四大聖戦:第一戦闘フェイズ【海沈船の間】

抗いしは華夏の勇者 @KaKa_Mater 対するは八衢の魔王 @yatimata_4
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華夏の勇者 @KaKa_Mater

緑が伸びる。鉤爪が引き裂く。 「……これより、ずっと、ずっと、綺麗で」 花が咲く。腕が払い、散らす。 「捨て子だったあたしを、守ってくれたの。あたしは、そんな、シルウィスになるの。狼(ファミリア)には、なれないから」 【萌芽】する。“種”は徐々に形をなくし、緑が船を覆っていく。

2014-09-30 11:20:33
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

——あのしろいおはなで、かんむりをつくってほしいの 少女が望んだのは、たったそれだけ。 ——我には出来ぬ ——我の手では枯らしてしまう けれど、その異形には出来ぬことだった。 ——死するのか ——ならぬ ——生きよ、愛し子よ 少女は魔の者としては欲が無く、優しすぎた。

2014-09-30 12:38:33
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

——魔王になると良い ——お前の羨んだもの全て手に入るだろう 魔の世界は力が全てだ。力あるものが全てを得る。 ——森が枯れてしまった ——愛し子には、見せられぬ けれど、それでも得られないのなら、どうしたらいい。 たった一つ、少女の簡単な望みを叶えてやれない、己は。

2014-09-30 12:38:52
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

「『知らぬ。シルウィスなど知らぬ。優しさなど、豊かさなど、綺麗さなど、我らは知らぬ。知る必要もない』」 『八衢』は女の言葉を拒絶する。異形の腕は緑を払う。 「『やめろ、やめろ、そのようなものを我が愛し子に見せるな』」 少女をあやすように綻んだ花を散らす。少女の涙は止まらない。

2014-09-30 12:39:09
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

甘いお菓子、美味しいケーキ、優しい友達。少女の欲するモノを与えたのが『八衢』ならば、少女の欲するモノを奪ったのも『八衢』だ。 そして、『八衢』は気付いている。少女が真に求めるものは、もはや手に入らぬものだと、知っている。 「『我を殺せ。我が愛し子の希望を潰せ。出来ぬならば』」

2014-09-30 12:39:49
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

異形の両腕を振り上げる。そうして振り下ろされた両腕は、その鋭い鉤爪でもって、覆い尽くす緑ごと船を切り裂き。 「『此処で一人沈んでゆけ』」 船は全て土へと変わった。水を吸った土はやがて形を失い、崩れ沈んで行くだろう。

2014-09-30 12:40:29
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

——少女は浮かない。 ——【変転】する。 ——少女は浮き上がる。 ぶちりぶちりと蔦草を引き千切り、少女の身体が宙に浮く。未だ止まらぬ涙を流し続けたまま、赤い目は女と船とを、ただ眺め見ていた。

2014-09-30 12:41:21
華夏の勇者 @KaKa_Mater

――あたしが、たべよう。

2014-09-30 13:35:51
華夏の勇者 @KaKa_Mater

完全に土塊と化した船が、じわじわと水に溶けて沈んでいく。空へ逃げるように浮き上がる少女の姿を、女の目は追わない。眼窩から緑が吹いている。【萌芽】している。女の目はもう、光を映さない。 ほとんど形を失ったフィリアの傍で、マテルがその代わりのように、白と黒の少女を見上げている。

2014-09-30 13:36:24
華夏の勇者 @KaKa_Mater

――見えるか。 ――見える。 ――できるか。 ――できる。 女の身体が、腕を動かす。既に人の形をしていない、緑の腕を伸ばす。蔓草で編んだ太い縄のような腕が、泣く少女に向かって伸ばされる。腕の先は硬く撚り合い、鋭く尖って。 【萌芽】する。【崩牙】となる。

2014-09-30 13:36:50
華夏の勇者 @KaKa_Mater

シルウィスとそこに生きるものたちにとって、殺して喰らうということは、命の環を繋げる営みである。 ――あたしは、あなたを、たべる。 ――たべて、環を、繋ぐの。 二本の牙が、少女を目掛けて伸ばされる。潰えた夢を見続ける、哀しき魔の子を喰らわんと。

2014-09-30 13:37:08
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

二本の牙が向かいくる。『八衢』はそれを避けようともしなかった。 鈍い音。鈍痛。少女の腹部に牙が刺さる。少女は叫んだ。涙を流し、震え、恐怖した。『八衢』は微笑んでみせた。 「『精霊の弱さを恨んだのは、我よ』」 語る声は静かに響く。 「『世界を守らぬ女神を恨んだのは、我よ』」

2014-09-30 14:35:36
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

緑に覆われる赤い女を見据え。 「『叶わぬ夢など、見るものではない』」 異形の魔王は安らかな顔をして見せた。 「『すまぬなァ、我が愛し子よ。我は何も与えてやれなんだ』」 突き刺さった二本の牙から、更に少女の身体を喰らわんと蔦草が茂る。嗚呼、守ってやれない。これで終わりだ。

