@miyoco69 するすると包帯が払いのけられていくにつれ、汚ぎる君の瞼に鬱ちゃんの唇がそっと触れました 初めは左に、ついで右にそろりと触れる唇は柔らかく慰めるようにして離れていきます その瞬間ですその瞬間でした 汚ぎる君の視界に鬱ちゃんがはっきりと映ったのです
2010-11-19 15:52:46@miyoco69 汚ぎる君の目に残ったのは痛々しい傷だけで、視力は以前と変わらないものだったのです 汚ぎる君は驚いて何も言えません 「鬱ちゃん…」と問うと鬱ちゃんは泣いていました その泣き顔は鉄塔にいたころのそれよりもひどく美しい相貌です
2010-11-19 15:57:28なぜ急に見えるようになったのか疑問は残るもののとにかく嬉しい汚ぎる君 鬱ちゃんの涙に濡れた頬を撫でると生ぬるいそれは静かに指を伝います けれどもこんなに嬉しいのに何故でしょうか、汚ぎる君の瞳をじっと見つめる鬱ちゃんに胸がざわつくのです
2010-11-19 22:06:31鬱ちゃんは汚ぎる君に別れを伝えなければいけませんでした 汚ぎる君の目に視力を戻すために鬱ちゃんは取引をしたのです 今朝、訪ねた男は銀の美しい髪と紅い眼光でもって言いました 「視力は簡単に戻せるが、代わりにお前の意識を貰おうか」と
2010-11-19 22:13:46契約は今夜0時でした 0時きっかりに鬱ちゃんは眠りに着くことになっていたのです それは長い長い眠りです おそらく汚ぎる君の生きている内に覚めることはないということだけは分かっていました 鬱ちゃんは震える唇で汚ぎる君にそう告げたのです
2010-11-19 22:18:46どうして、と汚ぎる君は言いました 鬱ちゃんはもうずっと前からこうするつもりだったのです おくすりにおかあさんを見るようになってからというもの、こうしなければいけないと常々思っていましたが中々踏み出せなかったのです
2010-11-19 22:25:26おくすりを取り上げられた時、汚ぎる君の心底つらそうな顔を見ても自分が呼んだのはおかあさんの名前だったことが鬱ちゃんを突き落としたのです こんなにだいすきだと思っても簡単におくすりに逃げてしまう自分がだいきらいで、それでも一度でいいから汚ぎる君の役に立ってみたかったのです
2010-11-19 22:31:32汚ぎる君はこれから楽しい人生を送る権利があるのにそれを邪魔したくなかったのです 汚ぎる君は自分のために視力だって何だって捧げるその愚かな愛になら鬱ちゃんだって何かひとつくらい差し出すつもりでした 自分の意識で済むのなら安いものなのです
2010-11-19 22:44:21「勝手だよ」と言う汚ぎる君に鬱ちゃんは「ごめんね…」と返します 君のいない世界にひとりきりになってしまうのかと罵りたくなるのを汚ぎる君は必死でこらえます こんなに苦しいのは生まれて初めてのことでした 鬱ちゃんが嬉しそうに微笑むのが痛々しくて胸がしめつけられるのです
2010-11-19 22:52:56どんなに足掻いたところでどうにもならないことは分かっていましたが、どうして、と嘆く気持ちを捨てきることはできませんでした 時計の針はもう間もなく0時を迎えようとしているのです 二人に残された時間はあとわずかなものでした
2010-11-19 22:57:04@miyoco69 鬱ちゃんがさいごに望んだのは、あの鉄塔に行くことでした さいごは二人の出逢った場所で迎えようと思ったわけです その方が動かなくなった自分の身体の処理に汚ぎる君が困ることもないと 汚ぎる君は何も言わずただただ無言で頷きました
2010-11-19 23:06:05鉄塔の門の前に着いた時、時間はもう5分前に迫っていました ギィと音をたてて開く門は以前と違い、手入れされることも無かったようで錆び付いています 一歩足を踏み入れると薔薇の香りが鼻をつきました 鬱ちゃんのか細い手を握りしめるとくすぐったそうにくすくすと笑うのです
2010-11-19 23:14:26汚ぎる君は最上階に向かうべく、ひょいと軽い鬱ちゃんの身体を抱き上げるとカツカツと階段を上ります 思い返せば色々なことがありました 鬱ちゃんを初めて見たとき、その無垢な瞳に釘付けになったことが思い出され泣きそうになるのです 血を散らしたような薔薇を背に一歩一歩踏みしめました
2010-11-19 23:22:56螺旋階段を上りきり、最上階に着くと、鉄扉は出迎えるように重々しく開きました 開かれることの無かったそこはひどく埃臭く、空気はよどんでいましたが大して気にはなりません 鉄格子の嵌められたそこに近づき中へと入ると、鬱ちゃんは置かれたベッドの上に寝転びます
2010-11-19 23:32:58「ぎる君…」と鬱ちゃんは見つめてくるので、汚ぎる君はひざまずき視線を合わせます 「何?」と聞くと鬱ちゃんは照れたように笑いながら「だいすき」と言うのです 汚ぎる君は何か上手い返事を返さなければと思うのに息をするのも苦しく言葉が出てこないのです
2010-11-19 23:38:23ひどく眉間が痛くて鼻がつんとします ぽたりと鬱ちゃんの頬に零れる滴を見て、汚ぎる君はようやく自分が泣いていることに気づきました けれども、涙なんて見せるつもりはありません ごしごしと袖で拭うと0時を示す鐘が鳴り響き始めます
2010-11-19 23:43:08「俺もだいすきだよ…愛しい愛しい俺の蝶…」と汚ぎる君は鬱ちゃんの額に、そして唇にやさしく口づけを落としました 鬱ちゃんは大人しくされるがまま、でもしあわせそうに目を瞑ります 二人を包むように終わりの鐘が鳴り響くのを汚ぎる君は鬱ちゃんの唇に触れながら聞きました
2010-11-19 23:49:01やはり涙をこらえることはできずしょっぱいキスでしたが、鬱ちゃんの顔は穏やかでまるで眠っているようです 汚ぎる君はひとりベッドの側にたたずみ、鬱ちゃんが再び目覚めるまで隣にいるつもりでした それこそが自分のしあわせだと思ったのです
2010-11-19 23:52:21こうして全ては元の場所にかえってきたというわけです ただひとつ違うのは全員が全員、自分のしあわせを見つけたと言うことでしょうか そしてどのような結末であろうとも、今日も鉄塔はおぞましくそれでもとても美しくそびえ立つのです(黒青ルートEND)
2010-11-20 00:00:04