不知火に落ち度はない その10

yamoto @yamoto

遠征から帰ってきた陽炎がおみやげと言って花を置いていった。 そう言って不知火は、どこからか持ってきた花瓶に花を活けていた。 その花とは薔薇。しかも塗りつぶしたような黒薔薇である。 「不知火、お前本気でここに飾る気か？」 縁起悪い色してんなあ、それ。 #不知火に落ち度はない

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「はい。自室に飾るよりはここの方が良いでしょう」 「はいはい、好きにしろ」 正味花になんて興味ない奴だと思ってたが。 しかもこの花、野生の花だという。 この手の奴は人工的に作らないと、こんな見事な色にならんもんだが。 世界に神秘、溢れすぎ。 #不知火に落ち度はない

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「ちなみに不知火、花言葉って知ってるか？」 「存在自体は知ってます。ただ、咲いてる花に、都合良く意味を付けるのはどうかと思います」 ああ、なるほど。こいつはそう思うんだな。 花で意味を伝えるなんてことは知らないか。 子供だな。 #不知火に落ち度はない

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「なんでしょうか。不愉快な視線を感じますが」 「生暖かく見てるだけだよ」 「そうですか。司令の目を潰していいですか？」 「かたっぽしかないから大事にしたいねえ」 ただ、花を大事にする精神はあるらしい。 花瓶に活けて置く姿はなかなか堂に入っていた。 #不知火に落ち度はない

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「ちなみにその黒薔薇の意味だがな──恨み、憎しみだったりするぞ」 「──。司令、冗談ですか？」 「どうかな」 縁起の悪い色には、悪意を込めたくなるのが人間だ。 「陽炎からの贈り物ですので、そんな意図があるとは思いたくないです」 「そういう認識なのな」 #不知火に落ち度はない

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こりゃ伏せたもう一つの意味も開示しない方が良さそうだ。 考えてみりゃ、陽炎がそういう意図を持って贈るとは思えないか。 だってなあ──貴方はあくまで私のモノ、だぜ、その花言葉。 どんだけ独占欲豊かなんだよって話になる。 昔意味を知って震えたしな。 #不知火に落ち度はない

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「で、お前的にどうなの、その花は」 「どう、と仰られましても。花は花です」 うん。もうちょっと考えるといいかもな、お前。 「胸に飾ってみるとかどうだ？ ちょっとは誤魔化せ──」 「司令。どうぞ続きを」 「なんでもありません」 笑顔だった。こえー。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「あ、そ、そうだ。お前青い薔薇って知ってるか？」 「いえ。見たことはありませんが。何かの符号ですか？」 「ああ。割とロマンチックな意味があんだよ、青い薔薇にはな」 どれ、興味が引けたようだからちょろっと話してやるとするか。 #不知火に落ち度はない

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「青い薔薇の花言葉は『奇跡』、『不可能を可能にする』、『神の祝福』ってなっててな」 「随分と大仰ですね。薔薇の色の違い程度で」 「そりゃそうだ。青い薔薇は自然界に存在してない色だからな」 え、と不知火が目を丸くした。 うん。良い反応だ。 #不知火に落ち度はない

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「話が分かりづらいだろうが──薔薇には元々青の色素が存在してない。どんなにかけあわせ、組み合わせて品種改良を施しても、青い薔薇は生まれないんだよ」 「……」 不知火は何かを考えるようになり、手元でスマホを弄り出す。 そしてあるページを開いて見せてきた。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「では、この青い薔薇は偽物ですか？」 スマホのディスプレイに浮かぶ、ロイヤルブルーの薔薇を見せつけてくる。 「厳密には違う。そいつらはそれ以外の方法でできた薔薇なんだ」 「それ以外の──？」 「遺伝子操作ってやつだ」 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「当然最初から成功したわけじゃない。青い薔薇を作りたいと思った連中が必死こいた結果、できたんだ」 「何故作ろうと思ったんでしょうか」 「さあな、俺は花の研究者じゃねえからな」 開発までに長い年月がかかったという。 そうして不可能は奇跡へと代わった。 #不知火に落ち度はない

