2015年4月2日

丹生谷貴志ツイートまとめ(2015年3月)

丹生谷貴志さんの2015年3月のツイートをまとめました。
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nibuya @cbfn

・・・哲学は何の役に立つかと、まあ素朴な質問を受けると、「〜は何の役に立つのか?」という「功利的」問いの形式によって形成された「近代的思考」を如何にして抜け出すかがその主題の一つでしょうと答える、その堂々巡りに苦笑も浮かばなくなる。

2015-03-02 11:02:48
nibuya @cbfn

安部公房さんと三島さんの対談を拾い読み。もはや話題も内容も全くどうでもよいものですが、ただ二人が珍しく賑やかだということ、今更、再度、この二人は「気のおけない」という意味で本当に「痛ましいまでに」仲がよかったのだと思う、多分私生活での交流は頻繁ではなかったでしょうが。

2015-03-04 08:57:52
nibuya @cbfn

まさかテレビを持たないせいではなく、実際世界はうんざりするほど騒々しいのを感じますが、それでいて異様に森閑としているようにも感じるのは、そこに「賑やかさ」が感じられないからでしょう。世界の側のせいなのか自分の何かしらの衰弱のせいなのかはともかく・・で、安部・三島さんの賑やかさ・・

2015-03-04 09:02:47
nibuya @cbfn

最近必要があって谷崎さん特集の文章を書いたのですが、雑誌の難しさは話題がダブらないように想像することで、今回は『黄金の死』と『ハッサン・カーン』あたりは誰かがきっと書くから避けようと決めていたのですが・・・届いた雑誌を見たらそこは予想通りだったので、そこだけ変に満足する・・・

2015-03-04 09:20:03
nibuya @cbfn

昔々三島さんについて書いた時お前の文は作品に内在的ではないと言われ、それは作品への参照が恣意的だということでしょうが、小説に関して僕は読者が全ての作品を読んでいるという想定で書くことにしています。作品は僕らが何を書こうと小揺るぎもせず、そこに読者の一人である自分が迷い込むこと・・

2015-03-05 11:00:14
nibuya @cbfn

ピンチョンの『ブリーディング・エッジ』の通底に「 Deep-Archer=Departure」という完全オープン・ソースのネット=世界があります。まあ、僕は「全小説」をそんな特異なオープンソースの「所与」として走り回る、その片隅なのか中枢なのかに関わりなく、ツーリングバイクで

2015-03-05 11:08:41
nibuya @cbfn

つまらない私事。リシケシにいる夢、と言ってもごたついた温泉街の渓谷みたいな感じ。昔通り過ぎたリシケシには似ていない。サドゥーたちや参詣者が狭い岩岸にごたごたいるが、どこに手をついても排泄物だらけ、異臭。ここは最低だな、好かん、と誰かが大仰に賛同を求める。臭いな、と僕は答える・・・

2015-03-05 11:15:48
nibuya @cbfn

安部公房『他人の顔』には雑誌初出と単行本版があって流通しているのは後者、二つには大きな書き換えがあり完成度は後者が遥かに上、前者は冗長な中間小説といった感じで読むのが苦痛だが、逆に安部さんほど魅力のない記憶に残らない男を主人公に書き続けた作家はないという奇妙な特異性を思い出させる

2015-03-05 21:56:39
nibuya @cbfn

唐突に『他人の顔』なのには意味はなく、何度読んでも飽きてしまうこの小説を初出版と流布版で読んだら何かあるかと意味もない思いに襲われただけのこと。僕は批評家でも研究者でもないので「つまらない」と思うとまず自分の反応の方を疑うことにしていて、まあこんな妙な再読を繰り返すことになります

2015-03-05 22:07:06
nibuya @cbfn

ともかく安部さんほど主人公に魅力めいたものを微塵も付与しなかった小説家は稀有で、安部さんの小説の傍に置くと、「ヒーロー不在」傾向と言われる日本現代小説が、ポジだろうとネガだろうとアンチだろうとヒーローだらけに見えて来る。

