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そもそも「宗教」って何だろう?

最近の衝撃的なテロや日本人殺害をめぐって、宗教の問題なのか、本当は宗教とは別の理由で起きた事なのか、或いは一部の特殊なカルトの問題か・・・とそこここで議論が白熱してますが、 ちょと頭を冷やして、我々が「宗教」と簡単に定義してしまっている前提から見直してみましょう。
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昨年末、中村圭志先生の上記ご著書を読み、とても面白かったです。(出版社の回し者ではありませんw)
知識としての宗教紹介ではなく、「宗教って何なの?」というそもそも論でありながら、一番蔑ろにされてきた部分を考え直してみるきっかけになる本だと思います。
それで、ご著書の中身と関連するツイートを見つけたので纏めました。

Keishi N 中村圭志 @7AChips

「諸宗教の対話が大事だ」というのはよいとして、この「宗教」をめぐって、キリスト教やイスラム教が盛んな西側世界の言説というのが、まあ、主流であるから、このあたりの「西高東低」にも留意しておく必要があるわけです。

2015-02-07 09:22:54
Keishi N 中村圭志 @7AChips

一般的に言って、日本人は一神教のことがよくワカランので、よくワカッている識者から「だから日本人は……」式にお叱りを受けたりするんだけど、しかし欧米の一般的言説では、彼らは仏教も儒教も道教もヒンドゥー教も、いわゆる多神教世界の事情をよく呑み込めてないらしいんですね。

2015-02-07 09:23:14
Keishi N 中村圭志 @7AChips

たとえば、一般向け図書の仏教の解説なんかでも、テーラワーダの主張に沿って古代のブッダ(釈迦)のことを記述して、大乗仏教がなんだかアヤフヤで、一挙にチベットや禅や創価学会に行ってしまう。漢字が読めないのと共産党があるのとで、中国がすっぽり抜け落ちている。

2015-02-07 09:23:32
Keishi N 中村圭志 @7AChips

このあたりについては、いつかまた書こうと思うのですが……。

2015-02-07 09:23:45
Keishi N 中村圭志 @7AChips

また、そもそも「宗教」ってカテゴリー自体に問題が含まれているわけです。これが、一神教世界の人には根本的に理解しにくい。

2015-02-07 09:23:59
Keishi N 中村圭志 @7AChips

話を単純化しますと、そもそもキリスト教やイスラム教を基準に「宗教」という概念が生まれて、それを世界中に適用していったわけですけど、たしかに世界中には「宗教」がある。しかし、その輪郭や思想的条件をめぐっては記述的にも規範的にも常に曖昧なわけです。

2015-02-07 09:24:21
Keishi N 中村圭志 @7AChips

で、ここには、「宗教」というカテゴリーを通じて、キリスト教・イスラム教的な認識が常に世界を支配していく、そういう力学のようなものがどうしても働いてしまう。

2015-02-07 09:24:35
Keishi N 中村圭志 @7AChips

思考実験として言いますと、A「キリスト教こそが十全なる宗教である。あとはみなどこか不完全である」という19世紀あたりまでは(欧米で)主流であった言説があるとします。

2015-02-07 09:24:50
Keishi N 中村圭志 @7AChips

次にB「いや、(たとえば)仏教だってその<宗教>の条件を完全に満たしている。同じ土俵に立っている。視点はまるで違うが、対等である」という対抗言説が出てくるでしょう。東西思想対決みたいな。この時点でBはAにカテゴリー的に依拠しています。

2015-02-07 09:25:05
Keishi N 中村圭志 @7AChips

ここでBを拒否することはすなわちAにくみすることだということで、平等平和なる現代世界では、Bを支持するのがよいということになります。AかBかの二元論は政治の世界ですね。

2015-02-07 09:25:20
Keishi N 中村圭志 @7AChips

しかし、冷静になって考えてみると、C「キリスト教ないしその理念的カテゴリーである<宗教>はひとつの話。仏教なり儒教なり(およびそれらの理想的カテゴリーX)は、また別のひとつの話」という割り切り方だってある。このXを《宗教》と呼んでもいいけど、遮二無二そう考える義理はないだろう。

2015-02-07 09:25:42
Keishi N 中村圭志 @7AChips

つまり、Aの時点で、「キリスト教は絶対」という意識と、「宗教は必須」という意識がダブルで出ている。父と子がダブルのカミサマであるみたいに、普遍(=宗教)と、普遍を体現したるという点で特殊なる特殊(=キリスト教)とがダブルで出ている。

2015-02-07 09:26:01
Keishi N 中村圭志 @7AChips

で、曖昧なる東アジアの住民は、「キリスト教は絶対」には対抗したんだけど、「宗教は必須」には対抗しなかった。それでBになるわけだけど、今になって考えるとCだっていいわけです。

2015-02-07 09:26:18
Keishi N 中村圭志 @7AChips

B式の処理の仕方は、東アジアなんかの伝統的精神状況のことを考えても、やっぱ問題が多いわけです。実際、日本人も韓国人も中国人もいったい儒教徒なんだか仏教徒なんだか道教徒なんだかどれでもないんだか、神道って何? 修験道って何? みたいな状況でしょう。

2015-02-07 09:26:45
Keishi N 中村圭志 @7AChips

いや、もっとこのあたりは紛糾してます。単に「何教」か区別できないというだけの問題じゃなくて。世俗と宗教の切り分けとか、神話と道徳の関係とか、全般的に問題になる。

2015-02-07 09:28:16
Keishi N 中村圭志 @7AChips

しかも、またややこしいことにABCだけで話は尽きない。D「でも、やっぱ、世界中に似たりよったり習慣や思想があるんだから、難しいこと言わずに、みーんな何かの<宗教>をもっています、でいいじゃん?」という立場もあり得るでしょう。

