鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

綺羅さん(@kiraboshi219)による薄桜鬼の創作小説第15弾。 後記、更新しました。 第1弾「黒と白~斎藤一~」http://togetter.com/li/587101 続きを読む
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🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「タイトル未定」 2014年8月5日 綺羅

2014-08-05 02:31:51
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「沖田さん、斎藤さんがどこにいらっしゃるかご存知ありませんか?」 荒ぶる蝉の叫びにすっかり負けた細い声で、千鶴は沖田を上目遣いで見つめる。 沖田は明らかに困惑した顔で千鶴を見つめ返した。 (一くん、二日目にして、もうこれだよ) 沖田は、姿の見えない斎藤に、心の中で呟いた。

2014-08-05 02:32:02
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「休暇をくれだと?」 土方の前で深々と頭を下げている斎藤は、思い詰めた表情で土方のところに相談に来ていた。 斎藤は十日間の休暇を申し出た。 その理由がまた唐突だった。 弱さを克服したい、というのだ。

2014-08-05 02:32:10
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

土方はただならぬその理由に首を傾げる。 斎藤が弱くなったなどと思ったことはない。変わったとすれば、守りたいものが増えたということだろう。 それは千鶴の存在だった。 こころを通わせた二人のことを、皆が見守っている。 愛する女を守るために生き続けること、その想いは強さに変わる。

2014-08-05 02:32:14
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

妻を得た隊士は、生に執着するようになる。生きる意味を見いだして。 斎藤は、自分が弱くなったのだと言う。 思い詰めた斎藤を、説得するのは困難だ。 土方は斎藤が何を考えているのかを聞かず、どこに行くのかだけを明確にすることで、休暇を許可した。

2014-08-05 02:32:18
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

大坂の山で剣術と精神の鍛練に励む。 それが斎藤の休暇の内容だった。 人目に触れることなく、孤独の中で自分を見つめ直す。斎藤はあたたかさを覚えたこころを、あえて冷酷に扱おうとしていた。

2014-08-05 02:32:25
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「雪村には、俺が何をしているか黙っておいてくれ」 斎藤が姿を消して、まず千鶴が訊ねるのは沖田だと目星をつけ、 前以て口止めをしておいた。 沖田は今、目に涙をため始めた千鶴を見下ろしながら、 「全ては千鶴ちゃんのためだから」 と言いそうになるのを必死に堪えている。

2014-08-05 02:32:31

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薙いだ刀から流れた風が、体を震わせて声を上げている蝉に触れ、蝉は一瞬泣くのをやめる。 数秒間のち、何事もなかったかのように再び体を震わせ始め、飛び立つことはない。 木々に囲まれた斎藤を中心に、 蝉の声はとまり、また、鳴き始める。

2014-08-06 15:31:13
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

斎藤は拝借してきた木刀を、 すでに忘れるほどの回数を振っている。

2014-08-06 15:31:22
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

腕、腹、背中、脚。 あらゆる筋肉の緊張が、やっと斎藤の意識をこちら側に連れ戻した。 土方に夜営を禁じられているため、斎藤は夜になると宿へと戻る。 宿で準備してもらった昼飯用の握り飯を木陰に置いてあったのだが、 気づけば陽は高く昇り、握り飯は辛うじて木陰の下にあった。

2014-08-06 15:31:28
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

斎藤自身も照りつける太陽の真下にいて、普段あまり汗をかくことのない体に、滴っていくものを感じる。 斎藤はたとえ腹が減っていなくても、 またそう感じることができなくても、黙々と食べる。 食べることのできる有り難さと、それを叶える時間を持てる意味を、重く受け止めているのだ。

2014-08-06 15:31:35
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

味を感じることも、感じないことも、どちらもよくあることで、 斎藤は今、味を感じながら、 違和感とちょっとした絶望と我儘な思いを噛み締めている。

2014-08-06 15:31:44
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世俗的。 斎藤は自身の想いをそう位置付けていた。 何も特別なことに昇華しようというのではない。 普通である自分を受け入れることができないのだ。 そうあって良いのかが、わからない。

2014-08-06 18:08:25
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

斎藤は人を殺めて脱藩し、一度は捨てようとした剣で、生きる場所を新選組に見出だした。 命のやりとりを交わす中で、死ぬことは恐れないが、 それが訪れる瞬間に、脳裏を過る存在ができたことが、 斎藤を迷わせ、一瞬でも立ち止まる弱さになると、思い始めた。

2014-08-06 18:08:29
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

斎藤の中で渦巻く感情の乱れは、 斎藤にしか解決できないと頑なに思い込んでいる。仲間がいて、千鶴がいて、吐露してしまえば良いのに、斎藤にはそれができない。 千鶴への想い、 新選組への想い、 剣に対する姿勢。 どれも譲れず、真っ直ぐで、強い信念のもとにある。

2014-08-06 18:08:35
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

斎藤に生きる場所を与えてくれた仲間と、受け入れてくれた浪士組への恩に、 一生涯をかけて応える生き方を選んだ。 その道のりの最中、千鶴と出逢い、こころ奪われ、あろうことか彼女のこころを得ることができた。 ただひっそりと想うだけでよかった。 身の危険からは守ってやろうと思った。

2014-08-06 18:08:39
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

帰る場所は新選組だった。 守るものも新選組だった。 今、斎藤が優先すべきは新選組だとわかっているのに、 その先にいる千鶴の存在が、斎藤の胸を占めている。

2014-08-06 18:08:43

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🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

幹を背にして木陰に腰を下ろし、握り飯の中の梅干をじっと見つめていると、 側の茂みが揺れた。 鋭い視線でその影を射抜く。 斎藤の目に止まったのは、痩せ気味の野うさぎだった。 茂みから半身を出したところを見つかってしまい、身を固めている。

2014-08-09 17:39:05
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

斎藤は手の中の握り飯に視線を落とした。 「米は口に合わぬと思うが、食してみるか?」 警戒心の強いうさぎに話しかけてみたところで、どうせただの独り言にしかならない。そう思っていたのだが。 うさぎは斎藤から視線を逸らさず茂みからゆっくりと出て来て、

2014-08-09 17:40:34
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

差し出されたものの匂いを確認し始めた。 勿論それはうさぎの食べ物にはならず、興味を失い、姿を消す。 斎藤は、自分以外の生命に出会ったことで、ほんの少し人恋しくなる。 千鶴の作る握り飯の梅干は、種が抜いてある。 そんなことが思い出され、 斎藤は自嘲しながら昼食を終える。

2014-08-09 17:40:41
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

「守られている」。 斎藤はそう思う。 千鶴と、斎藤の環境を、だ。 気を遣われて二人の時間を持つように仕向けられること、 二の句に「千鶴が」と言われること、 斎藤には千鶴が附属しているような扱いをされるようになってきた。 斎藤と言えば千鶴。 千鶴と言えば斎藤、と。

2014-08-09 17:41:24
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

皆の気遣いは有り難いと思うし、千鶴を大切にしたい。 だが、斎藤は斎藤であり、千鶴は斎藤の愛玩動物ではない。 斎藤の、もしくは千鶴の許可を得て、事を運ぶのは、千鶴にとって迷惑なのではないかと思うのだ。

2014-08-09 17:41:35
🐿 綺 羅 🦭 @thrianta_satin

そして自分は、死地から千鶴のもとに帰りたいと意識するようになり、 死を怖れないと言いながら、その働きは常に全力だと言い切れない気がしている。 哀しませたくない、 その笑顔をまた見たい。 出ていく時にそう考えてしまう自分は弱くなったのだ、と斎藤は思う。

2014-08-09 17:41:43
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