深く静かに食いつくもの

竹村京さん(@kyou_takemura)の書いてくださった、落ちぬい内『海ぼうず』の一員、原潜乗りのモグリストーリーです。 おたのしみください。
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竹村京 @kyou_takemura

もっとも、それで副長が楽になるかといえばそうでもなく、副長は寝台ではなくソファで数時間仮眠するだけという過酷なポジションである。 なのだが、この艦の場合はそうでもなかった。 なにしろ、艦長がほとんど眠らないのだ。眠れないと言った方が正しいのだが。

2014-09-24 23:54:27
竹村京 @kyou_takemura

『海ぼうず』の一人である艦長は深海棲艦との海戦で片腕を失ったのみならず、睡眠さえ失っているのだ。 強い薬を服用してベッドに入っても、5分後には起き出す。どんなに長くても15分だ。だから副長も寝台で眠れるし、夜間だからといって指揮が遅延することはない。

2014-09-24 23:55:36
竹村京 @kyou_takemura

もっとも、その僅かな睡眠時間を乱すと恐ろしいのだが。噂によれば深海棲艦に艦隊が壊滅させられた海戦に戻ってしまい、正気を失って目に映る生き物が全て深海棲艦に見えるようになるらしい。

2014-09-24 23:56:40
竹村京 @kyou_takemura

よって、たとえ敵に発見されたとしても艦長を起こしてはならないという不文律がこの艦にはあった。どうせ長くても15分経てば勝手に起きる。艦長に殺されるよりは敵から逃げ回る方がよっぽどいい。

2014-09-24 23:57:41
竹村京 @kyou_takemura

艦長は発令所を去ってから20分ほどで戻ってきた。濡れタオルで顔を拭いてきたようで、少しさっぱりしていた。 「おはよー。なんかあった?」 「はい。2分前に敵艦らしい音源を探知。潜望鏡深度に浮上中です」

2014-09-24 23:58:24
竹村京 @kyou_takemura

生物か機械かも曖昧な深海棲艦にも特徴的な音源はある。探信音、推進装置の音、電探の電波などだ。多くの犠牲を払いながら手に入れたそれらが、深海棲艦を狩る切り札になっている。

2014-09-24 23:59:33
竹村京 @kyou_takemura

「あいよ。哨戒用、アップスコープ」 艦長の号令で潜望鏡が上げられる。これは非貫通式で、スコープを覗くのではなくディスプレイに鮮明な画像を映し出す優れものだ。

2014-09-25 00:00:36
竹村京 @kyou_takemura

僅かな星明りが増幅され、海が鮮明に見える。だがズームをしても敵と思しき艦影を敵と確定するにはまだ遠い。なにしろ艦影はほぼ人間大なのだ。

2014-09-25 00:01:11
竹村京 @kyou_takemura

艦内スピーカーからは水面上に出されたアンテナが拾った電波のキュッキュッという不気味な音が流れている。これはデータベースとの比較の結果、深海棲艦が用いる電探のパターンと一致している。 「この音源をエコー1とする。潜望鏡下げ、エコー1に接近せよ」 「了解、エコー1に接近します」

2014-09-25 00:03:43
竹村京 @kyou_takemura

操舵員が二本のジョイスティックをゆっくりと動かし、潜航しながら目標に接近してゆく。 「アップスコープ!」 再び潜望鏡が上げられる。ディスプレイを覗いた艦長がにやりと笑い、宣言する。

2014-09-25 00:05:14
竹村京 @kyou_takemura

「間違いない、深海棲艦だ。達する!敵艦艇と思しき探信音及びレーダー波を探知、これらを敵性と判断し、魚雷・ミサイル攻撃を行う!以上!」 探知されるのを防ぐため、潜望鏡とアンテナはすぐに収容される。 発見した敵艦は軽巡ト級と重巡リ級を中核とした6隻の艦隊だった。

2014-09-25 00:06:24
竹村京 @kyou_takemura

「ベアリング165度、真方位201度!」 静寂を保っていた鉄の鯨が目標を定め、牙を剥く。 「発射管1番から4番魚雷装填、5番6番ハープーン装填!」 「発射管1番から4番魚雷装填、5番6番ハープーン装填よろし!」

