「千の想いを」~番外編・天城がいた頃/夏の日(#6)~
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射出弓の持ち手部分に巻かれた滑り止めを指先でなぞる。ざらざらとした感触が何故か感情を落ち着かせる。 そのまま、軽量で強いながらしなやかな金属で覆われた表面をなぞっていく。つるつるとした冷たさが、感覚を研ぎ澄ませていく。
2014-10-19 22:45:58普通の人としての生活から離れて、まだ半年すら経っていないというのに。 艦娘として自分の何かがもう大きく変わってしまっているのだと、赤城は静かに自覚する。 明日には。 明日の出撃で死んでしまう可能性がある事を、いつの間にか恐怖を感じていない自分がいた。
2014-10-19 22:53:10怯えても、それは力にならない事を知っただけだ。 震えても、それは狙う事の妨げにしかならないと。 負けるはずがない、それだけだ。 沈むわけがない、漠然と信じる。 自惚れや慢心ではなく、そう信じさせてくれるだけの『仲間』がいるのだと、今日までの日々で理解している。
2014-10-19 22:56:24メンテナンスの仕上げのワックス掛け用のクロスを置き、射出弓を仕舞う。充電用のプラグを差し込むと、本体の光沢に映る細長い自分の姿が目に入った。
2014-10-19 23:00:38鎮守府最強と称される姉はどんな想いで戦い続けてきたのか。 赤城は工廠を後にし、いつも通りに寮の自室を目指す。 明日の為にと、今日の訓練は早目に切り上げられたのでまだ夕日が沈み切ってもいなかった。赤橙の世界の中を、赤い衣装の少女が歩く。
2014-10-19 23:04:05部屋に戻ると、ベッドに横たわっていた天城の声に笑顔で返す。 上着を脱ぎつつ、タンクトップにショートパンツの姿の姉を見やる。今日も何も任務や演習を行っていないらしい。実のところ、天城は毎日こうして部屋にいるきりだ。尋ねた事もあるが「へーきへーき」と返されたのでそれ以上言えもしない。
2014-10-19 23:12:11何か作っているのか、やたら工具や鉄細工が机や床に転がっているのをよく目にする。何を作っているのか、作業している姿やその物自体は見た事が無いのだが。隠しているのだろうと、そう思えば敢えて聞けないのも赤城の性格だった。 聞いても、嘘を言われるだけだろうとわかっているのもあるが。
2014-10-19 23:17:44部屋着になってから、ぽつりと告げる。 口を閉じてから、姉の姿を視界の中心に納めた。 本人は、枕に頭を乗せたまま眼球だけを動かして妹の視線を受け止める。
2014-10-19 23:20:06ショックを顔には出さずに赤城が続ける。 家の話を出すのは初めてではないが、出すのを控えていたのは事実だった。
2014-10-19 23:24:46身を起こしながらの返事に、赤城はわずかに驚かざるを得ない。 ぼさぼさになった長髪をかき上げている姉を、思わずまじまじと見詰めてしまう。
2014-10-19 23:28:02