コンヴィチュニー オペラ・アカデミーinびわ湖2014 講義日誌+レポ集
コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(7) 2幕。アンニーナ(N)ほか使用人たちはこの邸ほかの売却手筈が整えられていることを知っているが、Aだけが何もしらない。これはVも悪いのだが、彼が何もVの苦労を知らずに日々を無責任に楽しんでいることに、Aはいら立ちを感じている。
2014-08-02 09:17:42コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(6) (ここで《パルジファル》の2幕、クンドリーの叫びの例が。音符は確かに書かれているが、これを完璧に歌うことだけを考えるのはばかげている。)
2014-08-02 09:17:30コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(5) “Ah,Amore!” Aの声を聞いたVの慟哭。愛など幻想と思おうとしたのに。自分の存在そのものを脅かされた人間の叫び。だからここはきれいに歌わない。こういう内容を伝えるのに音符を完璧に歌わねばというのはおめでたい考え。
2014-08-02 09:17:17コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(4) Aの影声との掛け合いを、実際に客席でじかに客に自分の正当性を訴えるAとの対話/対決に。Aを第四の壁を越えた存在とすることで、安全な「観客」という立場を揺さぶる。(Aという存在を「他人」と片付けないためのひとつの仕掛け。)
2014-08-02 09:17:03コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(3) パリという「砂漠」。フィリッポ二世も同じ「砂漠」に生きる苦しみを訴えていた。このコロラトゥーラは高い音域で緊張を感じる攻撃的な使い方。いったん「折り合い」をつける決意をした彼女は、靴を脱ぎ棄て椅子の上に立ち「快楽に生きる]宣言を。
2014-08-02 09:16:52コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(2) 「娘の私」、売られて?娼婦になる前、性的な存在になる前の子どもの自分。今の彼女はそんな無条件に愛を差し出すなどできない立場で、「現実」と折り合いをつけ諦めることに慣れ過ぎているが、この作品はそれではいけないことを教えてくれる。
2014-08-02 09:16:26コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(1) 「ああ、そはかの人か」でのコロラトゥーラは、過去の作品での技巧のための技巧とは違う。ヴェルディは内面のさまざまな様相を表現する手段としてこれを発展させた。
2014-08-02 09:16:13コンヴィチュニーオペラアカデミー 3日目(0) 本日の進度:ジェルモンの「泣くがいい」くらいまで。以下(1)~(14)でラフにK氏発言覚書と現場レポ。
2014-08-02 09:16:00↓ 明日の朝起きてからは今日の本講義のほうのレポで力尽きるはずなので、夜の部のレポはちょっとお借りしました……もう寝ないと明日の朝書けないな。
2014-08-02 01:55:56司会の森岡実穂さんからは、イギリスの巡回オペラを例に、日本でも劇場同志がヨコの繋がりをつくれないだろうか。劇場が主体的な意志を持って人を育てることができればいいと思うというお話なども聞かせていただきました。(連投おわり。おやすみなさい。)
2014-08-02 01:03:07後半:平田オリザさんが来年演出されるオペラについて「刺激的ではないものをみせたい」。劇場が育つには、会員制にしたほうがいいのではないかというお話。劇場法について。コンヴィチュニーさんからは、オペラの未来について考えるためのオペラにまつわるドイツの歴史について。メディアについて。
2014-08-02 00:54:44今夜は、心待ちにしていたびわ湖ホールでのコンヴィチュニーさん、平田オリザさん、沼尻さんの講演。すばらしいお話を聞けて大満足しました。こういった方々がいらっしゃることこそ、明日への活力になります☆ pic.twitter.com/1d9cnKec0A
2014-08-02 00:44:26前半沼尻竜典さんのお話:〝劇場が育てる機能〟として、びわ湖がしてきた『オペラへの招待』『声楽アンサンブル』の取り組み。国内における主催公演について。国内のオペラ界の難しい問題など。
2014-08-02 00:42:32前半平田オリザさんのお話:フランス、イギリス、ドイツの文化政策と比較し日本のオペラ演出についての教育問題を指摘。日本では演出家は現場で鍛えるしかない、劇場が若い演出家を公平に育てるシステムがない、劇場の役割りは大きく、そういった意味で、びわ湖ホールは意義あることをしてきたと思う。
2014-08-02 00:35:33前半コンヴィチュニーさんのお話:ドイツのオペラ演出の教育;5、6カ所の大学で専攻、期間は5年間。声楽専攻の学生と一緒に作り上げるが、声楽の先生等と意見が合わないことも。演出家は歌手に対する素養、人としての魅力も必要。演出家のための労働市場についても様々な問題がある。
2014-08-02 00:31:42ブログを更新しました。 『コンヴィチュニー オペラ・ワークショップ in びわ湖2014の初日メモ』 ameblo.jp/kinuzabu/entry…
2014-08-01 20:48:42コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目【感想】昨日は客によってがらんとした空間につくられていく社会が面白かったが、いよいよカーテンが具体的に使われ始め、VとAのこまやかな心象に焦点をあてたダイナミズムが発動してきて心躍る。細部の詰めは歌手ひとりひとりが覚えておくべき点多数。
2014-08-01 09:10:33コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目(13) パーティ最後の狂騒は、ひとり残されるVの孤独を浮き彫りにする。ひとりになった彼女は、次々に湧き起こるさまざまな考えを混乱したままに口にしていく。そして自らカーテンを開け始める……
2014-08-01 09:09:32コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目(12) パーティの終り。半音ずつじりじり上がるクレッシェンド、酔払いたちはコートの取り違えなどで大騒ぎ。音楽とも言えぬような機械的な部分は、ヴェルディが自分の嫌いだった裏社交界をネガティブに表現したものでは。
2014-08-01 09:09:19コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目(11) Vの反応と「愛の話は終わり」の言葉に驚き傷ついたAは怒りのままに帰ろうとする。そこでVは再会の切欠となる花を贈る。明日には枯れるだろう椿は病める彼女自身。彼女は人生で初めて、自分の存在まるごとを誰かに賭けている。そのおののき。
2014-08-01 09:09:07コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目(10) 真剣な話をしていたからこそVは露悪的に「(あなたたちの思うように)よろしくヤッてました」と、ドレスをまくってみせ挑発。多くの翻訳で婉曲表現になっているがより直截な内容。オペラを真実味あるものにする為には性的要素も回避すべきでない。
2014-08-01 09:08:51コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目(9) Gが友人たちと一緒にカーテンの隙間から「何してたんだ?」と顔を突っ込んでくる。一瞬だが、彼らのパパラッチのような興味本位を印象付ける。ほとんどの舞台では流されてしまう短いやりとりだが、こういう所を詰めるのが大事。
2014-08-01 09:08:32コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目(8) VとAはカーテンを持って互いに背を向けつつ自分の望みを語る。コロラトゥーラの部分は、溺れる人のような、自己コントロールを失った感じ。そのうちに、高く駆け上がる所でアクシデントのように二人は見つめ合い、カーテンを手放す。
2014-08-01 09:08:19コンヴィチュニーオペラアカデミー 2日目(7) Aは「全世界の鼓動であるようなあの恋に」と言いつつカーテンを開けていく。Vにとってそれは人生の新章の始まりを意味する。愛は小さな奇跡。だが同時に「ほっといてほしい」気持ちも。逆側からカーテンを閉め「本当なら離れて」とからかうように。
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