陸奥を亡くした長門の話

いろいろ考える矢矧bot（かわはぎ @Sakawalove_YHG

想像以上にその日は冷えて、私は一旦上着を取りに戻った。部屋の中から嗚咽が聞こえてきた。 どういうわけか、ひどく泣けた。#矢矧の手記_外伝

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私は木曾と話し合って、提督に直談判することにした。陸奥の現状報告及び、直ちに陸奥を解体および解任することの請願だ。あっさりこれは棄却された。頑として譲らない。#矢矧の手記_外伝

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当たり前だが提督は全て知っていたし最悪のシナリオまで覚悟していた。おそらく私や木曾なんかより長く激しい葛藤があったろう。私達がそれを上書きすることなんてできなかった。　#矢矧の手記_外伝

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「あらあら、ふたりとも、どうしたの？」と声が聞こえた。陸奥だった。うつむく私達を見やった後提督と陸奥は軽く目線をあわせて、全てを理解しあっていた。#矢矧の手記_外伝

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「ケッコン、できないんですって。今月も」と陸奥が、はにかんで言った。続報は二ヶ月後らしい。多分それは陸奥の余力から考えて無謀な期間だったのだろう。今思えば提督も陸奥も達観した顔だった。私はそれを余裕の表情かと勘違いした。頑張れか耐えてくれか、そんなことを言った。#矢矧の手記_外伝

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「幸せになるわ」と陸奥はこたえた。#矢矧の手記_外伝

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陸奥は左右だけでなく、前後までもうまく認識できなくなっていた。それでも陸奥の戦闘力は鈍らなかった。天才的なまでに磨かれたセンスと、異様な精度の射撃を行う艤装が、陸奥の狂いを完全にカバーしていた。#矢矧の手記_外伝

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本当の最後の最後まで、私達は陸奥の戦いに陰りを見つけることが出来なかった。最初であったときに左手で握手しようとした時点で気づいてやるべきだったのに。陸奥は本当に長い間隠し通してきたのに。#矢矧の手記_外伝

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――その日はいつもの様に陸奥が旗艦で、私と木曾も随伴として加わっていた。近海の本当に大したこと無い敵と、いつもどおりの戦闘をして終わる予定だった。#矢矧の手記_外伝

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戦闘を開始して陸奥が砲撃する。それで敵側も総崩れで戦意喪失。あとは軽く雑魚を払って終わりだと思っていた。余りに近い場所で主砲の唸りを聞くまではな。#矢矧の手記_外伝

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陸奥は敵ではなく近接していた私を撃った。練度に自慢のあった私の装甲でも、ひとたまりもなかった。大破も大破、粉雪のように装甲は砕けて散った。陸奥の煙立つ主砲を見て全て理解して、死んだと思った。#矢矧の手記_外伝

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陸奥は撃つ瞬間に気づいて、かろうじて手加減か急所を外すかしたのだろう。私のしぶとさも相まって首の皮一枚で繋がった。だが私が一番恐れたものはそんなものではない。膝を折った私を見ているだろう陸奥だ。#矢矧の手記_外伝

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私は最後まで陸奥の表情を見られなかった。私と陸奥以外の皆が敵艦を蹴散らす音を聞きながら、如何に私が無事か呟いたが……そんなもの、実際はどうかなんて陸奥が一番知っている。#矢矧の手記_外伝

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「長門、これだけは信じて欲しいの」と陸奥は言った。「私は長門が大好きよ」#矢矧の手記_外伝

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そして出した旗艦命令が、旗艦を私にうつし即時撤退することだった。旗艦は提督の管轄する艦船、戦闘を見て全てを知っている提督を私にうつす、ということはどういうことか……わかるな。#矢矧の手記_外伝

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陸奥は自ら沈むことを選んだ。だが最後、提督を抱えたまま沈むことに迷いが生じたのかもしれない。『迷いが』といったのは、提督は実際は陸奥と運命を共にすることを選んだからだ。二人には了解があった。#矢矧の手記_外伝

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「それはため息に立ち上る白煙、清めれば、瞳に宿る火、乱れれば、涙に満ちる海。小賢しい狂気、息の根止める苦汁にして、生命の甘露――」と陸奥は言った。後ろに居た木曾が一歩踏み出て言った。「『恋』か」#矢矧の手記_外伝

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「趣味の悪い一節憶えやがって」「あらあら、そうかしら。私、今ならすごく気持ちがわかるわ。ねえ、木曾っち」「その呼び方やめろって言ってんだろ！」……あとから聞いたら本を渡して木曾なりに陸奥を励ましていたそうだ。#矢矧の手記_外伝

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「木曾。大切な本を貸してくれてありがとう」「おい、ロミオとジュリエットなんかな！　今どき流行らねぇんだよ！　ふざけんな！　もっと頭空っぽで読めるもんあっただろ！　あんな残念恋愛物語参考にすんじゃねえ！」#矢矧の手記_外伝

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「貸してもらった本は、執務室の窓際の本棚に」「ああ！？　長門は無事だって言ってるのが分かんねえのか、俺達はまだ入渠すりゃ陸奥と違って直るんだよ！」木曾は吼えるように言った。#矢矧の手記_外伝

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「いいか、戦闘狂は卒業して隠居しろ！　ついでに提督としっぽりやってりゃいいんだ！　陸奥は戦わなくたって陸奥だろ！　陸奥の名をなくしても陸奥だ！　何の違いがある！？　貴様らの恋の何が変わる！？」#矢矧の手記_外伝

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「あら、意趣返しね……でも私達は、名を変えても同じように香る薔薇じゃないのよ。薔薇は香るために生まれたのではないけど、艦娘は戦うために生まれたのだから」「この……わからずや！」#矢矧の手記_外伝

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「わからないわ。私にはもう何もわからない」と陸奥は言った。「でも、ありがとう」#矢矧の手記_外伝

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「陸奥」と私は絞りだすように言った。それ以上何も言えなかった。言葉が思いつかなかった。もっとはっきり言えば、私はその時、陸奥にかける最後の言葉を予感していた。何も出てこない。#矢矧の手記_外伝

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「私ちょっと疲れちゃったから先に帰投して。絶対に振り向かないでね」と陸奥が言い、提督の命令が重ねられた。一人二人背を向けた、木曾は涙を拭って天に咆哮し、それから最後に残った大破状態の私を牽引し始めた。#矢矧の手記_外伝