仁義なきキリスト教史・旧約編「中間管理職モーセの悲哀」 #2

【これまでのあらすじ】前科者のやくざモーセは、恐るべき極道者ヤハウェに目をつけられた。ヤハウェは、エジプト組にタコ部屋労働を強いられているヘブライ人たちを集団脱走させて手駒に加え、その兵力をもってカナン組のシマを荒らし、乳と蜜などの既得権益を奪い取る気なのだ!
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架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「……と、いうわけでして。わしら、おやじにアガリ(上納金)納めに荒野行かにゃならんのですわ。三日間! 三日でええんで黙って行かせてつかぁさい。うちのおやじ、わしらのアガリが遅れたら怒り狂うに決まっとるんです。わしら、ドスで皆殺しにされますけん! 後生ですけん!」1

2014-11-30 15:39:14
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

ヤハウェに尻を突かれたモーセとアロン兄弟は必死にファラオに頼み込んだ。ファラオとは極道用語でエジプト組の組長を指す。前科者であるモーセなどはファラオの前に立つことを恐れていたが、とりあえず気付かれてはいないようだった。2

2014-11-30 15:44:24
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

二人の懇請を受けたファラオだが、彼は終始穏やかな笑みを湛えており、ウン、ウンと頷いた後、「おう、おどれらの言いたいこと、よう分かったけん」、にっこり笑って言った。「良かったのう、おどれら。わしはの、イチを聞いてジュウを知る察しの良いやくざとして知られとるんじゃ」3

2014-11-30 15:47:53
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

だが、その微笑みの奥からは凄惨の気が溢れていて、アロンもモーセも嫌な予感しかしない。ファラオが言った。4

2014-11-30 15:51:30
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「つまり、あれじゃろう? おどれらの課されとる労働が軽すぎて余裕が溢れまくっとるけえ、わしを挑発してでも労働を増やして欲しい、もっと馬車馬のように働きたい、身も心も奴隷になって死んでもいいからわしのために尽くしたい、そういうことじゃろう?」「いやいや」「いやいやいや」5

2014-11-30 15:55:45
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ええわい、ええわい、皆まで言うな」ファラオはなおもニコニコと笑っているが、もはや顔以外は何も笑っていない。「なーにがヤハウェじゃ。どこの極道モノじゃ。おどれら、何を血迷うて、わしがそがいなドサンピンの言うこと聞く思うとるんじゃ」「いや、あのですね」「われわれとしてもですね」6

2014-11-30 15:59:33
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おう、ヘブライ人労働者、管理しとるんバカタレはどいつじゃ」ファラオはもはや聞く耳も持たない。「わしです、おやじ」 エジプト組の若者が顔を青ざめさせて名乗り出た。ファラオはアロンとモーセを見て、こめかみに青筋を浮かべながらも、ニコリと笑みを見せた。「すまんかったのぉ~おどれら」7

2014-11-30 16:03:16
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

若者の肩をポンと叩く。「分かっとる、分かっとる。悪いんはおどれらではない。このモタレにはケジメつけさせるけん。許してやってくれいや。な? おう、おどれ。反省したらの、ヘブライ人の皆様方が二度とおふざけになられんようにの、きちんと配慮してガッツリ重労働課してやらんかい、糞ボケェ」8

2014-11-30 16:07:32
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「あわわ」「あわわわ」 戸惑うモーセとアロンはファラオの宮殿から蹴り出された。半ば想像していた展開ではあるが……やはり大変なことになってしまった……。ロクでもない。実にロクでもない……。9

2014-11-30 16:11:57
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「カカカーッ、カーカカカカーッ!」 ほうほうの体で逃げ出してきたモーセ兄弟を見て、ヤハウェは身を打ち震わせて呵々大笑した。「おやじ、笑いごとじゃないですけん」 モーセが半泣きで訴える。ファラオの宮殿からは無傷で退出した二人であったが、真に危険が迫ったのはむしろその後であった。10

2014-12-05 22:14:14
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おどりゃ、何勝手なことしくさりよるんじゃ」「わしらを殺す気か、ぶち殺すど!」 そう叫びながら二人に詰め寄ってきたのはヘブライ人たちだ。彼らは先の挑発行為によりファラオが更なる非人道的過酷労働を課してきたことを知った。その怒りは当然モーセら兄弟に向けられたのである。11

