深く静かに食いつくもの

竹村京さん(@kyou_takemura)の書いてくださった、落ちぬい内『海ぼうず』の一員、原潜乗りのモグリストーリーです。 おたのしみください。
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竹村京 @kyou_takemura

通常動力型では水中速力が精々20ノット程度だが、原子力ならば30ノットを超える。諸元の基準が第二次大戦期の艦艇である深海棲艦を相手にするにはこれは素晴らしいアドバンテージになる。魚雷の射線から逃れたり追撃を振り切ったりするために非常に有用なのだ。

2014-09-25 00:31:08
竹村京 @kyou_takemura

引き換えに減速装置や原子炉の冷却装置の騒音は大きいが、それも深海棲艦の対潜能力を鑑みれば受け入れられるリスクだ。

2014-09-25 00:31:23
竹村京 @kyou_takemura

艦が大きく傾斜し、深く潜ってゆく。沈めきれなかった敵駆逐艦は遠く、爆雷の脅威は無視していい。問題は敵潜水艦だ。今はとにかく速力と操舵員の腕で魚雷を回避するしかない。 「1番2番発射管魚雷装填!」

2014-09-25 00:33:43
竹村京 @kyou_takemura

艦が大きく動揺しているが、艦長は構わず再装填を命じる。発射管への装填は人力であるため、不安定な姿勢での作業は魚雷員の負傷や発射管の使用不能といった事故が想定される。しかし今装填しなければ速やかな反撃ができない。払うべきリスクであり、魚雷員の練度ならば可能だと判断しての指令だった。

2014-09-25 00:36:20
竹村京 @kyou_takemura

「1番2番魚雷装填よろし!」 30秒ほどで発射管室から装填完了の報が入る。 それから数秒間、発令所が静まった。敵潜水艦の魚雷が近付いてくるのはパッシブソナーの音とそれを可視化したディスプレイが示している。

2014-09-25 00:38:30
竹村京 @kyou_takemura

操舵員が敵魚雷の予想航路と直交する角度に舵を切り、全速前進をかけていた。発令所の、いや、艦内の全員が固唾を飲んで耳を澄ませている。もしも当たれば命はないのだ。 やがて魚雷航走音が艦尾方向を横切って行くのがわかった。回避成功だ。

2014-09-25 00:39:40
竹村京 @kyou_takemura

「1番発射管、高速!」 安堵の息を漏らす間も与えず、艦長が命令を下した。その力強い声によって金縛りが解けたかのように、各員が素早く手を動かす。 「セット!」 「シュート!」 「ファイア!」 続けて2番管からも発射される。

2014-09-25 00:41:50
竹村京 @kyou_takemura

現代において潜水艦の敵は潜水艦と言われるが、それは同等の探知性能と誘導魚雷あってのことであり、互いに居場所がわかっている状況では深海棲艦よりも現代潜水艦が格段に有利だ。機関を始動して回避しようとする敵潜水艦に魚雷が喰らいついていく。

2014-09-25 00:43:32
竹村京 @kyou_takemura

「命中時刻になり次第、現地点を離脱せよ」 この時点で消費した合計8発の魚雷とミサイルは搭載数の三分の一を超える。このまま追撃すれば艦の存在が露顕した状態で増援とも戦う事になるが、それはあまりにも分が悪く、帰路に弾が無いのでは心許ない。VLSにも弾はあるが、そちらはトマホークだ。

2014-09-25 00:45:12
竹村京 @kyou_takemura

この時点では欲張らずに退くことが、自分は殴られずに敵を一方的に殴り倒す最大の戦果を得る選択だった。 やがて敵潜水艦に魚雷が命中する音が届くと、艦は大きく舵を切り襲撃地点から離れていく。 「損害知らせ」 モグリが号令すると、各所から異常なしの報告が上がる。