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「ちなみに、お前らは知らないだろうけどな。世界初の艦娘お披露目の時にも、青い薔薇が贈られたんだぞ」 「……。初耳です」 俺は覚えている。 テレビ画面の向こう側で、青い薔薇を受け取りはにかむ小娘の顔を。 深海棲艦を打ち破る「奇跡」を祝った瞬間を。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「今じゃすっかり廃れたが、艦娘が着任時、青薔薇の勲章を付けるルールもあったくらいだ」 奇跡が貴方の所にやってきました、って意味を込めてな。 今は奇跡って程でもなくなったんだろう。 奇跡の産物のなれの果て──そんな話すら知らぬ副官を見て思う。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「司令はお詳しいのですね」 どこか面白くなさげに不知火が口を尖らせる。 「年季入ってるオッサンだからな。そうな、昔見たのはこんな感じだったか」 薔薇を一つ拝借。ぺきりと茎を折り、机の中にあったリボンをくるりと巻いてやる。 それを不知火の胸に挿した。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「え──」 「黒であれだが、こんな感じだよ」 うん。案外似合うんじゃね？ 一番初めに配属された奴ってこんな雰囲気だったよな 「し、司令。これは、その──」 「似合ってると思うぞ。復活しねえかな、あの制度」 そうすりゃ過剰労働も減ると思うんだが。 #不知火に落ち度はない

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「これは、不知火が貰ったもの、という認識でいいのですね？」 「ん？ おう。こんなんでよけりゃな」 こくこくと頷く不知火。 まるで、手作りの勲章を貰って喜ぶ小学生にも見えた。 「一生大切にします。司令」 「あのな、生花だからすぐ枯れるぞ」 こやつめ。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

しかし、喜んで貰えるってのは嬉しいモンだ。 流石に大人の艦はともかく、不知火の同年代以下にやるのはいいかもな。 俺司令特製、青薔薇勲章。 なんとなく格好いいし、歴史のお勉強にもなる。 流石に生花じゃすぐ散るから、造花でも作ってみるかね。 仕事中に。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

不知火はよっぽどお手製勲章が気に入ったのか、何度も指で触れている。 はしゃぎやがって。嬉しくなるじゃん。 「では不知火秘書艦。黒薔薇勲章に負けぬ働きを期待するぞ」 「了解です、司令」 おどけて言うと、敬礼で答える不知火。 機嫌が良さそうでなによりだ。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

そうして、その日のうちだけだが、不知火は胸に黒薔薇の勲章を飾っていた。 後日あの花はどうしたか聞いたが、答えてはくれなかった。 もし間抜けにも無くしたというなら、また作ってやろう。 あの時活けた薔薇は、今も司令室で咲いているのだから。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

その日はそんな日。 昔、テレビの画面越しに見た光景を、思い出した日。 誇らしげに勲章を胸に飾る不知火の姿があった日。 物騒極まる花言葉の意味を、あっさり忘れた日だった。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「あ、司令。あのお土産どうだった？」 「お前があんな土産もんを持ってくるとは思わなかったよ。陽炎」 「ふふふ。たまたま道ばたに──」 「咲いてねえよな。あんな黒い薔薇」 「あ、ばれました？」 ベロだしやがった。この確信犯め。 #不知火に落ち度はない #おまけ

yamoto @yamoto

「青い薔薇と同じだ。黒い薔薇は3原色かけあわせねえと出ない色だからな」 「へー。でももうあげちゃったから手遅れよね？」 うっわ、こいつ意味まで知ってやがったわけですか。 まんまと填められたな。 「はいはい。お前の作戦勝ちな」 #不知火に落ち度はない #おまけ

yamoto @yamoto

ぺいっと、作りかけのを陽炎に投げつけてやる。 それは頭に見事命中して、髪飾りに挟まった。 「おめでとう勲章だ。もってけ」 「わあ！？ え、黒なの！？」 「青だよ」 焦りだした陽炎を笑ってやる。 陽炎は安堵の息を吐いていた。 失礼なやっちゃ。 #不知火に落ち度はない #おまけ