菅原さんが車で不思議な道に迷い込むお話

内容が内容なのでなんでも許せる方推奨です。
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青るい @rui4444

菅原さんは社会人5年目ぐらいになって、普通にサラリーマンしてる。新人でもないベテランでもない微妙な立ち位置にいるのと、頼みやすい人柄もあって色んな新しい仕事を任されて、毎日帰るのは深夜。もちろんもうバレーボールなんて触る暇すらなくなってしまった。

2015-02-14 22:50:10
青るい @rui4444

部活のメンバーには社会人になってから年に数回しか会えていない。昔のことを思い出す時間の余裕もない、毎日車で職場を往復するだけの生活。

2015-02-14 22:53:02
青るい @rui4444

車の中で煙草を吸いながら、適当なラジオを聞いて運転するのが今の彼の心穏やかな時間でもある。

2015-02-14 22:55:57
青るい @rui4444

その日も、最後に職場を後にして車に乗り込む。適当なラジオを流して知りもしない最近の曲を聞きながら、ぼんやりと帰路を走る。いつもの道を直進しながらふと気付くと「あれ、こんな道だったっけ?」

2015-02-14 22:59:34
青るい @rui4444

でもどこでも曲がってないのに、違う道を進むわけない。いつも気に留めず走ってないから、あんま風景覚えてなかったのかなって思う。いつもの道のような、そうでもないような、不思議な感覚。別段怖いとかそういう気持ちはなかった。「もう少し走ったらよく知ってるコンビニとか見えてくるのかも」

2015-02-14 23:02:28
青るい @rui4444

赤信号で止まると、横断歩道を学ラン姿の高校生が歩いていく。こんな時間に…塾帰りかなって思いながら、そういえば部活引退後、遅くまで大地と自習室に残って勉強したっけとか、帰りに受験しない旭まで待ち合わせていてくれて、3人で公園でさむいさむい言いながら話してたら補導されそうになったり…

2015-02-14 23:10:03
青るい @rui4444

部活が終わってしまった虚無感と、受験への焦燥感を掻き消すように3人でくだらないことではしゃいだ。これが終わったらその先にはキラキラした未来が待ってるっていう期待も抱きながら。フゥ…と煙草の煙を吐くと視界に白いもやがかかった。さっきの高校生が一瞬こちらを見た気がする。

2015-02-14 23:13:41
青るい @rui4444

はっきりとは分からなかったけど、なんだか大地みたいな顔だった。そして俺を見てきゅっと唇を噛み締めたようなすごく切なげな表情だった。もやが消えるころにはその3人組は横断歩道を渡り終えていた。別々の帰り道らしく1人と2人に分かれてバイバイと手を振り合っていた。

2015-02-14 23:20:04
青るい @rui4444

2人は俺の車の横を通り過ぎて、後方バックミラー越しにわいわい話しながら消えていった。一番背の低い高校生は、俺と同じ方向にとぼとぼと歩きだしていた。青信号になって彼を抜かしたすれ違い様、微かに泣いているように見えた。そしてそれは紛れもなく「高校三年生の菅原孝支」だった。

2015-02-14 23:27:14
青るい @rui4444

少し驚いたけど、そんなこともあるのかなって妙に納得してしまった。きっと連日の疲れが変な幻覚を見せているのだろう。凸凹に並ぶ3人の後姿を思いだして、少しおかしくなってくる。ぼろ雑巾のようにくたってしまった心に優しく染み込んだ。

2015-02-14 23:34:29
青るい @rui4444

「楽しかったな…」車は相変わらず見たことのあるようなないような道を直進していく。あの高校生の菅原孝支は無事帰れたのだろうか。2人と別れた後の彼の足取りは重かった。「…そうだ…」思い出した、わざとゆっくり歩いていたのだった。家に着くまでに涙を乾かすために。

2015-02-14 23:46:17
青るい @rui4444

あの頃を思い出して喉の奥がぎゅっと詰まるような気持ちになったけど、反してラジオでは場違いな軽快な曲が流れ始めて少しは気が晴れた。あの時目指した未来はこんなものだったのだろうか。虚しくなったけど、大人になるということはこういうものなのかもしれない。

