沈黙した猿#4

寂れた村に現れた奇妙な見世物の集団。彼らと出会って、廃業寸前の音楽家ギルダーは大きく運命を変えます #1はこちら http://togetter.com/li/760078 #2はこちら http://togetter.com/li/766924 #3はこちら http://togetter.com/li/769670 続きを読む
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(前回までのあらすじ:ギルダーの住む村に見世物の集団が現れた。その公演で、ギルダーの心の問題が明らかになる。。その晩、踊り子と再開する。彼女は魔法使いだという。願いと引き換えに心臓をもらうというのだ。ギルダーはイザベリの憔悴した姿を見て、決心を固める)

2015-01-18 20:01:15
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夜の広場に青年が一人いた。ギルダーだ。相変わらずしわくちゃなシャツを着ているが、その眼には確固とした光が宿っていた。広場にはボンヤリと光が灯っていた。ランタンがあちこちに下げられていて、巨大なテントを薄暗く照らしていた。夜には公演を行っていない。89

2015-01-18 20:09:18
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ただ、静かな明かりだけがあった。見張りの男……白く装飾のない服を着て、やはり猿の面を被っている。ギルダーは男に声をかけた。「あのう……踊りを、見せてくれませんか?」 見張りの男は首を傾げた。「はて、もう今日の公演は終わっていますよ……また後日に」 90

2015-01-18 20:13:14
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「踊り子さんに、是非会いたいのです」 ギルダーはランタンの光の下、申し訳なさそうに言った。見張りの男は、くすくすと笑って肩を震わせる。「いいでしょう、あなたは先日、音楽を聞けませんでした。それでは我々の沽券に関わります。特別に、見せてあげましょう」 91

2015-01-18 20:17:34
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そう言って見張りの男はテントの入口を開けた。そして、黙ったままそこを指差す。入れということだろうか。ギルダーは軽く礼をして、静かに入口をくぐった。真っ赤な外装と違い、テントの中はやはり落ちついたクリーム色だ。粗末な木箱の椅子が無造作に並んでいる。 92

2015-01-18 20:21:54
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ギルダーは舞台の正面の椅子に座り、静かに待っていた。踊り子を呼んだ方がいいだろうか、そもそも誰か来るのだろうか。不安が少し大きくなる。そろそろ立ち上がって誰かを呼ぼうか、そう思ったときであった。舞台の奥、花道から誰かが歩いてくる。踊り子だろうか、期待が膨らむ。 93

2015-01-18 20:24:58
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しかし、現れた娘の姿を見て、ギルダーは絶句した。彼女は踊り子ではなかった。イザベリだ。何故か、イザベリが人形のようにぎこちなく舞台の上に現れたのだ。「イ、イザベリ……なぜここに」 しかし、イザベリは答えない。心ここにあらずといった表情で、伏し目がちに歩いている。 94

2015-01-18 20:27:57
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「ひとを呪う時は、自分も呪われる覚悟をするべきだ、と昔の人は言いました」 背後から突然の声。ギルダーは驚いて振り返ろうとするが身体が動かない! 声さえ出せず、呼吸を荒げながらギルダーは舞台の上のイザベリを凝視するしかなかった。後ろから回り込んで、踊り子が姿を見せる。 95

2015-01-18 20:33:34
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「一つのお話をしましょう。ある女が、ひとを呪った時の話です。後輩の青年の歌の上手さを妬んで、彼女は魔法使いと取引をしました。青年を呪い、声を潰す呪文です。しかし、魔法使いの気まぐれで、呪いの矛先は彼女へと向かいました。結局彼女は声を失いました……」 96

2015-01-18 20:36:47
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イザベリはひきつった顔をして、両耳をふさいでいた。視線がぐらぐらと揺らぎ、口をぱくぱくとさせる。だが、声は聞こえてこない。踊り子は、紐のような舞台衣装を揺らしてギルダーの前でゆっくりと踊った。彼女が腕や足を翻すたび、イザベリは激痛に悶えるような顔をした。 97

