- FiveHolyWar
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「…徒波」 耳が、と言いかけた口はすぐに噤んで。 颶風は出来損ないの手達でそっと赫焉の耳を塞ぎました。 たとえ彼女の力の巻き添えを喰らっても構いません。片腕だけの赫焉ではきっと、自分の耳を塞ぐ事なんて出来ない筈ですから。 「徒波、一応耳を塞いで」
2014-10-04 16:04:27本当は彼の耳も颶風は塞いであげたかったのですが、幾ら醜い無数の手があったとしても、それを伸ばすには時間が足りません。 赫焉の炎を破られてしまう前に、少しでも自分が出来る事を。 「…前足じゃ、自分の耳は塞げないわよね」 漆黒の塊。その全てを震わせる様に、颶風は膨大な音を放ちました。
2014-10-04 16:04:46「あぁ?……わあったよ」 何でだ、とか何のために、とか理由を問いただそうとして、止めた。素直に無事な右手で無事な右耳を覆う。 残りの切り取られた柘榴のような左耳は、壁に貼り付ける。固まった血が壁に擦れる感触に顔を顰める。 「おめぇも人のことやってねぇで」
2014-10-04 16:16:56颶風の方を向いたまま、睨みつける。 彼女の耳の傍、傷付けない程の距離で、泡が配置される。 「なぁにするつもりか知らねえがちったぁ変わんだろ」 泡の破裂音で、紛らわせることが出来れば、という一応の配慮だ。意味があるかは、本人も知らない。
2014-10-04 16:17:31「お前らなァ、テメェのコトだけ考えてろよ」 くつりと喉を鳴らす。塞がれた耳に音は届かない。 「燃、え、ろォォォオオオ!!」 吼える。咆哮に応えるかのように焔が空中を漂う灰から灰へと伝播する。それは廊下一面を埋め尽くすように広がる緑を燃やし尽くそうと勢いを増す。
2014-10-04 18:49:36赫焉を徒波を颶風を狙う【崩牙】の前に立ちはだかるように仁王立ち、全てから庇うように、重ねて吼える。なお、吼える。 「燃えッ! 失せろ!!」 慈雨を屠った黒赤の焔が、【崩牙】と入れ違うように狼に向かって放たれる。
2014-10-04 18:54:02異形の翼を広げ、視界を邪魔する。避ければ背後に立つ二人に当たる。自分は一番負傷が少ない。 狼が、緑がやられるのが先か、赫焉の腹を【崩牙】が穿つのが先か。
2014-10-04 18:56:06焔に灼かれ、芽吹く緑に形を奪われながら。 最初に潰れたのは耳だった。硝子窓に亀裂が入り、砕け散る。すべてを震わせる轟音。それを音として感じたのはほんの僅かの間。知覚の大部分を聴覚に頼る狼にとって、それを失うは盲いるも同然。けれど止まりはしない。止まることはできない。緑が溢れる。
2014-10-05 12:26:27【萌芽】する傍から灰に帰されながらも、緑は芽吹き続ける。【崩牙】は敵へと伸びていく。壊れた足も、進み続ける。吼える。自分の喉が発する音さえ、もうわからない。 赤い。――赤い。赤い、色に、焼かれている。踏み込んだ足が、折れて崩れた。焼かれている。灰に帰していく。緑の芽も、私の躯も。
2014-10-05 12:26:36赤に闇色が滲み、この身を喰らった。私にはもう、それが魔王の起こした変化であるのか、私の目が潰れたためなのか、死んでしまったからなのか、わからない。 吼える。怨嗟を。 吼える。悲哀を。 吼える。――追悔を。 三つ吠えて、私の躯は動かなくなった。【萌芽】した緑も、燃え尽きていく。
2014-10-05 12:26:45「…………終わったかァ」 細く、長く息を吐く。ぼたぼたと、腹に開いた穴から煮え滾る何かが零れ落ちていく。流れ落ちて行く。 「ハァ……腹減った」 一言、そう零して、背中から倒れる。灰を纏い、傷口を焼く。腹から零れ落ちたどろどろとしたそれは、床に落ちては煙を上げた。
