エメリヤーエンコ・モロゾフ『O-NSC』(邦題『モロゾフvs公安 日本編――そしてピザからピッツァへ』まとめ

無国籍作家エメリヤーエンコ・モロゾフ(エメーリャエンコ・モロゾフとも)の邦訳作品、第一弾のまとめとなります。 作者:エメリヤーエンコ・モロゾフ(Emeriyaenko Morozofu) 訳者:櫟諒(くぬぎりょう)、鼎雄一(かなえゆういち) ジャンル:愛国ポルノ 対象読者:日教組、テロ政党
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モロゾフプロジェクト @morozofuproject

暇なので日本愛国ポルノ小説界の先達にして巨匠、百田尚樹氏の『プリズム』を開く。何度読んでも面白く、やはり愛国ポルノと統合失調症は関係が強いと確信する。傑作『殉愛』は彼の先行作品群のこの間テクスト的世界観を現実へとパランプセストとして滑りこませる画期的な試みだったとわかる。23

2015-02-28 21:23:07
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私の整理券番号まであと2人。今月末に締め切りが迫る私の新作『聞いてみたガーゴイル10人~日本vs魔界、4勝2敗で日本の勝ち~』の最終構想を練る。在日ガーゴイルにどちらが好きかを取材した本だ。魔界と答えた卑しい否定神学的な回答を4つ削除したのは、対象読者である日本人のためだ。24

2015-02-28 21:24:08
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当初の予定ではピザのある日本の圧勝だった。しかしガーゴイルどもは和食を好むのだった。和食なら魔界にもある。何より住みやすいらしい。結果は4勝6敗で日本の負け、ビジネスにならない。金にならないものは無価値、それが世界の原則である。価値のない情報から価値を生むのが作家の責務だ。25

2015-02-28 21:25:12
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私はゴルフが得意でビールと大吟醸が好きな明るくユーモアがあるいい人なので、ガーゴイルの自由な発言を認めてもいい。ただし無価値な態度をとるのはいかがか? レイシストでもヘイトスピーカーでもないがこうも言いたくなる。豚に真珠、猫に小判、日本人に憲法、そしてガーゴイルに愛国心……。26

2015-02-28 21:26:14
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電光掲示板に『349』、私の番号が表示された。笑顔で迎えてくれた女性は誰が見ても美人である。しっとりとした黒髪に対比されて明るく輝く、エメラルド色の瞳が印象的で、しかし自分ではその美しさに気づいていない清楚さが感じられた。豊満なバストにかかった名札には『大橋』と記されていた。27

2015-02-28 21:27:19
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「きれいだね」と私は微笑みかけた。この時点で私はビジネス右翼にふさわしく欲情していたのだが、大橋さんは申込書に落とした目を丸くし「なんでしょうこれは?」。私の目も丸くなる。「は?」「これでは口座を開設できません」「そんなわけないだろう」と私は正論。「ユビ……キタス?」と彼女。28

2015-02-28 21:28:20
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「中卒か?」と私は問う。「はい?」彼女のように意味不明な言葉を吐くのは中卒の可能性が高い。もちろん中卒に頭のいい人はたくさんいる。「学歴は?」「一橋大学です」と彼女は答えた。真っ直ぐな目線が、嘘ではないことを表していた。3秒後、「さようですか」と私は言った。やはり日教組か。29

2015-02-28 21:29:22
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「私は神の口座を作りに来たんだ。一儲けするためにね。神の名はO森っていうんだが左右対称だから通名で桜井にした。芸能人も政治家もこの国の――だって使っているよね。神はどこにでもいる。ユビキタスというのはラテン語由来で遍在という意味だ。神はどこにでもいるのだから。わかるだろう?」30

2015-02-28 21:30:31
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「お客様は桜井様でもO森様でもないのですね?」大橋さんは美しい。「そうだ」私も美しい。「他人名義で口座をお作りになりたいとの仰せでしょうか?」「そうだ」「本人確認法をご存知ではありませんか?」「そうだ」「申し訳ありませんが口座を開設いたしかねます」「なぜだ!?」私は激怒した。31

2015-02-28 21:31:40
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「ご本人名義の口座しかお作りになれません」「がんばろうよ」「無理です」「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。これは君よりも年収が上、つまり上位クリアランスである渡邉美樹の言葉だ。君は嘘つきなのかな?」と私は言った。彼女は顔をしかめた。渡辺の顔を想像したのだろう。32

2015-02-28 21:32:43
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「ではあなたは?」「おおっと、この愛と血に飢えた狼を知らないのかい?」「知らないです」「モロゾフですよ。日本愛国ポルノ作家協会会長エメリヤーエンコ・モロゾフを知らないのかい?」「ないです」私はしばし絶句した。そんなのって、ありか。33

2015-02-28 21:33:45
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「なんと……私はとても有名な愛国ポルノ作家なんだよ。『トリクルダウンがやってくる 一足先に成長戦略を達成した地獄!! ヘルノミクスが作り上げた超格差社会に見るニッポンの明るすぎる行く末!?』という本を見たことはないのかい?」「ないです」おおジーザス! 開いた口が塞がらない! 34