2015-02-07 09:28:35
Keishi N 中村圭志 @7AChips

このように書くとずいぶん俗ですが、日本の宗教学者は、これまで基本的にDで行ってきたんじゃないのかな。これはCに近いけど、ABCは何か「人類のあるべき道」といった倫理的な理想が裏打ちされているのに比べて、Dの立場は倫理的にフリーなんですね。

2015-02-07 09:29:05
Keishi N 中村圭志 @7AChips

じゃ、ホントにDでやっていけるのかというと、オウム真理教みたいのが出てくると、やっぱり何か規範のようなもので裁かなければならなくなるから、なんだか怪しくなる。この時点で、(論理パターンとして)A型になったりB型になったりC型になったりしなければならなくなる。

2015-02-07 09:29:19
Keishi N 中村圭志 @7AChips

で、私には何の結論もないんですけど、少なくとも、「宗教」ってのはこれだけややこしい概念なんだってことを、もっと世間の人々は知っていてもいい。しかしそれが難しいのは、やっぱり、宗教の記述は、植物学の記述なんかと違って、倫理的なものへの主体的コミットがどうしても入ってくるからでしょ。

2015-02-07 09:29:36
Keishi N 中村圭志 @7AChips

世の中には根本的に認識しづらいコトってあります。でも、それをすっぽ抜いて、「さあ、話し合いましょう」ってやらなきゃならないから、現代世界は難しいね。民主主義では話し合わなきゃならない。認識がずれてても。するとここにややこしい政治力学がってな話になる。

2015-02-07 09:31:03
Keishi N 中村圭志 @7AChips

ついでに言うと、たぶん2月に拙訳『世界宗教の発明』(トモコ・マスザワ先生著)がようやく出ます。こちらは「世界宗教」なんだけど、やっぱりキリスト教的規範に世界が引っ張られてしまう構図を扱った本です。

2015-02-07 09:31:19
Keishi N 中村圭志 @7AChips

「世界宗教」ってのは、もともとはユニバーサルな、つまり普遍的(とされる)宗教のことです。それが今では世界中にあるローカルな宗教を仲良く対等に並べた概念になっている。「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」「シク教」「ヒンドゥー教」「仏教」「儒教」「道教」「神道」といった式に。

2015-02-07 09:31:43
Keishi N 中村圭志 @7AChips

なお、藤原聖子先生が指摘しておられるけれど、日本でいう「世界(三大)宗教」ってのは、19世紀あたりの「民族宗教」VS「世界宗教」的な議論の名残で、欧米ではお蔵入りになった概念だそうです。

2015-02-07 09:31:56
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コメント

夢乃 @iamdreamers 2015年2月7日
私にとっては、「宗教とは、人の生活をより豊かにするための、道具」 http://togetter.com/li/779532 このまとめのような歴史的観点などは皆無(^^;
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欠点’s @weakpoints 2015年2月7日
宗教=ウンコ。 扱う人間の想像力で如何様にでもなる代物
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オタクモドキと化したぜるたん @the_no_plan 2015年2月7日
「人類は衰退しました」でも書かれていたとおもうけど、宗教って発明品の一つなんだと思う
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ロイミロ(6136########) @hsgwkyt 2015年2月7日
宗教ってその効果を見る限りは、「そのコミュニティ内で成立している合意(法)」以外の何物でもないんだけどな。「人のいないところに宗教教義無し」ってね。
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T.K. fukushimaタグ付けよう @aizujin_k 2015年2月7日
まとめを更新しました。本紹介(アマゾン)へのリンクを画像にしました。
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冷たい熱湯 @Tuny1028 2015年2月7日
似たような話で、日本の神々は果たしてgodなのか? というのがありますな。spiritじゃないのかと言う人もいるそうで
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T.K. fukushimaタグ付けよう @aizujin_k 2015年2月7日
Tuny1028 そのあたりも中村先生が本の中で面白く解説しておられます。戦国時代来日した宣教師がデウスを日本語にどう訳すか苦労した話とか、仏がなぜ神と別の名前で呼ばれるかなど。
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ゆゆ @yuyu_news 2015年2月7日
宗教はそもそも自己正当化のためのものだと思う。一神教は絶対者を定義してその信者に絶対正義を与えるものだし、自然崇拝的な多神教もそれを信じる人たちにその地で生きることに大義を与えるものだ。
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平尾 由矢(パブリックエネミー) @astray000 2015年2月8日
一時期は、宗教の教義が現代の法律みたいな権威を持ち、扱われていた時期があり、宗教を重視する気持ちの一つには、そうした要素を、憲法・法律が人々の言動を律する現代でも引きずっているのではないのでしょうか?
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平尾 由矢(パブリックエネミー) @astray000 2015年2月8日
単純に、自由民主主義的な憲法・法律は『飽く迄、個人の基本的人権を侵害する行為を律するもの』ではあるが、それだけでは足りず、道徳的な部分での言動を律する道具として『宗教の教義』の役割を期待している、と。
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白山雪男 @Shiro2w22 2015年3月2日
世界宗教になろうとする指向性をその宗教自体が持ち、それを成し遂げる実力がある(あった)宗教を世界宗教、とするなら「世界宗教」という呼称はふさわしい。
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