2014-10-05 12:53:58「やー……今のアタシ、なかなかカッコいーんじゃねェ?」 浮かべる笑みは何時もと同じく。 「ケガァ、増えてねーかよ、徒波、颶風」 にやりと笑う。
2014-10-05 12:55:33「あ、アタシが焼いちまったのは除外しろよォ。ふかこーりょくって奴だ」 黒赤の焔と入れ違いに【崩牙】は赫焉の腹を燃え尽きた。貫かれはしなかったが、重い傷には違いない。 恐らく、慈雨との戦いが無ければ。疲労など無ければ。緑など、届く前に全て燃やし尽くせただろうが。
2014-10-05 12:58:26今更、何を言っても詮無きことだ。赫焉は狼を緑を燃やし、狼は赫焉に深手を負わせた。 「ハハッ、ザマーミロ女神ィ……テメェの考えてること、なんざァ……どうしたって叶いっこねーんだよ……」 片手で顔を覆い、荒い息を吐く。視界は驚くほどクリアだ。ただ、連戦で火を吐き出し過ぎた。
2014-10-05 13:01:37「……腹ァ、減ったあ……」 焼き潰した肩の傷口が痛む。胎がもっと燃やせと煮え滾る。赫焉にしては小さすぎるほどに小さな声で、そう一言漏らした。
2014-10-05 13:03:25「…私は、大丈夫」 足手まといも甚だしいその身体で、それでもこうしてまだ存在していられるというのなら、それは赫焉が全てを燃やし尽くしてくれたお陰でしょう。 途中、音を遮る様に泡を弾けさせてくれた徒波にもお礼をいって、颶風は狼が燃え尽きていったその場所へと身体を運びました。
2014-10-05 14:40:58「……この子は、なんだったのかな」 城へと侵入し、突如牙を向いてきたこの狼は、何を示していたのでしょうか。ふわりと浮かんだ答え、小さな魔王の姿が浮かび、颶風はそれを振り払う様に小さく咳をしました。
2014-10-05 14:41:33ごぽり、ごぽり、吐き出されるそれは見るからにいきものとしてのものではなく。散々音を放った喉からは掠れきった息のみが漏れました。
2014-10-05 14:41:39「終わったか……?っておいかくぇぇん」 振動する空気。酔い痴れるように盛る炎。踊る緑。萌える、燃える緑。倒れる、仲間。 慌てて傍に駆け寄り、痛みを堪え此方の心配をする彼女に声を掛ける。やっと傷があることを確認すると、先ほどまで耳を塞いでいた手を彼女に翳す。
2014-10-05 15:05:04女の腹の傷を覆うように、泡が被さる。 「おめぇに意味あんのか知らねえけどよぉ、言いてぇことは山ほどあんだよ」 すぐさま顔を背け、視線は颶風の方へ。 「こいつが、勇者ならよ……」 ため息をつきながら、腰を落とす。 「いや、つーか俺様なんもしてねえな」 かき消すように唸る。
2014-10-05 15:05:11「……ッチ、」 三つの吠えが脳内でずっと、ぐるぐると響いている。それは誰への怨みか。それは誰への悲哀か。それは誰への追悔か。 「胸糞悪ィ」 ぼそりと吐き出す。女神は一体、どんな基準を持って勇者を選んだのだろうか。 「その狼よォ、勇者なんだろ」
2014-10-05 15:47:04「まさかここにいきなり来るとは思わなかったけど、要はそいつで最期なんだろ、たぶん」 どこか投げやりに言いながら、徒波に向かっては礼のつもりか、軽く手を振った。 ぐるぐる、ぐるぐる。遠吠えが頭の中で回っている。 「やっちゃんは、『八衢』は、」 帰らず、かァ。
2014-10-05 15:48:34「肩車の約束、守ってやれなかったなァ」 すぐやってやればよかったか、と一人口元を歪めて、上半身を起こす。 ぐるぐる、ぐるぐる。記憶の中、しまいこんだはずの遠吠えと混ざり合って、なんだか頭が痛くなってきた。 「……めんどくせェ」
2014-10-05 15:50:37「…ゅ、しゃ…ゆうしゃ…そうね…」 焦げ付いた床を歪な黒でさらりとなぞって、颶風は悲しそうに声をあげます。 悲しそう、とはいっても、ただの黒い塊に他ならないそれは、はたから見れば僅かに脈動したに過ぎないでしょう。
2014-10-05 16:16:59