2014-09-30 14:36:08
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

ようやく終わらせてやれる。涙が止まる。叫びが止まる。震える少女が、何処かで笑った気がした。 『八衢』もまた、笑った。 「『さて、魔王らしく、最後の足掻きといこう。これで死んでは、仲間らに示しがつかぬものなァ』」 ぎちり、ぎちり。背中から嫌な音が響く。肉を引き千切る音。

2014-09-30 14:36:21
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

ぎちり、ぎちり。そうして新たに現れた異形の腕は四本。 少女の右足が、土となって欠けた。 二本の腕が、二本の牙を掴む。更に二本の腕が、女を持ち上げている樹を掴む。そして最後の二本の腕が、女を掴まんと伸ばされる。

2014-09-30 14:37:07
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

「『【変転】せよ』」 『八衢』の魔王は朗々と声を響かせた。掴んだ箇所から、蔦草は土塊へと変わっていく。 同時に、少女の身体も、土塊へと変わっていく。左足が、両腕が、欠け落ちて海へと落ちる。白い髪が、黒いドレスが、崩れていく。 ——嗚呼、これでいい。 少女は笑う。

2014-09-30 14:38:11
華夏の勇者 @KaKa_Mater

異形の腕が、ついにフィリアを捉える。既に血も肉も骨もないそれは、人の形をした植物の塊と化していた。ぐしゃり、湿った音を立てて、その形が潰れる。青い香りが漂った。異形に掴み取られた緑が、ぼろぼろと崩れて土に還っていく。【変転】していく。フィリアは最早、それに抗う力を残していない。

2014-10-02 01:16:59
華夏の勇者 @KaKa_Mater

狼が瞼を伏せて、赤い花に寄り添っている。もとはフィリアの頭であった赤い花に、鼻先を寄せて。そうして、緑で編まれた足場が崩れる寸前。 狼は、顎門を開いた。そのとき、狼の身体は、透けてはいなかった。 赤い花だけを食い千切って、緑の床を蹴る。まだ沈んでいない船の端へと、駆け下りる。

2014-10-02 01:17:09
華夏の勇者 @KaKa_Mater

崩れた土塊が水を叩きつける音が、空気を震わせる。鏡のように張っていた水面は白く泡立ち、大きな波を立てている。 揺れる、船の残骸の上に、“マテル”は立って、振り返る。毛並みの美しい、大きな灰色狼。マテルはもう、フィリアであったものを見てはいない。金色の瞳を、朽ちゆく魔の子へと向け。

2014-10-02 01:17:16
華夏の勇者 @KaKa_Mater

「“あたしの娘(フィリア)”が繋いだ環だ。お前をシルウィスへ連れてゆく」 フィリアとは違う、低くなめらかな声色で、マテルは告げた。 「フィリアの、最期の願いだ。あたしはそれを叶えよう」 そう告げて、赤い花を飲み下す。 「その死を、終焉にはしない」 水音が響く。すべてが崩れてゆく。

2014-10-02 01:17:26
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

女であった形が、手の中で潰れる。『八衢』は辛うじて機能を残す両の目で、女と狼を凝視する。 狼が、明確な形を持ち、言葉を紡いだ。きっとアレは、魔王らの前に立ち塞がるだろう。 ならば、殺さねばならぬ。少女の大切な者らの為に、殺さねばならぬ。 二本の異形の腕が、狼へと向かう。

2014-10-02 12:36:28
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

そして、握り潰そうとした、瞬間。 「『——否。』」 『八衢』は、動きを止めた。 「『征くがいい。お前の願いは、果たして叶うものか』」 少女の身体が崩れゆく。既に腹から下は無い。その上も、土塊となり崩れてゆく。異形の腕は力を失い、もげて海面へと叩きつけられた。胸が、首が、崩れる。

2014-10-02 12:37:03
フロリーシャ・ラウィーニーア @flou_siki

そして最後に頭が、土塊へと【変転】し。 「『呵呵、呵呵。それではさらばだ。呵呵、呵呵』」 その言葉と共に、『八衢』と少女は崩れ去った。 最期まで笑顔を、見せたまま。

2014-10-02 12:37:43
華夏の勇者 @KaKa_Mater

笑い声とともに、土塊と異形が沈んでいく。水面を漂う緑の断片も、間もなく朽ちて溶け落ちるだろう。それをただじっと見つめるマテルの背後に、扉が開かれた。 沈んでいく。その様子を眺めながら、マテルは低く零す。 「羨ましいな」 魔王が語った想いと同じ言葉だった。

2014-10-02 15:27:14
華夏の勇者 @KaKa_Mater

フィリアの信じた、ファミリアの守護者たるマテルとて、全能ではない。女神から力を授かって、なお。 「あたしには、守ってやることができなかった。フィリアを、ただ一人遺された最後のファミリアを、生かしてやることはできなかった」 それは今、目の前で、土塊となって水底へ沈もうとしている。

2014-10-02 15:27:25