2014-09-25 00:46:38
竹村京 @kyou_takemura

対して敵に与えた損害は撃沈が確定したものだけで重巡1、軽巡1、駆逐艦1、潜水艦2だ。追撃がやんだところを見ると残りの駆逐艦3も中破かそれ以上の損害を与えていると思われる。 そのまま1時間以上全力航走を続けてから、艦長はようやく警戒解除を命じた。

2014-09-25 00:48:36
竹村京 @kyou_takemura

深海棲艦の襲撃から数日後、モグリの艦は浦賀水道に戻ってきていた。浮上航行しているため艦の動揺がひどい。 「間もなく横須賀に到着します」 「おう。みんなお疲れー」 軽く答えるモグリは大戦果を挙げたにもかかわらず、内心少しがっかりしていた。

2014-09-25 00:50:44
竹村京 @kyou_takemura

――今回もあのヤロウは出てこなかったな。 『海ぼうず』には共通した目的がある。 あの日、夏目艦隊を一気に壊滅に追い込んだ増援の深海棲艦――通称、尻尾付きの捜索と撃滅だ。目撃例が極めて少ないながら圧倒的な戦力を持つそれを探し出し、523名の仲間の仇を取る。

2014-09-25 00:51:56
竹村京 @kyou_takemura

その為に、尻尾付きもしくは大規模な拠点に対してのみ使用が許可される核弾頭をVLSに二基搭載しているのだ。 ――まあ、いいか。必ずぶっ殺してやるから待ってろよ。 できる事なら尻尾付きの死に顔を見てやりたいが、さすがに潜水艦に乗っていてそれは無理な話だった。

2014-09-25 00:54:12
竹村京 @kyou_takemura

「さて、それはそうと……」 「艦長、嬉しそうですね。例の女の子のこと考えてます?」 「わかる? あの子らも横須賀だからさー、むさ苦しい野郎どもじゃなくて女の子に癒されたいわけよ」 モグリの潜水艦は横須賀の第二潜水隊群に属している。

2014-09-25 00:55:34
竹村京 @kyou_takemura

艦娘を運用する鎮守府と呼称される部隊も横須賀や呉といったいわゆる海軍の町にあるが、正確に言えばそれらは旧来の基地の近くに新設されている。旧来の基地は索敵・対空・対潜に優れた駆逐艦や潜水艦を運用するために必要であり、艦娘の運用には大きな敷地が必要ないためだ。

2014-09-25 00:56:25
竹村京 @kyou_takemura

ともかく、せっかく近くにいるのだから片目の鎮守府にいる艦娘たちに会うのが楽しみなのだ。同じドンガメということもあって、妙に懐いてくれている潜水艦娘たちにはそれなりに親しみを感じていた。

2014-09-25 00:58:37
竹村京 @kyou_takemura

ただマドンナこと長門に会うのは少し気が引けるので直接鎮守府に押し掛けることはしない。あわよくば会えれば、とショッピングモールや喫茶店をうろつくのだが、これで意外と会えるのだから不思議なものだ。会えるのは艦娘ではなく、片目だが。

2014-09-25 01:01:06
竹村京 @kyou_takemura

しかし次の航海までの休暇はそれなりにある。とりあえず女の子が多い店でスイーツをたっぷり食いつつ、ナンパに励むとでもしよう。艦娘たちに会えれば言う事はない。

2014-09-25 01:03:56
竹村京 @kyou_takemura

「あー、艦長より達する。上陸準備。ハメ外しすぎんなよー」 艦は第二潜水隊群司令部の前にある米軍と共用のバース1に向かっている。上陸したらまずはベースのフードコートでアメリカンなデブ食をたらふく食ってやろうと決意したのだった。

2014-09-25 01:05:16
竹村京 @kyou_takemura

「まったくてーとくはか弱いゴーヤをこき使う鬼畜でち。ゴーヤもお休みとロマンスが欲しいでち!」 密かにモグリを慕う少女は、モグリと入れ違いにオリョール海に向けて出港するのだった。

2014-09-25 01:05:55