仁義なきキリスト教史・旧約編「中間管理職モーセの悲哀」 #1

突如、地元の大物やくざから呼び出しを受けた前科者のモーセ。ヤハウェと名乗る親分やくざはエジプト組抗争を企て、モーセは否応なくそれに巻き込まれていく。感想タグは#ckworksにて。
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架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

『仁義なきキリスト教史 旧約編』 「中間管理職モーセの悲哀」 #1

2014-11-28 01:19:10
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おどりゃドサンピン。うちの親分が呼んどるんじゃ。はよ行かんかいボケェ」 と――、親分の使いを名乗ったやくざ者が、モーセの顔を見るなり威圧的に言い放った。炎に包まれたかのように顔色は真っ赤だ。男のただならぬ様子に羊飼いのモーセが竦み上がる。まさか、あのことがバレたのか? 1

2014-11-28 01:26:29
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

モーセは元々はエジプトで生まれ育った男であった。ヘブライ人から生まれた子供でありながら、ファラオの娘の養子となった彼はすくすくと成長。立派なやくざものに育った。その彼に転機が訪れる。2

2014-11-28 01:29:40
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

当時、ヘブライ人たちはエジプト人の下で重労働に勤しんでいたが、モーセは同胞であるヘブライ人が一人のエジプト人に殴り殺される現場を目撃した。思わずカッとなった彼は人気のない場所でそのエジプト人を殴り殺し、砂の中へと埋めた。やくざらしい衝動殺人である。完全犯罪は成ったかに思われた。3

2014-11-28 01:33:28
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

だが、その翌日のことである。モーセはケンカしているヘブライ人やくざ二人の仲裁に乗り出したのだが、すると相手が思わぬことを口にしたのだ。「おう、裁判官の真似事か、おどりゃ。それともなんじゃ。昨日のエジプト人みたく、おどれ、わしをぶち殺す気なんかのう!」 見られていた! 3

2014-11-28 01:36:40
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

モーセは一目散に逃げた。家を捨て、義母に別れも告げず逃げ出した。そして、逃げた先で、地元のやくざに絡まれる若い娘を助け、その父親に気に入られて娘と結婚。舅の羊飼いの仕事を手伝っていたのだが、そんな彼の下に不意に訪れたのが、大親分の使いを名乗る先の男だったのである。5

2014-11-28 01:40:44
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「わ、わしに、何の用じゃろうか……」モーセは恐れた。地元やくざの大親分の呼び出しなどロクなことではないに決まっている。エジプトでの前科をネタに強請られるのかもしれない。エジプト組との出入りの鉄砲玉に使われるのかもしれない。モーセは恐る恐る大親分の棲家であるホレブ山へと登った。6

2014-11-28 01:47:29
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

彼が歩を進めると、ドスの効いた声が山林に響き渡った。「モーセ、おどりゃ、その小汚い草履を脱がんかい。誰の家に来とる思うとるんなら」「アヒィ!」目の前に不意に現れたやくざの姿に驚き、一目見ただけで、怯えてモーセは顔を隠した。7

2014-11-28 01:55:32
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

そのやくざの眼光はあまりに鋭く、直視になどとても耐えれぬとモーセは思ったのである。彼の認識は正解だった。仮に目を合わせていたならモーセはたちどころにぶっ倒れ、そのまま絶命していただろう。それほどの貫目がやくざにはあった。8

2014-11-28 01:59:24
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「はっは、まあそう硬うならんでええけん」 と、目の前のやくざは笑って言ったが、モーセはなおも顔を隠したままだ。やくざは構わず言った。「わしゃのう、おどれらを助けちゃろう思うて言うとるんじゃ」「へ?」9

2014-11-28 02:02:28
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おどれらエジプト組のやつらにええように使われとるじゃろうが。わしゃ、見とってたまらんようなったんじゃ。おどれらの先祖とわしゃ親子盃交わしちょるけえのう。可愛い子がいたしい思いをしとったら、何とかしてやらにゃあならん思うんが親心じゃない」「は、はあ……」猛烈に嫌な予感がする。10

2014-11-28 02:08:08
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「じゃけえのう。こんなぁ、ちィとご足労じゃがのう。エジプト組の親分、ファラオんとこ行ってのう。わしの使いじゃいうて、一言いうて来てくれいや。ヘブライ人は皆わしに用があるけえ、全員、わしんところに来させえ、いうてのう」「ま、待ってつかぁさい、親分さん……」11

2014-11-28 02:14:18
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

要は集団逃走ではないか。当然だがファラオが認めるはずがない。というか、前科者である自分がノコノコとファラオの前に出たらそのまま捕まるのではないか? それに、仮に万一ファラオが認めたとして、ヘブライ人はどうだ? どこの誰とも分からぬやくざものの下に集まるはずがない。12

