「目の前にあるけど見えないもの」が見えた時、それを「世界の嘘」ではなく「自分の嘘」への気づきに繋げるには、脳と腸、など多極化した自己モデルが不可欠だが、それは近代的規範からすれば一種の病理と看做される。近代的自我は一枚岩であることを強いられる。
2014-09-07 23:56:10「「世界の嘘」ではなく「自分の嘘」への気づきに繋げるには、脳と腸、など多極化した自己モデルが不可欠」。小腸~液性神経系という言葉が確かあった。脳は電気的であるが、腸は、ホルモン~浸潤的である。じわ~まったりと来る。
2014-09-08 20:14:15西洋魔術における聖守護天使、精神分析やニューエイジのハイヤーセルフ、バタイユのアセファル(無頭神=腸)などは、みな自我を多極化・多元化して再構築するベクトルを共有している。脳の嘘、腸の傲慢がせめぎあう自己、大きなものに抱かれる自己、悪鬼どもを従える自己の発見が要だが、
2014-09-08 00:04:03「脳の嘘、腸の傲慢がせめぎあう自己、大きなものに抱かれる自己」。この「腸の傲慢」の部分がうまい。封建制を支えたのは腸=ハラ文化。日本に残る前近代とはこの部分。しかしそれもまた、多元性、多重性のひとつ。bit.ly/1rtO18m
2014-09-08 21:03:07江戸時代などは肚(ハラ、腹)で考える、なので、ハラキリをやる。腸にも神経ネットワークがあるのだ。浸潤性の作用が遅いので、慣習的な思考法であるといえる。「封建制に適性がある」と。今でも日本にそれがあるのは、トップたちがハラをやっているからなのだろう。よくもわるくも。
2014-09-08 20:14:42@kihitsu 横から失礼します。このあたりの話が、安倍首相が「頭に対する腸の反乱」とも言える病気の潰瘍性大腸炎に罹っていることと妙に一致していて面白いと思いました。
2014-09-09 20:44:51@vta_san やわいのがハラやると墓穴掘りますね。野口整体の体癖だと、7種の捻れ型(戦士型)か、9種の骨盤型(魔術師型)ではないか。安部さんは戦士でも魔術師でもない。ふつうの、気持ちのやさしくまじめな男の人ではないですか。bit.ly/1ltS8oK
2014-09-09 21:06:24@kihitsu @bangi23 だいぶん前に「現代思想」誌が免疫の話を特集したことがあって、思想・哲学の分野では腸管免疫の話はすでにさんざん論じられているのではと思っていましたが、どうも最近そういう話題は思想界にはないようですね。
2014-09-09 20:54:29@vta_san @kihitsu 腸がもうひとつの情報処理系だというのはわかっても、じゃそれは主体なのか他者なのかを現代思想は奇麗にまとめることが未だできないのでは。魔術なら「アセファルだ」で終る話だけどw現代思想ではそうもいかない、というジレンマなのかなー
2014-09-09 21:01:18腸とは無頭人(アセファル)である、というのはとても面白い言い方だと思うので、私も腸とは何者かについていつか、潰瘍性大腸炎や消化器一般の機能と絡めつつ上手く表現したいと思います。>RT
2014-09-09 22:56:59なんとまとめられてしまったので、これはできるだけ本気を出して考えますか…… >アセファル、腸、体表 身体の多元性 togetter.com/li/717441
2014-09-10 21:09:08ここから私の考察
まずはアセファル(無頭人)の絵を見てください。 rll.jp/hood/tee/rll12… この絵は哲学者のバタイユさんが反権力、神の不在などの意味を込めて結社のシンボルに採用したものです。
2014-09-10 21:56:35頭を切り落とされても動き続ける人体というと、動いているものは心臓や手足であるとイメージしてしまいそうですが、このトゥィートでは、その本質は腸にあると言います。 twitter.com/bangi23/status…
2014-09-10 21:57:48そう聞くと免疫学をやっていた私としては、「なるほど、それは人体の中でも腸が神経学的・免疫学的に自律・独立して働いているところから発想したのですね」と思わず思ってしまいました。
2014-09-10 21:59:57自律・独立というと具体的には、大腸や小腸が膨大な神経で接続されており、それらがいわゆる自律神経として腸内の変化に対応しているので脳からの信号がなくても(例えば植物状態でも)消化吸収を続けることや、腸内の食物や菌とうまく共生するために独自の免疫系を発達させていること、
2014-09-10 22:03:21大腸上皮細胞などは、腸内発酵によってできる酸を直接エネルギー源として利用できるので血管を介してエネルギーを摂取する必要がない(ないこともない)ほど自立しています。
2014-09-10 22:07:43しかしその腸が、主体なのか他者なのかという風に言われると「そういえばどうだろう」と思ってしまいました。 mobile.twitter.com/bangi23/status…
2014-09-10 22:09:16主体と他者というのは単に自分と他人というだけではなく、哲学的に議論や再定義が繰り返されている用語のようですが、腸が脳と同一の人格なのかそうでないのか、というだけの問いだとしても、同じ体だから同じ人格だというのは勿体無いと考えました。 coindelarue.client.jp/coin/cogitant.…
2014-09-10 22:16:05免疫学では自己と非自己という言い方がよくされます。人体が自己、体外からくる病原体が非自己で、これを区別するために免疫系があるので、腸はひとまず体の他の部分と同じく自己に属しています。
2014-09-10 22:29:56しかし腸管には食物や腸内細菌といった、自己ではないけれども有害ではない、取り込んで利用することもあるものがたくさん存在していて、そういったものを過剰に排除してしまわないように免疫寛容という反応系も設けています。
2014-09-10 22:32:42こういう境界の曖昧なものに対して現代思想はうまい言い回しや比喩で意味を与えてくれるものだと思っていたのですが、どうも腸管というのは話題になりにくいようです。
2014-09-10 22:38:50それから「腸は第二の脳」という言い方があって、「足の裏は第二の心臓」と同じく疑似科学的な響きがありますが、これは腸管神経系が密集しているだけではなく、脳と同じくセロトニンを神経伝達に使っているのもそう言われる理由です。 どうでもいいことですが、形態的に小腸と脳が似ているのも。
2014-09-10 22:55:10