2015-02-28 21:34:47
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もう君がわからないよ! と叫ぼうとしたそのときだった、天啓が舞い降りたのは。彼女がわからないのなら知ればいい。彼女が私を知らないのなら知ってもらえばいい。それが愛だ。お互いがお互いについて知識を深めることによってわだかまりは解けるのだ。口座も開設できるだろう。それが……愛だ。35

2015-02-28 21:35:50
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胸ポケットにさしていた木の枝を取り出し、大橋さんに差し出した。「大事な話があるんだ」「はい?」この枝の先には小さく黄色い花が幾輪かついていて、甘い香りが二人の鼻をくすぐるのだった。「この花の名前がわかる?」「いいえ」彼女は何がなんだかわからないという風だった。私は笑った。36

2015-02-28 21:36:52
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「この黄色い花はロウバイ、花言葉は慈愛だよ。美しい言葉だよね。やらせてほしいんだ。1発じゃなくてもいい。2発でも3発でも好きなだけやらせてくれないか。セックスだよ。安心してほしい。モロゾフは日本人が大好きなんだ。必ず満足させるからね」37

2015-02-28 21:37:56
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大橋さんは口の端を上げ「少々お待ちくださいませ」と席を離れた。退勤の準備である。私はこれまで寝てきた男女の肢体を思い浮かべ前立腺の準備をした。1040人目で大半が私でなくボーヴォワールの恋人だったことに気づいたとき、屈強そうな男が目の前に座り、「お引取り願えますか」と言った。38

2015-02-28 21:38:59
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「大橋さんをよこしなさい」私は正論を吐いた。男は聞く耳を持たずに「これ以上おかしいことを言うのであれば、奥で話を聞くことになりますが」と威圧してきた。罠だ。どのような店舗であれ奥は拷問の場所であるのを私は知っている。スーパーから家までおかしを移動させる際もそうだったのだから。39

2015-02-28 21:40:02
モロゾフプロジェクト @morozofuproject

彼のスーツは筋肉ではちきれんばかりに膨らんでいる。「君は私と」小学生の時に世界最弱の空手家と呼ばれた私の美しい背中に玉汗が浮かぶのを感じた。「大橋さんの」屈辱で震えが止まらない。「愛を」この男は暴力で主張を押し通そうとしている。「引き裂くというのか」答えはない。40

2015-02-28 21:40:06
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数日前この美しい国の首相が強い口調で戦いを誓っていた。彼が何と戦いたかったのかプルーストのときと同様に私には理解できず――ハッキリとした口調でしきりに放たれる単語が意味するものを探しあぐねたのだったが――私がこの瞬間に全てを理解した。命を盾にとった脅迫これがタルコロリなのだ。41

2015-02-28 21:41:09
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私は戦慄した。最高権力者がタルとの戦いを表明しているその臣民がタルイストとなっている矛盾、これは国難である。即座に自衛権の行使を決め、懐のナイフに手を伸ばした――だがそれは叶わなかった。家に忘れてきたのである。私は立ち去った。争いから立ち去ることのできる者は端的に幸福である。42

2015-02-28 21:42:10
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一連のやりとりが大橋さんによる美人局だったのでは、と冷静な頭に戻るまで数日を要した。この国の経済が預金から投資へと傾くスタイルであればタルを用いた営業方法も間違ってはいない。愛の盲目につけこむ者もいるのだ。気づいてよかった。いたるところに爆破予告をした日々も無駄ではなかった。43

2015-02-28 21:43:16
モロゾフプロジェクト @morozofuproject

真実への目覚めには大きな代償を伴うものである。爆破計画を実行するため国内外のフォーラムで協力者を募った結果、公安が動き出していたのである。月末に愛国心たっぷりの新作ポルノを入稿すると、後ろ髪を引かれる思いで私は故郷デスバレーへと飛んだ。あの砂漠と渓谷の、乾ききった夢の跡地へ。44

2015-02-28 21:44:19
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どんなに吹き荒れても身体を包み込み眠りに誘う優しさのある日本の風とは違い、この土地の風には尖り肌を刺す厳しさしかない。焼け尽くされた空気は澄むが、隆起する砂をどこまでも鮮明に映し出すばかりだ。遠くでハゲタカがカアカアと鳴く。ここには何もない。しかし私は身が洗われる思いだった。45

2015-02-28 21:45:26
モロゾフプロジェクト @morozofuproject

過酷に過酷を重ねた環境であっても、私はここで育ったのだ。そこには外部へと観念化して崇めるだけではとうてい処理しきれない懐かしい感情があった。ここがあるから、私は私なのだ。ガーゴイル。ごめん。心から謝罪した私を満たすパトリオティズムは強くなるばかりだった。長くは続かなかったが。46

2015-02-28 21:46:29
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砂漠の一点にハゲタカが何匹も集まっているのを見つけ行くと瀕死の人間が倒れていた。「大本!」彼は公安の大本だった。私を追ってあと少しのところで飢えと乾きに絡まれこの死の谷に捕らえられたのだ。敵であったが行動をためらう理由はない。「安心してほしい。今ピザを用意する」と私は言った。47

2015-02-28 21:47:33