「閉じて……しまいたい」 彼女の言葉を繰り返し、胸の前で、祈るように指を組む。 「……『神の石と王の選択』、ですね」 それは、彼女の世界に伝わる、最も有名な神話の一つだった。
2015-03-05 08:46:08「私の国……いえ、世界に伝わる、古い話です」 悪魔の色をその身に纏った雪の聖女は、囁くように、語りはじめる。 「太古の昔……私の世界には、私たちには想像もつかないような、魔法の文明が栄えていたそうです」
2015-03-05 08:46:10「そして、その文明を支えていたのが、『月神の石(セレナイト)』と呼ばれる、白い宝石でした。その宝石に、神秘の力を蓄えることにより、魔法を使える限られた人間以外の市民にまで、その恩恵は広く与えられていたそうです」 キラリ。セレナの白い髪を束ねた、白い結晶のバラ飾りが揺れる。
2015-03-05 08:46:11「しかし、神の石は無限に採掘されるわけではありません。国々は、石の採れる国土を求め、愚かな争いを続けていました……」 何故、こんな話を、彼女へ聞かせているのか。 「そんな時、ある一つの小国で、莫大な量のセレナイトが結晶化して眠っている地底洞窟が、発見されたのです」
2015-03-05 08:46:12「神の」 目を伏せる。 「私にとっては、そんなありがたい物じゃないわ」 忌々しい、宝石。それが見つかってから全てが壊れていった。 「それにしても、とても似ているのね。私の国で見つかった物も……白い石よ」 淵の色が覗き込む。 「それで、そのお話はどうなるの?」
2015-03-05 12:36:54「『選択』と言うからには。王は、選んだのでしょう?」 お話の中のその人は、一体どんな選択をしたのだろうか。 自分は、全てを壊してしまおうとしているけれど。 ──本当にそれでいい? 固く願った筈の思いが揺らぐ。他の可能性を知れば知るほど。聞きたくないと思う反面、口は続きを促し。
2015-03-05 12:44:37「……王は、心優しく聡明な人でした。国が、奪い合う争いの渦中に巻き込まれることを、酷く悲しみました。そんな時、王の元へ、預言者を名乗る年老いた男が訪れ、告げるのです」 「『あなた様は今夜、神の夢を見るでしょう。必ず正しい選択をしなさい』……と」
2015-03-05 14:57:09「そして王は、預言者の言う通り、不思議な夢を見ました。それはそれは美しい白髪の男から、小さな『卵』を授けられる夢でした」 「『これは竜の卵だ。これを永久に護り育てると私に誓うなら、そなたの望みを叶えよう』」 「王はすぐに、これが預言者の言っていた夢と気づきました」
2015-03-05 14:57:10「すると……夢の世界に、すでにこの世を去ったはずの、先王である父と、王妃である母が姿を現し、口々に、王に選択肢を与えます」
2015-03-05 14:57:13「父は言います。『強大な武器を手に入れ、敵国を全て滅ぼしてしまえ』と。王は答えます。『優しい父は争いを望まない。あなたは偽物だ』と」 「母は言います。『我が国を壁で囲んで他国を退け、民を守りなさい』と。王は答えます。『賢い母は孤立を良しとしない。あなたは偽物だ』と」
2015-03-05 14:57:15「最後に王は、神へ告げます。『全ての争いの元となる、神の石を、あなたにお返ししたい』と。それを聞いて、神は心優しく聡明な王の選択に満足して、彼の願いを叶えるのです」 「……神は、洞窟にある全ての結晶を消し去り、それで大きな月を造り、天空へと浮かべました」
2015-03-05 14:57:17「そうして、争う理由を無くした我が国は、平和になったそうです」 「やがて……セレナイトを失った世界で魔法文明は衰退しましたが、私たちは今も、神との誓い通り、大切に竜を育てている……それが、私の世界に伝わる神話です」
2015-03-05 14:57:18今までに、幾度となく繰り返したその説法を、囁くように、歌うように……語り終えた聖女は、祈りの仕草の指をほどいて。 「……リリディアナさん。この話は、美談に聞こえますか?」 凍れる湖に、月の灯りを宿した瞳。 不意に、リリディアナから逸れた視線が、緑髪の悪魔を探す。
2015-03-05 14:57:21「私……王様は、逃げているだけな気がするんです。戦うことからも、守ることからも」 長テーブルの料理の全てを端から端まで蹂躙せんばかりの勢いで食い荒らすシンセイを、視線だけで追いながら。 「……師匠が、教えてくれました。『逃げてばっかやと勝てへん』、なのです」
2015-03-05 14:57:23「幸せになれると言いきれるその姿勢が良いんじゃないか? 叶えがいがありそうだ」 ディアドラの言葉に称賛を送りながら、首を横に振る。 「私もまだだ」 グラスを持っていない方の手を力なくぱたぱたと振る。 「しかも私の方は、絶賛自分の願いに対して迷い中だ」
2015-03-05 15:24:31呻いて天を仰ぐ。 「もう少し私自身が若ければ願いに対して思い切れたかもしれない。何かを捨てることを躊躇わなかったかもしれない」 どこまでも真っ白な空間が広がっている。 「しかしそうするには少々歳をとりすぎたようだ。投げ出すにも投げ出せないものが増えて欲ばかりになってしまった」
2015-03-05 15:25:37「だからもしディアドラ、お嬢さんが決めていたのなら、決め手が何だったかを参今後の考代わりに教えてもらおうと思ったんだが」 肩をすくめてワインを飲む。 「まぁそれも都合の良すぎた話だったな」 すまんな、と短く謝罪を挟む。 「でも君のその姿勢は参考になった、有難う」
2015-03-05 15:26:19「若さ故の決断力、だなんて言うつもりはないわよ? ──でもさ、」 オドを見やる海色。 「欲ばかりでケッコーじゃない、って思うんだけど。やっぱりちゃんと働いてると違うのかしら」 「何かを捨てるのが難しいなら、全部得ようとしてしまえばいいじゃない」
2015-03-05 16:38:40何て事ないように言ってのける。 箱庭に居た故の無知か、──或いは。 「わたしはきっとこれから、死ぬほど苦労するだろうし、きっと愚痴だって零さずにはいられないわ。今まで存在してるだけで生活できてたんだもの。 贅沢な話だけどね」
2015-03-05 16:38:42「生きていくのって、死ぬほど大変だし、辛いし、投げ出したくもなったりするんだろうけど、」 「わたしはそういうのも全部楽しみたいわ。きっと口に出すのは辛いって言葉だろうけど」 海色が煌めく。表情らしい表情を見せなかった少女の頬が薄く紅潮する。
2015-03-05 16:38:45「欲しいものを自分で得ようと出来る! 何かをすれば手に入れられる! そんなのが幸せじゃなくて何が幸せだってのよ。 ……っていうのが、わたし。」 「確かにわたしは若いけど、 でも願いを持つ事に年齢なんて関係ないと思うわ。──それ、きっとあんたが一番よくわかってるわよ」
2015-03-05 16:38:48全部。 海色の瞳を見つめ返して、眼鏡の奥、ただ青いだけの瞳は瞬きをする。 そして。 「なるほど! それは名案だ!」 老人は叫んで――大笑いをした。
2015-03-05 17:21:49手にしたグラスを零す前にテーブルに置き直し、突っ伏さんばかりの勢いで暫く笑って、笑って。 ようやく収まって来た頃には、普段笑い慣れていないせいか引き攣ったような笑い顔になってはいたが、 「いや、確かに君が彼らに好かれるのも分かった」 息を整えるために一息つく。
2015-03-05 17:22:10