-12 01:06:02「主砲、撃ち方始め!」 狙いもそこそこに、妖精達に命じる。完全に統制しきれずまばらになった砲撃を、敵は容易く回避した。 「クチガタツワリニハナサケナイ」 「くっ」 報復の連撃が艤装の先端を抉る。近距離からの砲撃では、戦艦の装甲でさえ撃ち貫かれてしまう。 #knknkr
2014-07-12 01:11:48かといって間合いを取れば、これ幸いと逃げられてしまいかねない。 「だったらみんな当てればいいッ!」 片側三連の主砲塔が一斉に火を噴いた。今度こそ確実に、鉄の牙が装甲を食い破る。 弾薬庫が弾け飛び、粉々になった腰の艤装が海面に落ちる。 「あと三つ!」 #knknkr
2014-07-12 01:18:56残る船殻へと、更に砲撃を叩きつける。対する相手も残った武装でこちらを撃ち返す。 互いに撃ち撃たれの攻防で艤装は貫かれ、損傷が広がっていく。 「まだよ、この程度では沈まない」 被弾の度にかかる心身への負担に意識を削られながらも、私はひたすら砲弾を浴びせ続けた。 #knknkr
2014-07-12 01:23:58気付けば空が白み始め、互いの輪郭をはっきりと捉えられるほどに周囲も明るくなっていた。 「終わりよ! 今すぐ退きなさい」 私はひどく損傷した艤装に唯一残された砲塔、その先を大破した敵艦に向けた。 船殻の大半を失い膝下まで沈んだ彼女は、静かに私を睨みつける。 #knknkr
2014-07-12 01:29:27「ナゼコロサナイ」 不思議がる相手を前に、私は再び告げた。 「艦娘に艦娘を殺させはしない。貴方にも、私自身にも殺させない」 「イカレテイル……」 「でしょうね。それでも私は戦う限り、その信条を曲げるつもりはないわ」 だから彼女は倒さない。退けばそれで――。 #knknkr
2014-07-12 01:35:54その時、どこからか航空機のエンジン音が聞こえてきた。 おそらく金剛の隊が援軍を差し向けたのだろう。攻撃を制止しようと振り向いたその時、水面を走る雷跡が目に映る。 そして、高度を上げて飛び去ろうとする敵の艦載機もまた視界の端に――。 「しまっ――――」 #knknkr
2014-07-12 01:43:00「――素晴ラシイ」 立ち上る幾条もの柱を遠巻きに眺めながら、『それ』は呟いた。 その体にまとっているのは同属達のようなグロテスクなオブジェではない。 空母の飛行甲板と戦艦の砲塔を備えた異形。 艦娘に似た、しかしそれでいて異様さの際立つ艤装が取り囲んでいた。 #knknkr
2014-07-12 01:48:12「紀伊ハ残念ダッタ」 瀕死の味方まで巻き込むことを前提の奇襲を実施しておきながら、清々しい表情で呟く『それ』。 その言葉に償いの意思など籠ってはいない。ただ作戦の成否のみが語られる。 「シカシ、アレデモ沈マナイカ。コレデハ我ガ艦隊ニ引キ入レルノモ無理ダナ」 #knknkr
2014-07-12 01:53:58見据える先には、体の半ばまで沈みながらも未だ水面を漂う艦娘の姿があった。 意識はないようだが息はある。 あと一撃加えれば轟沈するであろう少女を前にしながら、『それ』は興味を失ったように背を向ける。 「戻ルゾ」 呼びかけた先には、尾を持つ異形が整列していた。 #knknkr
2014-07-12 01:59:03――目覚めたのは、事後処理が全て済んだ後のことだった。 どれほどの間眠っていたのか、立ち上がるのも一苦労なほどに鈍った体で執務室へ戻ると、漣が涙をボロボロこぼしながら抱きついてきた。 「馬鹿ですかご主人様。調子に乗ってるとぶっ飛ばすって言った筈ですよ」 #knknkr
2014-07-12 02:06:19ごめんごめん、と慰めつつ大淀を見ると、何を察したのか軽く頷いていた。 ちゃんと事情を説明してくれない辺りいつもの彼女らしい。 「よりにもよって作業用のボートで助けに行くなんて」 え、ちょっと待って大淀さん。その偽装工作はいくらなんでも無理があるんじゃない? #knknkr
2014-07-12 02:11:25