2015-01-18 20:40:39
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「浅ましい女です。軽蔑すべき、罪深き女です。それでも、あなたは彼女を救いたいと思いますか? あなたの願いは知っていますよ。それは、自分の心臓と交換すべき願いですか?」 踊り子は踊りながら、ニヤニヤと笑う。魔法使いは、試しているのだ。心が惑うほど、彼らにとって好都合だ。 98

2015-01-18 20:46:38
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しかし、ギルダーの決意は固かった。「償いは受けた。イザベリはもう十分苦しんだんだ。僕の心臓を君にあげよう。どうか、イザベリの声を取り戻してくれ」 「どうしてです?」 踊り子が訊く。「僕はイザベリが目標なんだ。彼女がいないと、僕自身が壊れてしまう」 99

2015-01-18 20:50:30
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「お願いだ、イザベリの声を取り戻してくれ」 100

2015-01-18 20:56:56
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踊り子は静かにギルダーの目を見ていた。視線の向こう側、思考を読み取る。そして残念そうな顔をする。「あーあ、こういうことなら、最初から声を聞かせてしまえばよかったのです」 踊り子は右手を振った。すると、テントの奥や入口から、次々と猿面の男たちが現れる。 101

2015-01-21 21:53:22
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「それは、どういう意味で……? 願いは、どうなるのです」 ギルダーは困惑した。何かが仕組まれている。ただの取引ではないと、そう思わせた。「願いは叶えてもいいけど、あなたの心臓じゃダメだ」 踊り子はそう意地悪く笑った。そして、舞台に上る。舞台の上には、イザベリ。 102

2015-01-21 21:58:06
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「あなたの心臓はー、もう魔法が効かないよ。知ってる? 魔法の素材にいちばんいいのは、悩める心臓。後悔する心臓。深く、傷ついた心臓。脆くて壊れそうで、苦くて腐った心臓よ。あなたは音楽を取り戻してしまったもの。もうあなたの心臓に用は無いわ」 踊り子は舞台の上で踊る。 103

2015-01-21 22:01:20
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ギルダーは身体を動かすことができなかった。ただ、壊れた玩具のように瞬きを繰り返すことしかできない。イザベリは、苦悶の表情で踊り子とダンスを踊っていた。二人手を取り合い、くるくると円を描いて踊る。「イザベリ、あなたの負けよ。あなたの予想はすべて外れてしまったわ」 104

2015-01-21 22:06:41
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猿面の男たちが輪になって踊る。無造作に置かれた箱の椅子が宙に浮かぶ。「イザベリ、あなたはこう私に伝えたよね。ギルダーは自分の音楽を取り戻すために心臓を使うって。そんなことは無かったのよ。彼を破滅させるために、私たちを呼んだのにね」 踊り子はイザベリを抱きしめる。 105

2015-01-21 22:10:43
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イザベリの顔が歪む。彼女がこの魔法使いたちを招いたのだ。しかし、ギルダーは音楽を取り戻していた。そして……。「後に残ったのは、全て元通りになった彼とみじめな自分だけ」 踊り子は抱きしめたイザベリの耳元で囁いた。何故かその声はギルダーにも届く。 106

2015-01-21 22:13:54
減衰世界 @decay_world

「騙したって顔してるわね。でも、これは私にも意外なことだったよ。まさか本人の力だけで音楽を取り戻すなんてね。でも、言ったよね。当時、あなたの心臓は乾燥しすぎて素材としてうま味が無いって……でも、いまは違う。こんなにも、こんなにもおいしく実っている……」 107

2015-01-21 22:16:11
減衰世界 @decay_world

「もう少しでギルダーは心臓を失って、人形になっちゃうところだったのにねぇ、音楽を取り戻すために心臓を捧げても、心が機械になってしまえば無意味。そうして、あなたの作戦は成功するはずだったのにね……完全にギルダーから音楽を奪う作戦は、失敗したのよ」 108

2015-01-21 22:19:54