【朝菊】カークランド提督と駆逐艦本田菊の話

昔のまとめ
2
ひなこ @ak_hinako

あのカークランド提督が珍しく秘書艦を連れて歩いている姿を見たと風の噂で聞いて、良かったじゃん坊ちゃんって目元を和ませるお隣の鎮守府のボヌフォア提督ね。

2015-01-12 02:15:44
ひなこ @ak_hinako

新しい本田さんが着任して最初のうちは特に問題もなく秘書艦として務めてたんだけど、本田さんが淹れた緑茶を飲む時とか本田さんが報告書を読み上げる時とか、カークランド提督がどこか懐かしそうに目を細めるものだからよく分からない感情が芽生えて苦しくて仕方ない本田さん(お約束の展開)

2015-01-12 02:24:45
ひなこ @ak_hinako

ある日の出撃で大破して帰投した本田さんにアーサーが血相変えて、すぐに入渠しろ、いいな?ってこわい顔で指示する。「あの、私は後で良いので他の子たちを先に…」「馬鹿ッどう見てもお前が一番ぼろぼろじゃねえか!強い艦までやたら庇おうとするのはお前の悪い癖だ。…そういう所はそっくりだよな」

2015-01-12 02:33:52
ひなこ @ak_hinako

ただでさえ自分が大破したせいで撤退する羽目になって不甲斐なくて落ち込んでたのに提督が『誰か』と自分を比べるようなことを言うからますます気持ちがぐちゃぐちゃになる本田さん。「…別に、どうだっていいでしょう。私は貴方の『本田菊』じゃないんですから、そんなに大事にされなくてもーー

2015-01-12 02:42:18
ひなこ @ak_hinako

ーー私はどうせ『二人目』ですから」その瞬間、パンッと乾いた音が響く。「…お前がいま大破してるからこの程度で押さえてやる。二人目だと?誰がいつそんなことを言った?そんな理由で自分を粗末にして、俺を心配させて楽しいのか、お前は」白皙の面を怒りと悲しみで歪ませてカークランド提督が呻く。

2015-01-12 02:55:44
ひなこ @ak_hinako

「さっさとドックに行け。それからーーもう此処には来なくて良い」実質の秘書艦解消通告を言い渡されてふらふらしながら執務室を出る本田さん。「キクー!ちょうどよかった、私これから出撃デース!いつもみたいにギュッてしてくだサ…ってキク泣いてる?!わお酷い傷!早くお風呂に入るデース!!」

2015-01-12 03:09:15
ひなこ @ak_hinako

比べていたつもりはない。型式も性能も全く同じ艦だ。見た目は変わらないし声だって同じだ。もし『彼』が生きていて二人が並んでいたら、どちらがどちらかなんて分からない。絶対に見分けが付かないーー他の人間には。 彼に『二人目』と言わせたのは自分だ。アーサーは深く息を吐いて掌で顔を覆った。

2015-01-12 21:57:32
ひなこ @ak_hinako

出撃遠征補給入渠…他の艦娘たちと同じ生活は忙しく日々充実しているはずなのに、どこか物足りない。夜に執務室から灯りが漏れていると気掛かりで仕方ないのに、ドックや工廠で提督の姿を見かけると思わず物陰に隠れてしまう。鎮守府から逃げるように、菊は進んで長い遠征ばかり受けるようになった。

2015-01-12 22:12:29
ひなこ @ak_hinako

いつもの慣れた遠征コース。自分より小さな駆逐艦を連れて任務を遂行し、帰投する途中だった。突然現れた一体の深海棲艦に不意をつかれて隊列を崩す。もう此処は鎮守府の近海だ。たとえ一体とてこれ以上近付けるわけにはいかない。菊は抜刀して外洋に向き直ると他の娘達に鋭く指示を飛ばした。

2015-01-12 22:27:45
ひなこ @ak_hinako

「貴女たちは急いで鎮守府に戻って皆に知らせてください」「わ、わたしたちも戦うわ!」「この一体だけとは限らないんですよ。もしも此処を抜けられたらもう後がない。提督への報告が先です、いいですね?」固い表情で頷く少女に緩く笑って、菊は身に付けていた軍服の飾り釦を一つ千切ると放って渡す。

2015-01-12 22:42:08
ひなこ @ak_hinako

「…それをカークランド提督へ渡してください」返事を待たずに水面を蹴る。対峙する相手は一体。けれどその禍々しさは恐らくーー。 (《駆逐棲鬼》…どうしてこんな場所に…!) ただの駆逐艦ならば負けはしないが《鬼》クラスとなると話は別だ。先ほどの娘達と一緒に戦ったところで勝ち目は無い。

2015-01-12 22:55:49
ひなこ @ak_hinako

菊は鋭く敵を見据え刀を構えた。「…こんな年寄りが相手ではつまらないかもしれませんが、少々お付き合い頂きますよ」鬼の目が爛と深紅に光る。青白い腹には大きな傷痕があった。

