「石田三成の青春」第二話「出仕~長浜城へ」

「新選組 試衛館の青春」「独白新選組」の著者 松本匡代先生によるTwitter小説のまとめです。
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松本匡代@早耳屋お花事件帳&試衛館の青春&独白新選組&夕焼け土方歳三はゆく&石田三成の青春 @mk106732

出仕~長浜城へ        (一)  長い五月の日が暮れて、夜の帳が下りる頃。ここは、近江国坂田郡石田村。郷士、石田藤左衛門正継の屋敷、奥の一室。さきほどから主の正継が少しばかり悩ましげな様子で座っている。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:03:00
松本匡代@早耳屋お花事件帳&試衛館の青春&独白新選組&夕焼け土方歳三はゆく&石田三成の青春 @mk106732

そこへ、この家の嫡男・正澄が急ぎ足で廊下を歩いてきたかと思うと、部屋の入り口で跪き、奥にいる正継に声をかけた。 「父上、正澄、参りました」 「入れ」 正継が応じると、 「失礼いたします」 部屋に入ってきた正澄は、 「お呼びでございますか」 と頭を下げた。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:05:10
松本匡代@早耳屋お花事件帳&試衛館の青春&独白新選組&夕焼け土方歳三はゆく&石田三成の青春 @mk106732

「まあ、もそっと近う」  正継が促し、二人、向き合って座った。 「佐吉はもう、寝たか」 「はい、ご住職様が帰られて、まもなく」 「そうか」  正継は短く答え黙った。話をどう切り出すか思案しているようすだ。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:06:05
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正澄も黙って父の言葉を待っている。呼ばれて来た正澄にしてみれば、そうする他はない。それでも父親とふたりきりの沈黙の息苦しさに耐えかねたのだろう、 「父上、何か…」  話の先を促した。 「ああ、佐吉のことだが」  促されてようやく正継は話し始めた。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:08:01
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「この度の件、お前はいかが思う」 今年で十五歳になる下の息子佐吉は、石田村から山一つ越えた大原の庄にある観音寺という寺に通って学問などの修行をしている。その佐吉が、たまたま寺を訪れた新しい領主である長浜城主・羽柴秀吉の目に止り、召し抱えられることになったのだ #石田三成の青春

2015-02-09 18:11:01
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「ありがたいお話かと」  冷飯の三男への仕官の話、それも昨今にわかに台頭して飛ぶ鳥をも落とす勢いの織田信長の重臣のひとり羽柴秀吉への仕官なのである。願ってもないことだ。正澄の答えは当然である。当然の答えではあるのだが、どこか歯切れが悪い。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:12:11
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この話を聞いたときから、正継は正澄の態度が気になっていた。 「良かったな。心を尽くしてお仕えせねばならぬぞ」  一応兄らしい言葉をかけてやっているのだが、まるで心がこもっていないように正継には思えるのだ。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:13:01
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弟思いの正澄だ。それに人としての器も自分より大きいと正継が目を細める自慢の嫡男。弟の幸運を妬むようなことはあろう筈がない。  では、いったいどうしたというのか。 「何か気になることでもあるのか」 「え」 「心底から喜んでやってないように見えるのだが」 #石田三成の青春

2015-02-09 18:14:44
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「そんなことは…」  ございません。  正澄は、そう否定しようとしたらしい。が、途中でやめた。否定できないようだ、あるいは、正継に言われて初めて、心底から喜んでいない自分に気がついたのかも知れない。  暫し沈思し、自分の思いを確かめているようだった。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:16:11
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「何かあるのなら、言うてみろ」  促されて正澄は、思い切ったように話し始めた。 「羽柴様からの佐吉へのお話は、ありがたいと思います。また、佐吉ならば、羽柴様のおそば近くにお仕えしても立派にお役に立てると存じます。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:17:13
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が、ついこの間まで、我らは、小谷のお殿様のために働いておりました。横山の戦では、織田様の将である羽柴様の兵と刃を交えました。勿論我らは、小谷のお殿様の家来であったわけではないし、故に浅井の御家が滅んだ今、義理立てせねばならぬ理由はどこにもありませぬ。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:18:26
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されど、ならば、我らの大義は何処にあるのか。それを考えたら、何か判らなくなってしまって…」  そうだったのか  正継は目の前の悩める嫡男を愛しげに見つめた。 #石田三成の青春

2015-02-09 18:19:21
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武士道が未だ確立されていなかった当時、正式な家来であっても比較的簡単に主を替える。ましてや正式な主従関係のないものが、その時々で味方する相手を替えようと、何ら非難されることはない。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:03:03
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正継たち郷士は「村の武士」といわれるように村との結びつきが強い。だから戦のとき  は普通その村を支配する領主につく。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:04:25
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この前の浅井と織田の戦では浅井の兵として従軍した。結果、織田が勝ち、浅井が滅び、織田の将の一人である羽柴秀吉が、旧浅井領の主となり長浜城を築いた。石田村も秀吉の支配下になる。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:05:22
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もし、今後この土地で秀吉が戦をするならば、正継たちは秀吉軍の兵として戦うことになるだろう。  昔から、郷士たちはそうやって生きてきた。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:06:21
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ちと、律儀に育てすぎたか。  正継は、正澄の顔をしげしげと眺めた。正澄の澄んだ目が、父に答えを求めている。  正継は子供たちに学問を薦めた。当時学問といえば主に儒学だ。その学問の基本が「忠孝」であり「大義名分」なのだ。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:07:29
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十九歳、まだまだ若い正澄には、ついこの間まで浅井に味方し、敵として戦った秀吉に仕えるというように、その時々で主を替える郷士たち生き方は、「忠」に反し「大義」のないものに思えるのかもしれない。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:10:25
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正継は自分の前に座る嫡男を見つめ、溜息をついた。しかしその溜息は決して不快さから出たものではない。  まっすぐな若者に育ってくれた。 そんな思いに、正継の口元が小さく綻んでいた。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:13:20
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とはいうものの、この若く律儀すぎる息子に、自分たちが戦国の世を生き抜いてきた知恵を、どう話せばいのか。 自分たちの生き方は、忠義の道に反し、大義のないもの。 そんなことは微塵も思わせてはいけない。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:14:55
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正継は暫し考えた。そして、 「我らの大義は、村を守ること」  自分でも驚くほど、きっぱりと言った。 深く考えての答えではなかった。考えあぐねたあげく、自然に口をついた言葉だ。が、それを口にしたとき、正継は、  そうか、これだ。   と思った。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:18:18
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今まではっきりと意識してはいなかったが、自分たち郷士の役目は村を、村の人たちの暮らしを守ることなのだ。 「よいか正澄、我らが忠義を尽くす相手は、その時々のご領主ではない。いつのときも我らはこの村の為に働き、この村の人々の為に命をかけるのだ」 #石田三成の青春

2015-02-10 19:19:29
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自分自身をも納得させるように言う正義の言葉に、 「村のために…」  正澄はそう呟いて黙考する。父の言葉を反芻しながら、懸命に考えているようだ。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:21:48
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暫くののち、正澄の表情がパッと明るくなった。それを見逃さず、正継が、 「納得できたか」  と訊いた。 「はい」  答えた正澄は、なんとも清々しい表情だ。 #石田三成の青春

2015-02-10 19:22:47
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