『其(そ)は夜鳴き鶯』(旧題:『森の国の夜鳴き鶯』)

竹の子書房 黒実操の自主トレです。もりかさんの『捧げる花もなし姫』にインスパイアされてできたお話です。もりかさん、公表をご快諾いただきありがとうございます。
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クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「たかが見目の美しさを無くしただけで、こんな仕打ちはないだろう。お前も、そう思っているのだろう。うん?」挑発されているのが、今のお姫様には理解できます。だから何も答えません。黒い女は続けます。

2010-12-31 01:43:28
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「待て待て。悪い話を持ってきたんじゃないぞ。私は忘れっぽくてな。実は、お前に叶えてやれる願いが、まだ二つ残っていることを思い出してな」お姫様の髪の毛を、夜鳴き鶯が啄(つつ)きます。お姫様は、友達をそっと掌で庇うように撫でました。それを鼻で笑い、黒い女は続けます。

2010-12-31 01:43:40
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「どうだ。何がいいかな。そうだ。お前が美しさを無くさなかったら、どんな未来が待っていたかを見せようか」お姫様は答えません。黒い女は構わず、お姫様の前に手をかざします。「見るがいい」その言葉と同時に、お姫様は幻の世界に立っていました。

2010-12-31 01:43:52
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「夜鳴き鶯」挿絵:幻想、馬上の恋人たちのシーン。 http://goo.gl/snL3S

2011-02-21 23:02:29
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 深い森の中、一頭の馬が早足で進んでいます。そこは森の隠し道。王に仕える騎士たちの、ほんの一部だけが知る秘密の抜け道です。馬上には、お姫様とそのかつての恋人。恋人は、馬の脚を軽くするためでしょう。鎧をすっかり脱ぎ捨てておりました。

2010-12-31 17:07:46
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 右手(めて)で手綱を操り、左手(ゆんで)でお姫様をしっかりと抱いておりました。お姫様は恋人の胸に頬を当て、行く手の闇から目を背けています。「あれが美しさを無くさなかったお前が、味わったであろう幸福だ。恋人はお前を攫った。国も地位も、何もかも捨ててお前を選んだのだ」

2010-12-31 17:08:07
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 駆け行く恋人たちから目が離せないお姫様に、黒い女が囁きます。「見てみろ。あの男の誇らしげな顔を。どれほどの強さでお前を抱いているかを。あ奴は己の魂は落としても、お前のことだけは落とすまいよ」瞬きもせずに見つめ続けるお姫様の髪を、声を無くした夜鳴き鶯が引っ張ります。

2010-12-31 17:08:28
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「この前は、お前が婚礼が立ち消えることを望んだゆえ、美しさを貰ったのだがな。しかし、さしもの私も、まさか恋人があのように心変わりをするなど、夢にも思わなかったものでな。そのことについては謝ろう」幻の恋人同士が、遠く遠く駆けてゆきます。

2010-12-31 17:09:01
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p あまりにも遠くに行ってしまったので、お姫様の目ではもう、よく見えません。「だがな、まだ手はあるぞ。忘れていて悪かったが、一つの代償に対して叶えてやれる願いは三つなのだ。お前も、お伽話でよく読んだことだろう」黒い女が、お姫様にかざしていた手を下ろします。

2010-12-31 17:09:20
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p ぬぐったように幻は消え、お姫様と夜鳴き鶯は元どおり、廃教会の前に立っていました。黒い女は姫君に笑いかけました。森の木々が身を捩(よじ)ったように見えたのは、気のせいでしょうか。黒い女は三日月のように笑いながら、まだ夢を見ているような表情のお姫様に、言いました。

2010-12-31 17:09:43
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「さぁ、願いが一つ残っておるぞ」含み笑いを堪えたような、傲慢な声音です。お姫様は、黒い女に向けて一歩踏み出しました。夜鳴き鶯が、その肩から飛び上がります。「お前の願いは何だ」言わなくても判っていると言わんばかりの口調です。しかしお姫様は首を振りました。

2010-12-31 17:10:02
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「その前に教えてください。私たちが逃げた後、あの方の家族はどうなりましたか」訊かなくても判っていると言わんばかりの口調です。「あの方のお父様とお母様は、どうなりました? 妹君もいらしたはず。他にも血の繋がりのある方たち、皆様、いったいどうなりました」