2014-11-28 02:17:46
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ヘブライ人どもにはのう。わしの名を出せばええ。ヤハウェが来い言うとるんじゃ言えば黙って付いてくるじゃろう」「じゃ、じゃけんど。親分さん……。ファラオのモタレがええ言うはずないけん。む、むりじゃ。わしゃ殺される」「分かっとる、分かっとる。心配せんでええけん」13

2014-11-28 02:20:54
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ファラオが許可出さんのんと違うけえ」「えっ……」「わしがのう、ファラオのモタレを操ってのう、許可出さんよう仕向けるんじゃ」意味がわからない。「分からんのか? 戦争の理由になるじゃろうが。そこでわしがの、エジプト組のやつらギタギタにしてやるけん」14

2014-11-28 02:24:45
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おう、エジプトから出て行く時はの、おどれら、手ぶらで出てきちゃあいけんど。金銀装飾品を奪い、エジプト組のボンクラどもから着物を剥ぎとってくるんど」「……」「そしたらのう、おどれらを連れて、わしゃ、カナン組やアモリ組のシマぁ……乳と蜜の流れる地へ連れてってやるけん、の?」15

2014-11-28 02:32:02
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

尋常な話ではない。つまり、ヤハウェ大親分はエジプト組に戦争を仕掛け、ヘブライ人を扇動して大脱走、ついでに略奪を働き、さらにヘブライ人を兵隊として組み込んで、カナン組やアモリ組のシマまで踏み込もうとしているのだ。16

2014-11-28 02:36:28
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

乳と蜜の流れる地とは、酪農と果樹園経営を指す。どちらもやくざの大切なシノギだ。それらを奪い取ろうというのだから、血を見ることは必至……。そして、いまモーセはこの恐るべき出入りの尖兵としてリクルートされたのだ。ぜ、絶対に嫌だ……。17

2014-11-28 02:38:38
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「お、お、親分さん。も、申し訳ないんじゃが、わ、わしにゃ、ちょっとムリですけん。ほ、ほら、こ、この通り、わしゃ、ひどいどもりですけん……」「なァ~に言うとるんなら」ヤハウェが明るく言った。「口上はわしが教えちゃるけん。こんなぁ、わしの言うとおりに言えばええんじゃ」18

2014-11-28 02:42:45
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ほ、ほ、他の若い衆を使うた方が、え、ええ思いますけん……!」「おどりゃまだグダグダ吐かすんか、このばかたれが」ヤハウェが途端に憤怒の形相を見せて、モーセにグイと迫った! 「ひい!」 このやくざ、恐ろしく沸点が低い……! 19

2014-11-28 02:46:08
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おどれの兄のアロンがおろうが! あのボンクラぁ、口が上手かろうが。おどりゃ、アロンと二人で男になってみんかい! 首尾ようやったらのう、おどれら二人とも、若頭にしちゃるけん」「は、はいぃ」 おお、なんという悲劇か! いつのまにやら実兄のアロンまでが巻き込まれた……!20

2014-11-28 02:49:41
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「はあ」数時間後、エジプトへの道のりをとぼとぼと進むモーセ一家の姿があった。妻のツィポラが問うた。「ねえ、あんた……なんでそんなん引き受けたん? 断れんかったん。子供も二人共まだ小さいのに、あんたに何かあったら」「阿呆。あぎゃあな恐ろしいやくざもの前にして、いやじゃ言えるか」21

2014-11-28 02:54:49
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「そぎゃあに恐ろしい親分さんじゃったん?」「おう、そりゃあもう。顔とか炎に包まれたように真っ赤でのう。眼光は鬼のように鋭く、声は腹に響き、人を殺すことなどなんとも思っとらん面構えで、それがニコニコしとったかと思ったら途端にぶちぎれて迫ってくるんじゃけえ恐ろしいったらないわい」22

2014-11-28 02:59:29
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「本当に恐ろしい親分さんなんじゃね……。例えば、あんな感じ?」ツィポラが後ろを指さした。「おう、そうそう。まさにあんな感じじゃ」一行の背後から、ドスを腰だめに構えた老やくざが猛烈な速度で走り迫ってくる。「え、あれ……?」「どしたん、あんた?」「あ……あ……あ……」23

2014-11-28 03:04:08
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

モーセの声が震える。脂汗がこめかみを伝う。「に、逃げろ……」「えっ?」「逃げろ、ヤハウェ大親分じゃ! こ、殺されるーッ!」「ええーッ!?」一家も猛然と駆け出した!24

2014-11-28 03:06:36