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しかし、2水戦は実際には各艦バラバラに船団護衛に従事していて、時雨などは殆ど名前だけの所属といった様相でした。
2015-02-22 19:50:13空襲を受けて損傷していた第7駆逐隊の潮は、妙高の護衛をしながら内地に帰還中でしたが、妙高は17日に米潜バーガルの雷撃を受け、速力が6ノットまで低下します。
2015-02-22 19:51:03この時妙高はバーガルに反撃、バーガルは自沈すら考えられたほどの酷い損傷を受けますが、バーガルは潜水艦アングラーに守られ、何とかオーストラリアに到着することができました。
2015-02-22 19:51:532水戦は妙高の救援のために霞と初霜を派遣しますが、小さな駆逐艦で重巡洋艦を曳航するのは容易ではありませんでした。 そのため南西方面艦隊は重巡羽黒に救援を求めます。
2015-02-22 19:52:58羽黒は海防艦千振を率い妙高の曳航を開始します。 霞・初霜・千振の護衛を受け南下する妙高と羽黒ですが、この時礼号作戦が発動されます。
2015-02-22 19:55:092水戦に残された駆逐艦は第2駆逐隊の朝霜、清霜の2隻のみなので、礼号作戦の為には、妙高を護衛する初霜ないし霞を引き抜く必要があります。 木村少将は馴染み深い古参艦である霞を引き抜くことを決定、霞は20日に妙高と別れました。
2015-02-22 19:55:57また、南西方面艦隊は、礼号作戦に2水戦の他に巡洋艦数隻を随伴させるよう電文しました。 志摩艦隊には大淀と足柄の2隻の巡洋艦が居ましたが、足柄は志摩中将の乗る旗艦です。
2015-02-22 19:57:35志摩中将は足柄の指揮を艦長の三浦大佐に任せると、自身は戦艦日向に移乗しました。 こうして、巡洋艦大淀・足柄の参加が決定し、礼号作戦参加艦8隻が出揃ったわけです。
2015-02-22 19:58:42ちなみに、余談となりますが海防艦千振はこの一ヶ月前、輸送船萬栄丸の護衛中に海防艦19号や時雨と協力し、「駆逐艦退治人」の異名を持つ武勲艦・米潜グロウラーを撃沈したとされています。
2015-02-22 20:03:20③「木村艦隊」の出撃 さて、12月22日、輸送船日栄丸を護衛して榧、樫がカムラン湾に入港します。 妙高の救援を打ち切った霞もこの日入港しました。
2015-02-22 20:54:14日栄丸は開戦時より活躍していた歴戦の輸送船で、この時日栄丸が搭載していた燃料は、そのまま礼号作戦参加艦に補給されました。
2015-02-22 20:55:33翌23日、木村少将を乗せた軽巡洋艦大淀、重巡洋艦足柄、駆逐艦清霜、朝霜、杉もカムラン湾に到着し、礼号作戦参加艦艇が全艦集合しました。
2015-02-22 20:56:1723日午後4時、各艦長と指揮官が大淀に集合、作戦会議が行われます。 作戦会議は4時間にわたり、この後木村少将は駆逐艦霞に移乗することになりました。
2015-02-22 20:56:48大淀が艦隊旗艦としての優れた機能を持つ艦であった事はよく知られています。 「何故巡洋艦ではなく駆逐艦を旗艦にしたのか?」 この質問に戦後、木村少将はこう答えたといいます。 「だって君、僕は駆逐艦乗りだよ」
2015-02-22 20:57:2944年12月24日朝、晴天のカムラン湾から少将旗を掲げた旗艦・霞を先頭に8隻の艦隊が出港しました。 この時の陣形は潜水艦に警戒する半円形の「第1対潜航行陣形」が選ばれました。 pic.twitter.com/VrRRXee8z7
2015-02-22 21:01:34南西方面艦隊からの電信によればサンホセ海岸には輸送船4、船艇4、湾内に船艇40。ヒル飛行場には60機以上の敵機が居たとのことです。 木村艦隊は針路を変え、敵に見つからないよう慎重に北上しました。
2015-02-22 21:02:24飛行場には礼号作戦に先立ち、少しでも礼号作戦の成功を容易にするために陸海軍航空隊による攻撃が盛んに行われ、ヒル飛行場やエルモアー飛行場の一部を炎上させる等の戦果をあげていました。
2015-02-22 21:03:2025日午前4時16分、霞は潜水艦らしき2つの電波をキャッチします。5時5分、霞は「潜水艦に注意せよ」と下命しました。 この時、運のいいことに海上は風波が強く、米潜水艦は海底で嵐がおさまるため待機していたので木村艦隊は無事に通過する事ができたのです。
2015-02-22 21:06:07しかし、25日深夜、霞の司令室には「マンガリン湾に敵有力艦隊なし」の電信が入っていました。 ならば飛行場を砲撃すればいい事だ、と考えた司令部は26日午後1時、「予定通り突入する」と下命しました。
2015-02-22 21:06:33④空襲開始 26日午後4時、嵐が収まると重巡足柄は偵察機2機(零式三座水偵)を発艦、前方の対潜哨戒を行わせました。
2015-02-22 21:09:34足柄機はその20分後に北方にB-24を発見します。 このB-24はレイテ島から来た哨戒機で、同機は木村艦隊を追尾、「戦艦大和(足柄の誤認)、巡洋艦、駆逐艦6隻の艦隊」の存在を報告します。
2015-02-22 21:10:24B-24からの報告を受けた米軍は、木村艦隊が余りにも近くに来ていたことと、予想外に日本艦隊の反撃が早かったことに仰天します。 飛行場に機体は100機以上が居たのですが、爆弾は半分以下しか揃っていなかったのです。
2015-02-22 21:12:12爆撃部隊の指揮官、ウィルソン中佐は「発進できる機は全て発進、爆弾の足りない機は機銃掃射をする」よう命令し、爆撃機を発進させます。
2015-02-22 21:14:43戦闘機部隊は事態は一刻を争うと爆弾搭載をせず、急遽P-38を32機スクランブル発進させます。 32機が離陸するのと入れ違いに、ヒル・エルモアー飛行場に爆撃機瑞雲が襲来しました。
2015-02-22 21:15:03