仁義なきキリスト教史・旧約編「中間管理職モーセの悲哀」　#2

架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

オラァーッと凶暴な叫びを響かせて、ヤハウェのドスが少年の胸を抉った。兄ちゃん！と泣き叫ぶ弟達を無視して、ヤハウェは「カカカーッ！」碾き臼を蹴り倒した！　おお、そこには母親に抱かれし男の子が！　この家のやくざに買われていた女奴隷とその息子であろう。「おどりゃァ！」48

架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

ヤハウェが男の子の頭を強引に掴み上げる。「わしが出てこい言うたらァ……」ドスを振りかぶった！　「一目散に出てこんかいッ！！」白刃が煌き、小さな頭が宙を舞う！　「カカカーッ！」ヤハウェが土塀を蹴り破り外へ。「モ～？」牛の初子を発見！　「おどりゃあ！！」　子牛の首が飛んだ！　49

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――一方、ファラオの宮殿近くの牢屋。ここには捕虜やくざたちが監禁され労働を課されていたのだが、今回のヤハウェによる大虐殺は彼らにとっては千載一遇のチャンスと言えた。「エジプト組のモタレども、大分痛い目見とるようじゃのう」宮殿からは悲痛な叫び声が漏れ聞こえてくる。50

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「聞いた話じゃと、タコ部屋に詰め込まれとるヘブライ人を組員にして、カナン組と喧嘩しに行くんじゃそうな」「どえれえ話じゃのう。じゃが……」「おう。わしらもこがいなところで腐っとってもつまらんわい。ファラオが痛い目見とるんもええ気味じゃ」「わしらも連れてってもらおうじゃない！」51

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などと気炎を上げていたのだが、すると……。「カカカーッ！」　牢屋の塀を蹴り破って当のヤハウェが踊り込んできた！　「うおッ！」　血まみれの老やくざの異様な風体を目にして、先程までの勢いもどこへやら、捕虜やくざたちはたたらを踏んだが、その中の一人が勇気を出して進み出た。52

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「お、親分さんッ！　エジプト組に恨みがあるんはわしらも同じじゃ！　連れてってつかぁさい！」　だが、ヤハウェは聞いているのかいないのか、男と目も合わせずにツカツカと奥へ進むと、「ひッ」　暗がりの中に隠れてた男の子を引きずり出した。「えッ、ちょ、待って……」「カカカーッ！」53

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男の子の腹を抉った！　たちどころに絶命！　「カカカーッ！」「な、な、な……」先の勇気ある男の長男だったのだ！　54

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「カカーッ！」　ヤハウェがさらに荒れ狂う！　捕虜やくざのうち長男であった数名を選り分けて斬り殺すと、ドスを腰だめにためて疾風の如く走り去っていった。残されたのは、溢れ出た血と臓物。そして、力なく項垂れる捕虜やくざたちだけだ……。55

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陰惨な殺戮劇に涙を堪え切れずファラオが叫んだ。「もうやめてくれ！　ヘブライ人は頼むから出て行ってくれ！！」　彼の手の中にも冷たくなった長男の姿があった。組長の座を継ぐはずの子であった。56

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「出て行ってくれ！」と叫んだのは無論ファラオだけではない。エジプト組やくざ全員の願いであった。「おう、モーセよ」ファラオが言った。「わしの計算通りの展開じゃがのう。言うといた通り、おどれら手ぶらで出て行くんじゃにゃあど。頂くもんは頂いてくんじゃ！」　57

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そんな無茶な！とモーセは内心思った。先の殺戮劇でエジプト側の怒りは臨界点に達しているはずだ。ここでさらに強盗まで働けば、どんな混乱が巻き起こされることか……。しかし、ヤハウェの見せた恐るべき殺戮が脳裏をよぎる。命令には逆らえない。恐る恐るエジプト人の家を訪ねてみる。58

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「おどれら！　よう顔見せれたのう、はよう出て行かんかい！」思った通りだ。エジプトやくざはモーセたちの顔を見るなり激昂して叫んだ。だが、次の瞬間、彼らは電撃にでも打たれたかのように身体を震わせると、「えへえぇ～」、途端に媚びた顔付きを見せて、手揉みをしながら擦り寄ってきた。59

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「わ、わ、わしゃ……。ず、ず、ずっと前から、お、おどれら、ヘブライ人を好いとって、のう……！　せ、餞別じゃ！　お、おい！」　奥にいる家内に向かって叫んだ。家内も壊れた笑みを浮かべている。「あ、ありったけの金銀財宝と上等な上着を、ヘブライ人さまに差し上げんかい！」　60

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「へ、へえ！」女は胸に抱いていた長男の死体をその場に捨てると、奥からありったけの財宝をかき集めてきてモーセに差し出した。「ど、ど、どうぞ！」「お、お役に立てて、下さいまし……！」夫婦がカラカラと笑いながら言う。61

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二人の異様な姿を見てモーセには確信するところがあった。これは……ヤハウェの精神操作だ！　恐るべきはヤハウェの貫目よ。一時的効果ではあろうが、ヤハウェは息子を殺されて怒り狂う親たちに、正反対の感情を押し付けることさえ可能なのだ。笑いながらも血涙を流す彼らの苦悩は如何ばかりか！62

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ヤハウェの精神操作を知ったヘブライ人たちはここぞとばかりにエジプト組から全てを奪い取った。旅立ちに備えてパンを焼くはずだったのに、それに酵母を入れる暇さえ惜しんで略奪に勤しんだのだ。63

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「カカカーッ、旅立ちじゃーッ！」　ヤハウェの号令が響き、懐を暖かくしたヘブライ人集団は武装やくざ集団と化し、いよいよエジプトを旅立つ！　目指すは乳と蜜の既得権益溢れる地、カナン組のシマだ――！　64

架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

ヘブライ人は去った。だが、これでエジプト組を襲った災禍は過ぎ去ったのだろうか？　いや、そうではない。宮殿にて、玉座に座りしファラオが小刻みに震えている。電撃にでも打たれたかのように。彼はうわ言のように繰り返し呟いていた――。65

架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「お、追わにゃならんど……。追って、追いついて、もう一度、ヘブライ人どもを、タコ部屋に入れにゃいけん……いけんのんじゃ……」恐るべきはヤハウェの精神操作か……！　66

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ファラオはヤハウェの示威行為を成り立たせるために数多のものを失った。財産、健康、跡継ぎ……。だが、彼にはまだヤハウェに差し出せるものが一つだけ残っているのだ。……そう、彼の命だ。ヤハウェは貪欲にそれを求めたのだ。67

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次号『やくざエクソダス』に続く――！　68

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