深く静かに食いつくもの

竹村京さん(@kyou_takemura)の書いてくださった、落ちぬい内『海ぼうず』の一員、原潜乗りのモグリストーリーです。 おたのしみください。
12
竹村京 @kyou_takemura

この作品はフィクションです。実在の人物、組織、「#不知火に落ち度はない」とは関係ありません

2014-09-24 23:30:07
竹村京 @kyou_takemura

「艦橋三名潜航準備よし」 哨戒長の配置に就いている船務長から、艦橋に出ていた者たちが艦内に入り潜航できると報告が入る。 その言葉に艦長が潜航の命令を返す。 「よし、潜航しろ」 「前中後部、下部ハッチ、発令所ハッチ開け」 哨戒長の指示。 「下げ舵いっぱい」 潜航指揮官の指示。

2014-09-24 23:31:26
竹村京 @kyou_takemura

次々と潜航の号令がかかる。間もなく艦は前方に大きく傾斜し、およそ20度もの角度で深海目指して突き進んでゆく。まともに立っている事さえ難しい発令所で、艦長は堂々たる姿で腕を組み、潜航の様子を見つめていた。 「水深100メートルで巡航。警戒を厳となせ」

2014-09-24 23:32:06
竹村京 @kyou_takemura

それから時計に目をやり、続ける。 「非番の者は昼飯にしろ。俺も食ってくる」 そう言うと艦長は発令所を後にした。

2014-09-24 23:32:19
竹村京 @kyou_takemura

この艦は日本海軍が誇る原子力潜水艦の一隻だ。艦娘によらず深海棲艦を発見・撃滅できる、数少ない兵器の一つである。 潜水艦の艦娘に比べれば建造費も運用コストも桁違いだが、一長一短はある。艦娘のメリットが運用のし易さなら、潜水艦のメリットは打撃力と航続力だ。

2014-09-24 23:33:25
竹村京 @kyou_takemura

いくら長時間潜りっぱなしで魚雷をぶっ放せるからといって、艦娘は所詮生身の娘だ。水中ではメシも食えないし、月のものだってある。

2014-09-24 23:35:32
竹村京 @kyou_takemura

それに対して潜水艦は大量の食糧とDVDでも持ち込んでおけば長期間の作戦が可能だ。特に原子力動力ならば海水を電気分解していくらでも酸素を作り出せるため、食料が続く限りずっと浮上しないという事も可能だ。

2014-09-24 23:36:00
竹村京 @kyou_takemura

もっとも、核報復能力を担保する戦略原潜ならば半年ずっと海の底という事も有り得るが、これは攻撃原潜だ。そこまで長く息を潜めているわけではない。

2014-09-24 23:37:01
竹村京 @kyou_takemura

ともかく、艦娘よりも遠くに進出し、あわよくば深海棲艦の拠点を叩く。それがこの潜水艦の役目である。 今回の任務はかねてから発見されていた敵航路の破壊である。要するにルートがわかっているからそこを通る深海棲艦を沈めてやれ、という事だ。

2014-09-24 23:37:29
竹村京 @kyou_takemura

「今日の昼飯は何だろねー」 などと言いながら士官公室に入るが、当然まだ配膳されていない。艦長は指定席であるテーブルの端、上座の黒革のソファにどっかと腰を下ろす。 艦長の後に続き、士官たちが続々と入室しそれぞれの席に座っていく。

2014-09-24 23:39:01
竹村京 @kyou_takemura

全員が席に着くと士官室係の海士が入ってきて配膳を始めた。軍艦では曹士はセルフサービス、士官はテーブルサービスというのが伝統だ。 「今日の昼飯当番って誰?」 「はっ、山下一曹です!」 海士は階級がはるかに上の艦長からラフに声をかけられてやや緊張しながらもはっきりと答える。

2014-09-24 23:39:43
竹村京 @kyou_takemura

「山下かー。じゃ期待できるな、大盛りで頼むわ」 「はい!」 潜水艦はその閉鎖性と単純な狭さから水上艦艇よりも個々の距離が近い。水上艦艇勤務が仲間なら、潜水艦勤務の同僚は家族のようなものだ。だからこの新人海士もこの航海から戻る頃には艦長とも気さくに話せるようになっているだろう。

2014-09-24 23:40:19
竹村京 @kyou_takemura

ちなみにこの艦は特例として乗員がそれぞれ持ち回りで食事を作っている。 もちろん補給を担当する第4分隊はあるのだが、食事に関してはその日の食事当番が指揮を執って作ることになっているのだ。

