ほしおさなえさん(@hoshio_s)の140字小説36
- akigrecque
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アザラシと空を見ていた。急に星がひとつ消えた。僕はぶるっとした。アザラシの毛が逆立った。とてつもなく長い命が消えたのだ。星の光が届くには何百年もかかります。だから消えたのはずっと前ですよ。アザラシは冷静に言う。でも声は震えている。怖いね。怖いです。空の下でぴったり寄り添っていた。
2014-10-02 19:14:57森のなかを一頭の鹿が歩いていた。鹿は美しかった。だが自分が美しいことを鹿は知らなかった。森のなかには鹿を美しいと思うものもいなかった。鹿は人が見たことのない美しい星空や泉を見たが、美しいということを知らなかった。美しい鹿の目に美しい風景が映る。その姿をただ皓々と月が照らしていた。
2014-10-03 11:11:50台風のあと川が増水していた。コンクリートで固められた岸は水没し、川原の草が水に浸っていた。緑のなかに流れる、どこか遠いアジアの国の川のようだった。怖いようで懐かしいようで、胸が高鳴る。バスで橋を渡るとき、乗客がみな窓から川を見ていた。流れ出すように、なにも言わず川を見つめていた。
2014-10-06 19:53:46夜のバスから路地が見えた。暗い道を行く後ろ姿に覚えがある気がしてよく見ると、それはわたし自身なのだった。息を呑む。魂を抜かれたような足取りで、孤独が人型になったようだと思った。バスが発車し路地が後ろに消える。汗がにじんでいた。幻だった気もするが、あちらが本物かもしれないと思った。
2014-10-07 22:12:27満月の夜、白い馬と丘にいる。たてがみを撫でる。親しい人の死は受け入れがたい。でも結局いつか受け入れていく。死は生の一部だから。馬の首を抱く。干し草のような獣のような匂いがして、血がめぐっている。馬も僕も同じところから来た。死んだら同じところに行く。馬の濡れた目が満月を映している。
2014-10-10 17:15:07高校生の女の子たちが笑いながら歩いている。花みたいだな、と思う。あんなころもあったっけ。もう戻れないんだなって眩しいような悲しいような気持ちになる。彼女たちから光の粉がこぼれてきらきらする。あのころはこんなのは見えなかったよ。今は見える。光の中を歩いている。光を浴びて歩いている。
2014-10-13 00:03:29