一般設計学と後期クイーン的問題
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工学設計においては、吉川の一般設計学に始まる概念設計の理論がよく知られている。概念設計では設計解を機能の実体概念化として捉え、機能を満足する実体概念が複数存在する時これを設計自由度と呼ぶ。設計自由度の存在により、設計解を導く推論規則は演繹ではなくアブダクションとなる事が分かる。
2015-02-07 13:27:49ところで、設計解即ち実体概念を導く機能には全体機能と部分機能とがあり、全体機能は部分機能の集合によって実現される。例えば自動車の場合、『人を運ぶ』という全体機能は、『エンジンがシャフトを回転する』、『シャフトがタイヤを回転する』、といった部分機能の集合によって実現される事が分かる
2015-02-07 13:35:50全体機能から部分機能の部分集合を求める事を機能分解と呼び、機能分解により求められた部分機能に対し、それを実現するための設計解要素が得られる。設計解要素を組み合わせる事で、全体機能を実現する設計解が得られる。田浦に従い要約すると『全体機能⇒部分機能⇒設計解要素⇒設計解候補』となる。
2015-02-07 13:46:32概念設計はこのように、科学的方法とは逆のプロセスを辿る。科学的すなわち分析的方法とは、『どうあるか』、つまりすでに存在するものの解析、分析を行うものである。これに対し概念設計は、『どうあるべきか』、つまり未だ存在しないものの綜合を行うものである。工学設計ではこれをシンセシスと呼ぶ
2015-02-07 13:53:51設計の文脈においてアナリシスは、実体からその機能を明らかにする作業であり、シンセシスはその逆に、機能を満足する実体を求める作業である。前者は概ね演繹的に、後者はアブダクティブに実行される。さて、以上を踏まえ、概念設計の構造が探偵小説の文脈ではどのように解釈されるかを見て行きたい。
2015-02-07 14:00:45冨山によれば、機能とは『ある実体をある状況に置いたときに発現する属性によって観察される挙動を、人間が特定の意図を持って主観的に観察したときに、発現している人工物のはたらき』とされる。例えばここに指紋があったとする。この指紋が凶器に付着していれば、これは手掛かりとして機能する。
2015-02-07 16:24:29言うまでもなく、ここで言う手掛かりとしての機能とは部分機能の事である。そうならば、ここで言う全体機能とは、真相を説明する仮説と考える事ができるだろう。手掛かりは寄せ集まる事で、真相を説明する仮説として機能するのである。これらを踏まえると、探偵小説におけるアナリシスの意味がわかる。
2015-02-07 16:47:36探偵小説におけるアナリシスとは、真相なる設計解を分解し得られる、指紋なる設計解要素が殺害現場に置かれていたとき、この状況から発現する部分機能としての手掛かりの集合から、全体機能に相当する仮説、真相を説明する為の仮説を構築するプロセスに他ならない。これはまさに探偵行為そのものである
2015-02-07 17:07:31ならば探偵小説におけるシンセシスとは、真相を説明する為の仮説を手掛かりなる部分機能に分解し、ここから指紋等の設計解要素を導出し、これら集合に設計自由度である世界設定や人物造形を加味した作品世界を構築するプロセスという事になる。これはまさに、探偵小説作家の創作プロセスに他ならない。
2015-02-07 17:25:53ところで機能は『人間が特定の意図を持って主観的に観察したときに発現しているはたらき』であるから、ある実体が手掛かりかどうかは探偵の恣意性に左右される事になる。これはどういうことだろうか。手掛かりは事件により峻別されるというのが先の結論であり、手掛かりは客観的に定まるように思える。
2015-02-07 17:43:54機能が実体に意味を付与するならば、探偵が恣意的に選んだ手掛かりも、事件から逆算し峻別された手掛かりも、どちらも仮説形成の部分機能としての役割を果す事に変わりないものの、多くの場合両者は一致しない。両者が一致するのは、探偵が手掛かりから構築した仮説が真相を説明できた場合に限られる。
2015-02-07 23:02:26問題は、この仮説と真相との一致度を、探偵はいかにして検証できるかである。そもそも手掛かりとは事後的に得られるものだから、大抵の場合、過去に起きただろう真相を完全に復元できるだけの痕跡を残さない。これは、事件から逆算し峻別された手掛かりでも同じで、仮説は真相を完全には再現できない。
2015-02-08 07:56:03仮説と真相の一致度を探偵が検証しようとした場合、仮説が予言する新たな手掛かりの可能性を抽出し、これを実際に見つけるか、もしくは偶然見つかった手掛かりが仮説と矛盾しない事を確認するか、このいずれかしかない。新たな手掛かりが仮説と矛盾しなければ、探偵の仮説はより尤もらしさを増していく
2015-02-08 08:05:39言うまでもなくこれは、反証主義者の言う科学的行為そのものに他ならない。そして科学が反証可能であると同じく、探偵の構築する仮説も反証可能である。という事は、探偵が恣意的に選んだ手掛かりが、事件から逆算し峻別された手掛かりと完全に一致しても、それでもその仮説には反証可能性が残るのだ。
2015-02-08 08:13:44探偵がどれだけ非の打ちどころないかに見える仮説を構築し真相を説明しようと、その仮説からは反証の余地を排除できない。これはまさに後期クイーン的状況である。作者は正しい仮説を考え、これを探偵が推理し辿りつく仮説として機能するように、設計自由度まで考慮し作品即ち設計解をシンセシスする。
2015-02-08 08:30:12作者が考えた仮説からシンセシスした作品世界において、探偵がアナリシスによりその仮説を見事言い当てても、その仮説から反証可能性を排除する事は出来ない、即ち後期クイーン的不安は排除できない。まして現実には真相を完全に復元できる痕跡は残せず、その為現実には最適仮説が複数存在する事になる
2015-02-08 08:51:01従って現実の探偵小説では、作者が考えた仮説と、シンセシス、アナリシスを経て得られた仮説、即ち探偵の考えた仮説とを、完全に一致させる事すら困難になる。作者の意図通り探偵が推理してくれるとは限らない、これはゲーデル的側面、自然科学的側面と共に、後期クイーン的問題の新たな側面と見なせる
2015-02-08 08:57:32読者の推理が非の打ちどころなく、しかし結末は読者の推理と一致せず、かつ作中推理も非の打ちどころない時、ここに新たな後期クイーン的状況が発現している。作者がどれだけ唯一解を指向しようとも、手掛かりが事後的にしか得られないものである限りにおいて、現実には解は複数解となってしまうだろう
2015-02-08 09:14:37与えられた手掛かりから複数の仮説が導かれ、それらに優劣がない場合、探偵は真相に辿りつけない。そして、探偵がさらなる手掛かりを収集したとしても、それらが事後的に得られたものである限り、事後的手掛かりから事前に起きたであろう真相を完全に復元する事は、現実には不可能ではないだろうか。
2015-02-08 09:21:49