- ElementaryGard
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以下、さらに論じてみます。
Windowsがまさにそうですがコンピュータのプログラムを特許法ではなく著作権法で守るという考え方はアメリカの発明。
2015-03-31 21:22:04>1980年にアメリカは著作権法を改正して,コンピュータ・プログラム(以下「プログラム」という)を著作物に加えたのです。
2015-03-31 21:27:04>プログラムは鑑賞するものではなく,コンピュータに使用して機能させるものです。プログラムは明らかに伝統的な著作物とは異質な存在です。むしろ使用するという性質は発明に類します。
2015-03-31 21:27:11>1980年にレーガン大統領が登場すると,「強いアメリカの再生」をスローガンに,積極的なプロパテント政策を打ち出しました。
2015-03-31 21:28:10>プロパテント政策とは,一口にいうと,労働者の給料が高くなって,もはや安い製品では日本や発展途上国に対抗できなくなったので,あらゆる手段で技術開発力を発展させて優れた製品を開発し,その技術を特許法や著作権法など知的財産権法を強化して国内で保護すると同時に,
2015-03-31 21:28:36>知的財産権法を世界各国に制定させ,輸出したアメリカ製品の模倣を許さないという,壮大なグロウバリゼーションの行動計画です。
2015-03-31 21:28:45>このような政策の中で,プログラムが著作物とされたのです。アメリカはコンピュータを発明した国であり,IBMという強力なコンピュータメーカーやマイクロソフトのような優れたソフト企業を擁するプログラム先進国です。自国の得意とするプログラムをどの法律で保護するのが得策か考えました。
2015-03-31 21:29:11>すでに述べたように,特許権に比べて著作権による保護は,権利成立が簡単であり,保護期間が長く,特許料のような維持費はいりません。また,一国で著作権が成立すると,同時にほぼ全世界の国でも保護が認められる利点があります。
2015-03-31 21:29:37>このような理由から,その性質が著作物とは相容れないとの諸外国の反対を押し切って,プログラムを著作権法で保護し,同じように著作権で保護しない外国のプログラムは,アメリカでは保護しないと宣言しました。
2015-03-31 21:29:52>このため日本は,1985年に著作権法を改正して,プログラムを著作物であるとし,諸外国もこれに続きました。
2015-03-31 21:30:31要するにビル・ゲイツが大金持ちになれたのは、国の政策のおかげだったのです。 pic.twitter.com/cf1jUpSMgl
2015-03-31 21:31:55実質的には特許であっても、所属は著作権法…この二重国籍的なやり方、何かに似てると思いませんか。
2015-03-31 21:34:29しかしながらヨーロッパとは違う法体制のもとで歩み出したアメリカは、独自の法理論を育んでいった。
2015-03-31 21:39:46キャラクターとコンピュータ・プログラムの二重国籍性は、ヨーロッパが定めた方眼紙のます目をくぐり抜けたいというアメリカ的野心から生まれた。
2015-03-31 21:40:55美学や文学の視点から論じたものは数多い。自分はぜんぜん違う視点からキャラクターを考えたい。
2015-03-31 21:42:05輪廻転生的なキャラクター・ユニヴァースは日本まんがの定石。けれどもその始原が、アメリカの知財戦略にあったことは忘れられて久しい。そもそも最初から気が付いていない。「わが国」が、他国からの侵略に対抗するための寄せ集め所帯として始まったことを現代人はもはや意識していないように。
2015-03-31 22:37:42