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つらい @y_utapon1984
『展覧会・博物館と天皇制 文化財の価値を決めているのは何か』 森理恵 より、以下引用。
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“京都に国宝・重要文化財が集中しているのは当たり前である。「国宝・重要文化財の基準にかなうものがたまたま京都にあった」のではなく、順序が真逆、「京都にあるものが国宝・重要文化財の基準になった」のである。なぜなら、日本の文化財の価値基準は近代天皇制国家の体裁を整えるために”→
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“明治政府が作成したものだからである。天皇が長くいた京都にあるものが指定されやすいだけだ。文化財は、絶対的な価値をもつから文化財なのではなく、その時々の政治的理由により文化財になったのである。”


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反天連(反天皇制運動連絡会)ブログ: カーニバル20号[主張] hanten-2.blogspot.jp/2014/11/20.html
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“天皇一族の発言をどのように解釈しようと、それは天皇制の政治の土俵に登ることにしかならない。それを望まない私たちにできることは、そういった天皇一族の政治的発言を許さない、という立場をとるだけだ。発言したければ、権力者の上に立つ最高権威者の地位から降りるべし。当たり前のことだ。”
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“また、時の権力者たちが超権力・最高権威を政治的に使い、そのためにこそ最高権威者として天皇を護る(雇う)という政治システムが天皇制であることを忘れてはなるまい。”
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“しかし、そんなことも理解させないのが「慈愛」の天皇制であり、権威の発言にこそ意味を見出す意識が発想が天皇制を支える。しかも、それは公的な暴力で支えられているのが現実で、天皇制批判を許さない権力と日本のマジョリティ社会がある。およそ民主主義とはかけ離れた社会なのだ。”

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“ノーム・チョムスキーは私に、まさに鉈でぶち切るように、こんなことを語りました。―戦後日本の経済復興は徹頭徹尾、米国の戦争に加担したことによるものだ。サンフランシスコ講和条約(一九五一年)はもともと、日本がアジアで犯した戦争犯罪の責任を負うようにはつくられていなかった。”
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“日本はそれをよいことに米国の覇権の枠組みのなかで、「真の戦争犯罪人である天皇のもとに」以前のファッショ的国家を再建しようとした。一九三〇年代、四〇年代、五〇年代、そして六〇年代、いったい日本の知識人のどれだけが天皇裕仁を告発したというのか。”
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“あなたがたは対米批判の前にそのことをしっかりと見つめるべきだ―。陰影も濃淡も遠慮会釈ここにはありません。あるのはよけいな補助線を省いた恥の指摘でした。”辺見庸 『いまここに在ることの恥』p.93

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“近代の天皇制国家は、いままでの「神道」を新たに編成しなおして「国家神道」を形成し(「国家神道」という言葉は1945年の敗戦後に作られた)、「国民教化」の手段としたからである。”
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“その究極の目的は、天皇支配の正当化にあり、そのために天皇制が日本古来の伝統であることを過度に強調することになった。こうした天皇制賛美は、1945年の敗戦まで、あらゆる教育手段、マスコミなどを通して徹底して行われた。”
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“多くの日本人は、文字通り洗脳されつくされたといっても過言ではない。その過程で、明治の天皇制国家によってはじめられたことがらが、「古来」の伝統と説かれることも少なくなかった。”
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“小論にいう《擬似伝統》とは、大筋として近代天皇制国家ののもとで新たに「伝統」として強調された習俗、習慣をさす。”

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“何年生のときだったか、教室で国語の時間に標語をつくらされたことがあった。正確にはどんな標語をつくり出したのかどうしても思い出せないのだが、私がつくったのは、アメリカの捕虜に同情する女の人たちは非国民だというような意味の標語だった。”
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コメント

菅沼瞭子 @akimuleta 2015年9月12日
資料 日本占領1 天皇制をよみすすんでいるところで、メモをとりながら読むと自身の読書軌跡もとれるな、と考えました。
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