2014-09-25 00:07:43
竹村京 @kyou_takemura

装填完了の報告を受け、艦長はいよいよ攻撃の指示に入る。 「攻撃目標マスター1、1番管次に撃つ!」 「1番管次に撃つ、ソーナー方位送れ!」 「セット!」 ソーナー手から指揮装置に目標方位が送られる。 「シュート!」 水雷員によって射撃管制盤にデータが入力される。

2014-09-25 00:09:27
竹村京 @kyou_takemura

「ファイア!」 水雷長がキーをひねると海水で満たされた発射管のピストンが圧縮空気で押し出され、魚雷を撃ち出す。この音があと数秒で敵のソーナーにかかり、敵は回避と反撃に移るだろう。沈めるか沈められるか。もう引き返すことはできないのだ。

2014-09-25 00:11:36
竹村京 @kyou_takemura

誘導魚雷は艦娘が使うような魚雷とは違い、つるべ撃ちはできない。発射管のリールにワイヤを残して航走していく長魚雷を母艦側から誘導してやる必要があるためだ。しかし、めくら撃ちの10発より誘導魚雷1発の方が頼りになる。

2014-09-25 00:13:11
竹村京 @kyou_takemura

「1番管、クローズイン点灯しました!」 発射管室から魚雷が敵艦を沈めるに充分な距離に達したと報告が入る。 「1番管誘導やめ、ワイヤカット!続いて攻撃目標マスター2、2番管次に撃つ!」 「2番管次に撃つ!」

2014-09-25 00:14:19
竹村京 @kyou_takemura

母艦からの誘導が絶たれた魚雷は本体に装備されたソーナーによって自律して敵艦に吸い寄せられていく。 その時、ソーナー手が異変を察知する。 「敵魚雷航走音探知!」 「駆逐艦か!?」 「いえ、この音は潜水艦です!」

2014-09-25 00:16:00
竹村京 @kyou_takemura

「着底してやがったな」 この艦は隠密性を重視してアクティブソナーを打っていなかった。だから着底し機関を停止していた敵潜水艦を探知することができなかったのだ。もっとも、ピンガーなど打とうものならこちらの存在が露見するので打つわけにはいかないのだが。

2014-09-25 00:17:45
竹村京 @kyou_takemura

「何本?」 「本数……2本です!潜水艦も2隻!」 「じゃ、このまま襲撃続行で」 「は、はい!」

2014-09-25 00:19:40
竹村京 @kyou_takemura

普通の艦長ならばこの時点で襲撃を諦め、回避に入るだろう。しかし、モグリは『海ぼうず』である。敵からの反撃があるからといって目の前にぶら下げられた深海棲艦の首を取らないという選択はない。

2014-09-25 00:21:49
竹村京 @kyou_takemura

発令所の緊張の度合いが数段跳ね上がるが、艦長の決定に意見具申しようという者はいない。これはモグリの艦であり、自らも『海ぼうず』に続く猛者たらんという者ばかりだからである。 「2番管発射、高速!」 「セット!」 「シュート!」 「ファイア!」

2014-09-25 00:22:32
竹村京 @kyou_takemura

続けて2番から4番まで次々に撃ってゆく。それに並行してソーナーが1番から次々に炸裂する音を探知する。そうしている間にも敵魚雷は一直線にこちらに向かっている。 「操舵員、急速回避の準備しとけ。5番管ハープーン次に撃つ!」

2014-09-25 00:24:45
竹村京 @kyou_takemura

いくら深海棲艦の対潜能力が劣っているとはいえ、魚雷攻撃を受ければ潜水艦がいるとわかる。だからこそのハープーンなのだ。耐久力の高い艦には先制して魚雷攻撃を、対潜能力が高いものの耐久力が低い艦には続いてハープーンを、だ。 「ファイア!」

2014-09-25 00:26:16
竹村京 @kyou_takemura

5番発射管からカプセルが射出され、水面に到達すると中からハープーンUSMが飛び立った。続いて6番管からもハープーンが発射される。 この時には既に最初に攻撃した重巡・軽巡の撃沈報告が入っている。 「全没、回避行動!」 6基の発射管を全て空にすると、艦長が即座に回避を命じる。

2014-09-25 00:28:11
竹村京 @kyou_takemura

海軍が原子力潜水艦を導入した理由は通常動力艦を圧倒する航続力もあるが、実際に前線に立ち続けるモグリとしては速力を高く評価している。

2014-09-25 00:29:25