2014-12-05 22:29:23
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ま、待たんかい! わしらはのう、ヤハウェ大親分の命令で動いとるんじゃ!」 モーセが必死の抗弁。すると、ヤハウェの名を耳にした一同は一瞬の戸惑いを見せた。ヘブライ人たちは遠い過去に、この伝説のやくざの世話になっていたことがある。その時の記憶が語り継がれていたのだ。だが、 12

2014-12-05 22:33:49
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おどりゃ、言うに事欠いて親分の名ァ出す阿呆がおるかい! おどれらのようなモタレこそヤハウェ大親分にぶち殺されりゃあええんじゃ!」 まるで信じてもらえない。ヘブライ人たちの溢れ返る殺意に怯えて、モーセたちは慌ててヤハウェの下に逃げ帰ってきたのである。13

2014-12-05 22:37:12
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

だが、ヤハウェは朗らかに笑うばかりだ。「カカーッ、ええんじゃ、ええんじゃ! ここまではわしの計算通りじゃけえ!」  困惑の表情を浮かべるモーセ。計算通りって……言うとおりにやったら労働がさらに過酷になっただけではないか。本気で助ける気があるのか? 14

2014-12-05 22:41:50
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おどれ。もう一度ファラオのバカタレんところ行ってくれいや」「じゃいうて、おやじ。ヘブライ人ですらロクに聞く耳持たんかったんですよ。ファラオのモタレが聞くんですかのう」「安心せえ。こッからが本番じゃけえ」 だが、モーセは渋面を浮かべる。先のヘブライ人たちの姿が脳裏に蘇る。 15

2014-12-05 22:45:02
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

モーセは仮にも彼らを助けるためにこの糞のような仕事に就いているのだ。それが、何だあの態度は。あんな糞どものために働く必要などあるのか? 憤懣やるかたない気持ちが溢れ返る。と、それがヤハウェにも伝わったのだろうか? 「ヘブライ人どもの様子、そんなに酷かったんかの?」尋ねてきた。16

2014-12-05 22:51:16
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「酷いなんてもんじゃありゃあせんよ!」思わず声が裏返る。「あいつら、わしらを殺しかねん勢いだったんです!」「けしからんのう」「おやじの名前を出しても誰も信じやしません!」「嘆かわしいのう」ヤハウェは少し考えていたが、やがて深い溜息を吐いた。17

2014-12-05 22:55:38
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「タコ部屋から助けちゃろう思うんたんじゃが、そがいな聞き分けのない奴らじゃったとはわしも思わんかったわい。……よし!」 ポンと手を打った。「よし、全員殺そう」「ヘッ!?」「おう、おどれ、ちぃっと待っとれ。今すぐ全員殺してくるけえの」「ま、ま、待ってつかあさい、おやじ……」18

2014-12-05 22:57:57
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

途端に顔色を変えてモーセがヤハウェの足に縋りつくと、ヤハウェは再び呵々大笑した。「カーカッカッ! 悪い、悪い! 冗談、冗談じゃ! ワーッハッハ!」「じょ、じょうだん? ア、アハ……アハハハ……」 モーセも苦笑いで答える。……冗談? 本当に?? 目がマジだったが……。19

2014-12-05 23:02:02
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「わしゃのう、慈悲深いやくざじゃいうて評判なんじゃ。一度くらいの不遜で皆殺したりせんよう」「い、一度……ア、アハハハ……」 もしかして、慈悲はもうこれで使い切ってしまったのだろうか……。この先のことを想い、モーセは胃にキリキリとした痛みを覚える。20

2014-12-05 23:06:55
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「おおォ~、おどれら、また来たんじゃのう。ほんまにすまんかったのォ~。おどれらに課した労働がまだまだ足りんかったんじゃな? ウチの若いモンにはもう一本指ィ詰めさせとくけえのゥ~~」 再び自分の前に現れたモーセ兄弟を見て、ファラオが破顔して言った。相変わらず目は笑っていない。22

2014-12-05 23:15:45