「トレーニング・ウィズ・ザ・モーニング・ヘイズ」

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

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◆与太話◇ ◆軽度◇

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「トレーニング・ウィズ・ザ・モーニング・ヘイズ」

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午前4時。鹿屋基地は朝靄に包まれていた。如何に日夜深海棲艦との戦いに心血を注ぐ鎮守府の一つとはいえ、総員起こし1時間前ともなれば、流石に静寂が勝っていた。まして今の季節は冬。太陽すらも顔を出さず、鹿屋基地にはある種のシンピテキなアトモスフィアが感じられた。 1

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リン…リン…リン…だが、その静寂を割くかのように鈴めいた音色と、風切り音が宿舎前から響いた。朝靄の中、浮かび上がった姿。それは大斧を振り回す褐色肌の大男であった。リン…リン…リン…右手、左手、右手と片手で交互に振り回しつつ、手にした蒼い大斧からは鈴めいた音色が鳴り響く。 2

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大斧の銘はヘリオスクラッシャー。男が元居た世界において古生物の化石堆積岩から造りだされた美しい逸品である。武器としては獣達の骨肉から造りだされたものより劣るものの、振るわれた時に鳴る鈴めいた音は男のお気に入りであった。 3

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リン…リン…リン…静かに、ただ黙々と男は大斧を振るう。その様はある種ゼンめいた光景であった。右手で振るい、左手に持ち替え振るい、右手に持ち替え振るう。ズボンのみで何も纏っていない男の上半身には縄めいた筋肉に汗が流れ、上昇した体温が新たな靄を生み出していた。 4

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やがて、男は大斧の切先を地面に向け、動きを止めた。「スウーッ…」息を吸う。「ハァーッ…」そして吐く。数度の深呼吸の後、腕に力が籠められ、恐るべき筋肉が浮かび上がった。そして「イヤーッ！」リン…リン…大斧は天を裂かんとばかりに振り上げられ、地を砕かんとばかりに振り下ろされた。 5

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時間にして、およそ3秒ほどの動作。鋼鉄で作られたものよりも軽いとはいえ、大斧の重量は成人男性一人分は優にある。それほどの物を振り回し、尚且つの斬り上げと斬り落とし。幾多もの傷を誇るその肉体の筋肉は、大凡常人が持てるものではないことが窺い知れる。 6

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「フゥー…」男は肉体から緊張を解き、大斧の柄のスイッチを叩く。すると、大斧の刃が折りたたまれ、小さく畳まれた状態となった。何たるテックか。男は武器の格納を確認すると、少し歩き、宿舎の壁近くに大斧を寝かせて置いた。男は持参した水を呷り、タオルで汗を拭きとる。 7

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だが、その時！「イヤーッ！」男を背後から強襲する影有り！影は女であり、跳び蹴りを繰り出す！アブナイ！「イヤーッ！」男はその跳び蹴りを左肩で受け止める！「イヤーッ！」そのまま左肩を女へ向けて押し出す！「イヤーッ！」女はそれを受け、空中へ華麗な後方宙返り！ワザマエ！ 8

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女が着地すると同時に男は踏み出す。「イヤーッ！」ローキックが女の頭部を狙う！「イヤーッ！」女はその足に手を添え、跳躍！ハードル走めいたミニマルな跳躍で持って、剛力を制する！「イヤーッ！」「イヤーッ！」ワン・インチ距離に着地し、女は壮絶な近接カラテを仕掛け、男も応じる！ 9

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「イヤーッ！」「イヤーッ！」「イヤーッ！」「イヤーッ！」双方の間でコンパクトなカラテの応酬が繰り広げられる。もし、この応酬に巻き込まれれば、全身の骨という骨が無残にも圧し折られるだろう！おお、見よ！二人の間に紛れ込んだ枯葉が、瞬きの間に散りと化したではないか！コワイ！ 10

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永劫に続くかと思われたカラテラリーはやがて体格に勝る男の方に優勢が傾く。「イヤーッ！」イクサの機敏を敏感に察知し、女は一瞬でカラテラリーを中断！男から距離を取った。そして双方、構えを取ったまま動きを止めた。次の相手の一撃を予想しているのだ。 11

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傍目から見ればただの睨み合いだが、双方のニューロン内では数百に及ぶイマジナリーカラテの嵐！お互いに、その中から有効打を掴まんとする！…やがて、二人の間に冷たい冬の風が一瞬吹いた。「イヤーッ！」それを合図に女が飛び掛かる！初撃と同じ跳び蹴りである！「イヤーッ！」男も迎撃する！ 12

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男の対空ヤリ・チョップと女の跳び蹴りが交差し、静止した。暫くの沈黙。口火を切ったのは男だ。「やるな」男は右腕でチョップ、左腕でガード姿勢。「そちらこそ」一方女もチョップを白刃取りめいて両手で挟み、受け止めていた。「今回は」男は左頬から薄く血を流し笑った。「そっちの勝ちだな」13

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「今回は私の勝ちですね」女は両手を離し、着地する。そして、挨拶をした。「おはようございます。リカルド提督」男―リカルドも挨拶を返す。「おはようございます。ハートマン軍曹」「ハートマンではありません」女は不機嫌そうに言った。「私は川内型二番艦、神通です」 14

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「そもそも私を、教え子を発狂させて殺されるような男と一緒にしないでください」神通は吐き捨てるように言う。“鬼の二水戦”と名高い彼女だが、教え子を思う彼女の心は誰もが知る所だ。「悪かった悪かった」リカルドは平謝りした。「詫びに、間宮でも驕るさ」「……新作のパフェ大盛りで」 15

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「お安い御用だ」リカルドは屈託のない笑みを浮かべた。釣られて神通も笑う。先程まで互いを殺さんばかりのイクサをしていたとは思えぬほどに和やかなアトモスフィアであった。……この二人にとって、先程の光景は日常の光景であった。「カラテを高めたい」とする意識の一致が、始まりだった。 16

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『総員起こし、15分前。繰り返す。総員起こし、15分前』暫く談笑していると、総員起こし15分前を告げるアナウンスが鹿屋基地の静寂を打ち破った。「そろそろ戻らないと」「そうだな」「では」「おう」神通は走りだし、リカルドは己の荷物を纏め始めた。今日も鹿屋の1日が始まる。 17

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「トレーニング・ウィズ・ザ・モーニング・ヘイズ」終

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◇寝なさい◆