2014-09-24 23:41:09
竹村京 @kyou_takemura

こんな特例が認められるのは、ひとえに艦長がこの男だからに他ならない。余談だが、艦長のレパートリーではパエリアが特に人気が高い。 「よし、んじゃいただきます」 「いただきます!」 艦長に続き士官たちが唱和し、昼食が始まった。

2014-09-24 23:41:46
竹村京 @kyou_takemura

メニューはご飯にじゃがいもの味噌汁、トンカツ、千切りキャベツにゆで卵がオマケ。トンカツ定食そのものである。 「うまいですね、さすが定食屋」 「あいつんちどこでしたっけ?」 「横浜。同じドンガメ乗りって言えばごっそりサービスしてくれるぞ」 「マジすか、帰ったら絶対行きます!」

2014-09-24 23:42:43
竹村京 @kyou_takemura

「ところで誰かスイーツ作れるやついねーの? 俺パフェ喰いたいんだけど」 「艦長、アイスで我慢して下さい」 「宮城地本に護衛艦でスイーツ作ってたやつがいるって聞きましたよ」 「マジかスカウトしよ。おいちょっとソースくれ」 「どうぞ」

2014-09-24 23:43:36
竹村京 @kyou_takemura

ソースの瓶を受け取る艦長の手からカチンと硬質な音がした。この男の片腕は生身ではないのだ。 この男は仲間内ではモグリと呼ばれている。

2014-09-24 23:44:26
竹村京 @kyou_takemura

深海棲艦との戦争の初期に活躍した護衛艦乗りのたった9人の生き残り、半ば伝説と化した『海ぼうず』の一人である。戦いで片腕を失いながらも開発中だったサイバネ義手を着けて前線に復帰し、司令官の椅子を拒んで今でも深海棲艦を狩り回っているのだ。

2014-09-24 23:45:18
竹村京 @kyou_takemura

「そういや艦長、こないだの休暇の時に可愛い女の子を三人も侍らせて豪遊してたって聞いたんですけど」 「ん? んー、なんか誤解がありそうだけど大体そんなとこ」 すると、一人紹介してくださいだの、4Pなんてうらやましいだの、思い思いの事を叫び始める。

2014-09-24 23:46:35
竹村京 @kyou_takemura

「待て、お前ら誤解すんな! あの子らは片目んとこの艦娘だよ!ついでに場所は鎮守府の祭りだっての」 「艦娘でしたか。で、味はどうでした?」 「馬っ鹿おめえ、ろくすっぽ色恋も知らねえ小娘を抱くほど外道じゃねえよ」 「二股三股当たり前のくせによく言いますよ」

2014-09-24 23:47:13
竹村京 @kyou_takemura

「それはそれ、これはこれ。浮気はするって言ってからしてるんだからいいんだよ」 「外道……」 「おめー俺を外道なんて言ったら艦娘の司令官は悪魔だぞ? 結婚指輪四つ付けてる奴とか、おっぱいも膨らんでない小娘を侍らせてる奴とか」 「なんすかそれ、羨ましい!」

2014-09-24 23:49:20
竹村京 @kyou_takemura

仲間の話で盛り上がりながら、艦長は大量の紙袋を持ち出していた。すべて薬である。精神・神経に作用を及ぼしてPTSDを抑制するためのものが大半を占めている。この捉え所のない艦長は実のところ、普通なら到底軍務に耐えられる状態ではないのだ。

2014-09-24 23:49:51
竹村京 @kyou_takemura

心身ともにぼろぼろの彼を戦いに駆り立てるものは何か? ただ一つ、深海棲艦への復讐心である。 艦長が士官室付き海士から水を受け取る間も、和気藹々と昼食の時間は過ぎてゆくのだった。

2014-09-24 23:50:03
竹村京 @kyou_takemura

出港から数日後。 「ん、22時か。じゃー副長、あと任せた」 「副長、これより指揮を執ります!」 艦長は軽く手を挙げて発令所から去ってゆく。 通常、潜水艦は朝6時の1直から20時までを艦長が指揮を執り、20時から6時までは副長が指揮を執る。

2014-09-24 23:52:02
竹村京 @kyou_takemura

むろん艦長が指揮を執っている間に副長が寝ていられるわけもなく、昼間は昼間で各所の指導など激務が続く。よって夜間はナイトオーダーと呼ばれる『こういう状況になったらこう対応する』という決まりを作っておき、それを逸脱したら睡眠中の艦長にエスカレーションするという手筈になっている。

2014-09-24 23:53:15