2015-02-15 00:01:48
青るい @rui4444

久しぶりに皆に会いたくなった。俺みたいな生活をしてるやつもいるのだろうか。年に数回の集まりでも、そういうことに関しては詳しく聞くことができなかった。なんだか皆は自分を置いてずっとすごい人になっている気がして。自分が聞かれれば「まずまずかな」と笑ってすましていた。

2015-02-15 00:10:02
青るい @rui4444

気づいたら涙がボロボロとこぼれおちていた。大丈夫、今は帰るまでに泣きやまなきゃなんて考えなくていい。だって家には誰も待ってはいないのだから。赤信号と道路脇の街灯の光がぐにゃりと滲んでいく。早く帰ろう。まだ帰ってからも仕事が残っている。止まっている時間はない。 コンコン。

2015-02-15 00:21:59
青るい @rui4444

気付いたら助手席の扉を叩く見知った顔がいた。 「菅原さん。」 「影山…?」

2015-02-15 00:23:49
青るい @rui4444

そこには社会人の影山がいた。「なんでお前、こんなところに…」 「乗せてください。」いつになく真剣な眼差し。横断歩道の青信号がチカチカしはじめる。もうそろそろ信号が変わってしまう。「あー信ご、てか危ねぇ!…すまん、助手席いっぱい荷物のってるから後ろに乗って…!」「ッス」

2015-02-15 00:29:41
青るい @rui4444

失礼します、と飛び乗った影山は、確かに今俺と付き合ってる…と思う影山飛雄だった。付き合ってると思うってのは、最近連絡をさっぱりとっていなくてもはや自然消滅したとも言えそうな関係だったから。

2015-02-15 00:35:06
青るい @rui4444

プロ選手としてどんどん有名になっていく影山と自分を比べてなんとなく気まずさが募っていって、忙しいことを理由に電話をとらなかった。何回か家にも来てくれたようだけど会社に泊まっていたタイミングと被って会えなかった。それでも「別れよう」と切り出せなかった自分は相当人間が腐っていると思う

2015-02-15 00:39:47
青るい @rui4444

「菅原さん…すいませんでした。」後部座席に行儀よく小さく座る影山はまるで叱られた子供のようだった。「いや…お前が謝るのは違うだろ…俺が全部悪い、ごめん…。」影山のことだから自分が何かしたと相当落ち込んだに違いない。

2015-02-15 00:46:19
青るい @rui4444

それでもそのまま放っておいたのは自分のことで落ち込んでくれる影山が愛しいと思ったから。本当にひどいとしか言いようがない。「俺は…お前が羨ましかったんだよ…嫉妬してた。影山のこと好きになるほど、自分が嫌いになる。」ラジオはバラード調の曲が流れ始めた。今年のレコード大賞らしい。

2015-02-15 00:51:39
青るい @rui4444

車は相変わらず直進する。会社から自宅まで20分くらいなのにもう1時間は走り続けていると思う。そろそろ夢もさめてほしいものだ…仕事を終わらせなければいけないのに。助手席の山のような荷物にチラリと目をやると絶望的な気持ちになる。「俺は…菅原さんの方が羨ましいです…。」

2015-02-15 00:58:04
青るい @rui4444

「俺にないものいっぱい持っててスゲくて…菅原さんに会ってなかったら俺は今頃プロの選手になれてないと思います。それで…これからも菅原さんがいないとダメなんです。」

2015-02-15 01:01:05
青るい @rui4444

…上手く言葉が見つからない。ただ純粋に自分を必要としてくれる影山が愛おしかった。でも彼の必要としている「菅原孝支」は多分俺とは別の人物だ。俺はすごくもないしなんにも持っていない。むしろこれ以上一緒にいたら影山から色々なものを奪ってとんでもないことになりかねない。

2015-02-15 01:13:59
青るい @rui4444

ハンドルをぐっと握りしめる。「俺は…ダメじゃないかな」絞り出した声は変に裏返ってしまった。「え…」「俺は影山がいなくても大丈夫…だってこと…」声が震える、ちゃんと伝わっただろうか。影山からミラーに顔が映らないように少し俯く。かっこ悪すぎる。

2015-02-15 01:19:06
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