2010-12-31 17:10:21
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 黒い女は答えません。無言のまま、瞳の闇を一段と濃くしてお姫様を睨みます。その昏い瞳から、チッと火花が飛んだのは、何かの見間違いでしょうか。「激高したお父様に、何らかの重い罰を与えられたのではないでしょうか。例えば、そう、縛り首」

2010-12-31 17:10:37
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 黒い女は答えません。「王としてのお父様は、湖の国への体面を考えて、あの方のお身内に恐ろしい罰を下しただろうということ、今の私には判ります」お姫様は、すでに夢から醒めきった表情で、黒い女に向かって言いました。

2010-12-31 17:10:53
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「ありがとう。私から美しさを取り上げてくれて。あんな恐ろしい未来、私はいらない」

2010-12-31 17:11:04
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p それを聞く黒い女の瞳から、またも火花が散ったように見えました。いえ、瞳からだけではありません。三日月の形のまま張り付いた口元からも、火花が飛び出しました。気のせいではありません。これは本物の火なのです。

2010-12-31 19:51:09
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p お姫様も、すでにそれを承知しておりました。火花は明らかにお姫様を狙って流れてくるのですから。夜鳴き鶯がお姫様の前を飛び回り、はねつけます。火花を吐きながら、黒い女が問いました。「お前は再び恋人の愛が欲しくはないか。共に手を取り、生きてゆく未来が欲しくはないか」

2010-12-31 19:51:21
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p お姫様は答えます。「いいえ。私はあの方との未来など、もう欲しくはないのです」「ならば、父王の愛はどうだ。お前を再び城へと呼び戻させ、安楽な生活を取り戻すことはどうか」「いいえ、それも欲しくはありません。ここでの生活は、私が自分で願い出たもの」

2010-12-31 19:51:38
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「ならば、ならばお前は何が欲しいのだ」叫んだ黒い女の目から、火柱が立ちました。それでも、お姫様も夜鳴き鶯も怯みません。「何でもよろしいのでしょうか」穏やかな声で、お姫様が言いました。黒い女は、少し拍子抜けしたような顔をしましたが、すぐに取り繕い、

2010-12-31 19:51:49
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「良い良い。何でも良い。早く望みを言え」と、寛大な素振りをします。火力が治まる気配はありません。お姫様は、目の前で飛び回る夜鳴き鶯を器用にも捕まえました。小さな身体を、両の手で火から庇います。そして言いました。

2010-12-31 19:52:02
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「私の望みはただ一つ。お友達の夜鳴き鶯が、綺麗な声を取り戻しますように」「な、」黒い女が、間の抜けた声を出しました。当然でしょう。全く予想もしていなかった願いです。お姫様の手の中で、夜鳴き鶯が暴れます。お姫様の願いが、黒い女を怒らせたことが判ったからです。

2010-12-31 19:52:12
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 自分の小ささも弱さも忘れ、お姫様を守るために戒めから逃れようと必死に暴れました。「何でも良いとおっしゃった。早く叶えてください。この夜鳴き鶯に、再び美しい声を」「ちくしょう!」黒い女は、お姫様が聞いたこともない汚い言葉と炎を吐き散らし、地団駄を踏みます。

2010-12-31 19:52:23
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 「ちくしょう! 馬鹿女め。そんなものより、男の愛を願え。贅沢な暮らしを願え。おのれ、クソ、クソッ」「いいえ。私が願うのは、お友達の声だけです」「よりにもよって、クソ鳥の声などと。おのれ、馬鹿女」「早く、早く叶えてください。これが私の最後の願いです」「おのれええ!」

2010-12-31 19:52:32
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 咆哮と同時に、黒い女の全身が火を噴きました。危ういところを、お姫様は夜鳴き鶯を庇った姿勢のまま、地に伏してやり過ごします。あまりに激しく地団駄を踏むので、黒い女の衣装の裾からは、蹄のついた獣の一本足が丸見えです。

2010-12-31 19:52:42
クロミミ跡地 @kuromimigen

@ts_p 幾度地面を蹴ったときでしょう。突然、その足元がポッカリと口を開け、炎と呪いの言葉を吐き出し続ける黒い女を、ゴボリと呑み込んでしまいました。辺りには何十個もの卵が腐ったような、恐ろしい臭いが立ち込めて、息もできなくなりました。お姫様は、そのまま気を失ってしまいました。

2011-01-05 00:27:58