「メモリーズ・バック・イン・ドンブリ・ポン」 ――『ニンジャスレイヤー』二次創作小説
- USAGI_koTENGU
- 2939
- 1
- 0
- 0
自販機を叩くと金が出た。全部トークンだが、かき集めたら結構な額になった。彼の巨きな手はスコップの役目を果たした。襤褸のポケットが膨らんで重い。のっそりと歩き出した。暗い路地から明るいストリートへ。求めるものはそこにある。 1
2014-08-26 22:03:16((昔はよかった))彼は回想した。そう、昔はよかった。何かを殴れば何かが出た。ヤクザを殴れば金が出た。ドラム缶を殴ればスシが出た。ニンジャを殴れば酒が、女が、自尊心が湧いて出た。だが、それは過去の話だ。彼は落ちぶれた。……彼の背後で、自販機がぐしゃりと潰れた。 2
2014-08-26 22:06:11午前一時過ぎ。ネオサイタマ、センベイ・ストリート。日が変わり、音と光の洪水が虚しく街路を流れる。終夜営業のファストフードショップ、オイランやスモトリなどの各種バーの明かり。ゲームセンターから漏れ聞こえる電子音、コンビニ・ステーションが撒き散らすスカム歌謡曲。 3
2014-08-26 22:12:19音と光の洪水を、泳ぐ影は巨大な人喰い鮫のそれだ。襤褸をまとっていても、巨体が発散させる凶気は隠しようもない。彼が歩き過ぎる時、ゲームセンターの中から出てきた若者たちが笑みを止めた。息を呑む彼らの前を、飢えた獣は悠然と泳ぎ去った。 4
2014-08-26 22:15:06そう。彼は飢えていた。血走った目で街路をきょろきょろと見回していた。彼は探していた。飢えを満たすものを。……そして、それは見つかった。「スゴイ格闘」のネオンサインを瞬かせるスモトリ・バーの入り口に、二人のオイランに挟まれ、今まさに入り込まんとする背中。彼は駆けた。 5
2014-08-26 22:18:15「ドーモ」背中を叩くかすれた声に、モチダ・マリオはうっそりと振り返った。……息が止まった。「アイエッ」酩酊が霧散し、押し殺した悲鳴が漏れた。彼の視線の先に、巨大な人喰い鮫がいた。襤褸をまとった鮫は、巨きな手を差し出した。垢じみた薄汚れた五指に、トークンが載っていた。 6
2014-08-26 22:21:11「なんだ、あんたか」マリオはほっと息を吐いた。この仕草に見覚えがあった。彼の客の一人だ。浮浪者だが、なぜか金は持っている。そして……こいつは彼の「商品」に従順だ。そう思い出すと、恐怖はゆっくりと薄らいでいった。「いつものやつかい」懐に手をやった。 7
2014-08-26 22:24:41マリオが取り出したものに、人食い鮫の目が釘付けになった。血走った視線が自分の手元に注がれたのを見て、マリオは胸をなでおろし、次いで怒りを覚えた。オイランの目の前で怯えを見せた、その原因を潰しておきたかった。「金を寄越せ」酷薄そうに聴こえるように、低く言った。 8
2014-08-26 22:27:15シャベルのような両手が、山盛りのトークンを差し出した。ごくり、と喉を鳴らす音がした。手が震え、トークンが幾つか、二人の間に広がる、乾いたゲロの上に落ちた。歩み寄り、トークンを受け取りながら、「拾え」とマリオは言った。客はそうした。マリオはニヤリと笑った。 9
2014-08-26 22:30:11マリオがトークンを数える間、巨大な影はカカシめいて立ち尽くし、震えていた。欲するものを目にして、禁断症状が抑えられなくなっているのだ。「二つだな」マリオは言った。「そんな」と客が呻いた。「値上がりした。不満か?」「……いや」客は頷いた。マリオは低く笑った。 10
2014-08-26 22:33:23「ほら」マリオは「商品」……バイオタッパーの中身を二つ、つかみ出し、下手で無造作に放った。地面に落ちることを期待したものだったが、客はなんなくそれを掴んだ。だが、禁断症状に震える膝が崩れ、ブザマにその場に倒れこんだ。乾いたゲロに膝をついた。 11
2014-08-26 22:36:14「じゃあな」マリオは見守るオイラン二人の元へ戻り、それぞれの肩に手を回すと、スモトリ・バーの自動扉をくぐった。そこで背後を振り返った。マリオの片目の視界に、跪いて「商品」をむさぼるけだものの姿が目に入った。「ククク……」マリオはこの惨めな浮浪者を残忍に笑った。 12
2014-08-26 22:39:29舌にまとわりつく甘い魅惑が、彼の脳を賦活させた。腹にたまった胃液が、滑り落ちてきた紫の塊二つを貪欲に消化する発泡音が聴こえるようだ。ガスが吹き上がり、彼はおくびを漏らした。病んだ音だった。「アマイ……キク……」えずきながら彼は呟いた。 14
2014-08-26 22:43:26覚醒した視界に、紫のアンコにまみれた指が見えた。彼はそれをしゃぶった。舌を侵す甘みに震えながら、彼は泣いた。頭のどこかで、こんな惨めな姿を見られなくてよかったと思った。……だが、誰に?街をゆく人々に?浮浪者仲間に?……家族に? 15
2014-08-26 22:46:23……やがて、両手の十指が清められると、彼は立ち上がった。腹が胃液でちゃぽちゃぽと鳴り、重低音のおくびが、ダブめいて夜のストリートに響き渡った。「腹が……減ったな」彼はつぶやいて、辺りを見回した。腹になにか入れたかった。アンコではなく、まっとうな食物への飢えがあった。 16
2014-08-26 22:49:06ドージョーに置き去りにされた木人めいて立ち尽くし、彼は覚醒したばかりのニューロンを走らせた。((俺が次に腹に入れるべきものはなんだ))ポケットに両手を突っ込んだ。片手の指先が金属に触れた。引っ張りだすと、シャベルの上に三枚のトークンが載っていた。 17
2014-08-26 22:52:09彼は振り返り、きた道をうっそりと戻った。飢えた巨体がひっそりとストリートを泳いだ。時折すれ違う、オイランや無軌道大学生やヨタモノが、彼のぎらついた視線に恐れをなし、道を空けた。彼はまっすぐにそこを目指した……さきほど通り過ぎた、終夜営業のファストフードショップを。 18
2014-08-26 22:55:24