2015-01-12 23:03:56
ひなこ @ak_hinako

遠征に出た第三艦隊が定刻を過ぎてもまだ戻らない。じりじりしているとにわかに外が騒がしくなり、アーサーはほっと緊張を解いた。もうじき第三艦隊旗艦の本田菊が遠征の報告を上げに自分の元へ来るはずだ。そう思っていたアーサーの耳に届いたのは、いつもの控え目なノックの音ではなかった。

2015-01-12 23:14:37
ひなこ @ak_hinako

これは思ったより持たないかもしれないーー。破れて纏わり付く服を引きちぎり、菊は大きく呼吸を繰り返した。足の速さは五分、その他は圧倒的に相手が優っている。今のところ敵の随伴艦は見えないが、正直周りに気を配る余裕などない。刀を握り直す。機を図っていると、ふと《鬼》が顔を上げた。

2015-01-12 23:30:21
ひなこ @ak_hinako

白い髪、深紅の目、青白い肌。 深海に棲む暗く冷たい怪物。 その正体に気づいてはならない。 彼らのはじまりを暴いてはならない。 ーーその瞳の奥を覗いてはならない。 「まさか貴方…《一人目》の…?」 瞬間、轟音が響く。

2015-01-12 23:43:10
ひなこ @ak_hinako

左舷へ被弾。がくりと力が抜け、左脚が膝まで海に沈み込む。抜かった。すぐに魚雷で応戦するも着弾した様子はない。足がやられた今、これ以上留まることは自殺行為だ。自力で航行できるうちに撤退しなければーー理性はそう諭すのに。撤退しろと、頭の中では提督の声もうるさく聞こえるのに。

2015-01-13 00:00:24
ひなこ @ak_hinako

「…すみませんが、ここを通すわけにはいきません」あと一撃でも受ければ折れてしまいそうな刀を真っ直ぐに相手へ突きつける。「たとえ貴方が、どれだけカークランド提督の元へ戻りたいと望んでいても、」《鬼》が目を見開く。菊は自分が笑みを浮かべていることに気づいた。ああ何だ、そうだったのか。

2015-01-13 00:26:55
ひなこ @ak_hinako

「提督の秘書艦は私です。他の艦でも、貴方でもない。あの人の『本田菊』は……もう、私だけです」一人目と比べてるだとか姿を重ねてるだとか、そんなのはきっと当然のことだ。これからだって《三人目》や《四人目》が現れる。そのことを考えると少しだけ切なかったが、今やるべきことは一つだけだ。

2015-01-13 00:47:15
ひなこ @ak_hinako

刺し違えてでも此処で敵を止めること。 《一人目》の変わり果てた姿を、提督にだけは絶対に見せてはいけない。「…貴方を提督と会わせるわけにはいかないんです。あの人、きっと泣いてしまうので」《鬼》が咆哮を上げる。海面が震える。使えない足は捨てて重心を低く構える。短く息を吸った。

2015-01-13 00:57:41
ひなこ @ak_hinako

「ーー駆逐艦本田菊 いざ参ります」水飛沫が上がり視界がけぶる。砲撃音をとらえ刀を横様に振る。甲高い音。刀が粉々に折れて破片が頬を切る。怯むな。怯むな。痛い。構うものか。ここで止めなければ。「私と一緒に沈んでくださいーー」きっと《三人目》は上手くやる。そう思った、その時。

2015-01-13 01:17:02
ひなこ @ak_hinako

「ーー第一次攻撃隊、発艦!」急に空が翳ったかと思うと爆撃機の轟音が頭上を越えていった。一航戦の艦載機だ。「撃ちますっ Fireー!」直後、背後から砲撃音。金剛の主砲をまともに浴びた《鬼》錆びた金属のような叫びを上げる。辺りは一気に黒い煙と炎に包まれ、菊の視界は完全に失われた。

2015-01-13 01:36:24
ひなこ @ak_hinako

誰かの腕が、海に倒れこむ直前の菊の体を引き上げて、力強く抱きしめた。

2015-01-13 01:43:52
ひなこ @ak_hinako

懐かしい匂いがして目覚ます。アイボリーの壁紙。揺れるカーテン。ペン先を走らせる滑らかな快音。「……提督」ペンの音が止まる。「起きたか。気分はどうだ」「特には…あ、」「どうした?」「……お腹が空きました」「ああ、そうだったな」まずは補給だな。そう言ってアーサーは小さく笑った。

2015-01-13 01:58:01
ひなこ @ak_hinako

鎮守府に静けさが戻った翌日、菊は執務室に呼び出された。「こういう物を寄越すのは冗談でもやめろ」手の中に落とされた軽い感触に菊は黙って俯いた。あの時引き千切った飾り釦だ。敵襲の報せと共に齎されたそれを見て、提督は当時何を思っただろう。「…失った艦の形見が残るのは不快ですか」

2015-01-15 00:26:04
ひなこ @ak_hinako

一人目の本田菊は旗艦の盾となって大破し、一瞬で海に沈んだという。『彼』に関するものは写真はおろか私物のひとつも残っていなかった。「形見なんてそんなもの、必要ないだろ」呆れたように答える声。菊は手のひらの金色を見つめて自嘲した。そうだった。自分達は所詮、使い捨ての命なのだからーー。

2015-01-15 00:44:27