2015-03-05 22:16:26
nibuya @cbfn

美術出版社・民事再生申請、会社の存続はともかく『美術手帖』は廃刊でしょう。とうの昔に役割を終えていたものを無理やり立てて来たみたいなもんですから致し方ない。批評がこの雑誌を拠点にした時期は古代というほど昔に終わっていたし、大体が美術批評家という語も死語に近いので「潮時」でしょう。

2015-03-06 10:01:55
nibuya @cbfn

深沢七郎さんが、正宗白鳥は1日四里も散歩すると書いていて、16キロは誇張の気もしますが、白鳥さんの文章には歩きながら思索するという感じが僕にはあるので、健康のため以上に、歩かねば書けなかったのでしょう。テレビの『ゴーストライター』には散歩する場面はあるのかしらとくだらない想像。

2015-03-06 16:19:00
nibuya @cbfn

注意して追っていなので未だ美術批評に専心している書き手がいるのかどうか(椹木野衣は厳密には美術批評家ではないんじゃないかな、悪口じゃなくて)、何か火事場でその光景を解析しようと考え込んでいるうちに全焼で火は消え廃墟しかないのに未だ火事について考えているという感じがしてなりません。

2015-03-06 16:25:42
nibuya @cbfn

バッハの音楽はおそらく同時代の宇宙像に匹敵し或いはより複雑だった。20世紀以降それは逆転する。宇宙像の複雑さに音楽が遅れをとり始める。全宇宙像の再補足の最後の大規模な試みとしての例えばトゥランガリラ交響曲。しかしさらに以降は? 宇宙像からの逃避の兆候?

2015-03-07 10:45:33
nibuya @cbfn

宇宙像からの逃避としての現代音楽というものがあり得る。外的宇宙の複雑さに対して内的宇宙の「単純さ」に引き籠る・・しかもあたかも内的宇宙こそが複雑なのだという言辞を伴って・・。宇宙像想像力の限界を破壊してしか新たな宇宙像想像力は有り得ないとバシュラールは宣告していたのだった・・・。

2015-03-07 10:51:39
nibuya @cbfn

・・・とりあえずはアレクサンドル・コイレの古い『閉じた宇宙から無限の宇宙へ』などを引っ張り出す。本文はともかく野沢協さんの訳、野沢先生の偏執的(!)に精緻な訳注が見たくて・・・

2015-03-07 11:15:45
nibuya @cbfn

・・・内的宇宙を裏返して外界に貼り付け、それを「環境」と名付けあたかも宇宙的拡張を偽装する一種の感傷的なトリック・・・例えばブライアン・イーノあたりからの・・・しかしテリー・ライリーのようなものをどう考えるか・・・

2015-03-07 11:39:59
nibuya @cbfn

キルヒャーの『普遍音楽』なんてのが訳されてんですね、今頃知って、昔なら即行で買う計画を立てたでしょうが、まあこの手のルネサンス型知識の本はその思考のネットワークシステムを把握してしまえば、一見奇想に見えて実は恐ろしく退屈なのを思い知っているので、学的!資料として以外今は敬遠。

2015-03-08 21:23:00
nibuya @cbfn

ネットでカフカ読書のサークルみたいなのを見ると池内紀さんの翻訳に違和感を口にする人が多いのが目につく。池内先生のものは最新研究版を使った或る意味鏤刻の仕事なのですが、独語解釈の問題は僕には分かりませんが、平易を目指して陰影が白飛びし過ぎていると僕も感じ・・・まあ、難しいもんです。

2015-03-09 22:18:45
nibuya @cbfn

コイレ『ヤコブ・ベーメの哲学』を持っていたことを思い出し『黎明』も持っていた気がするが見つからない。と、不意に、昔ベーメを含めた神秘主義研究会のようなものに顔を出し・・書物が吐く黴の臭い、会の異様な熱気にいささかゾッとした記憶。当時僕は神秘主義は明るく陽気だと思い込んでいたので。

2015-03-14 04:07:59
nibuya @cbfn

神秘主義研究会は得体の知れない同人の会・・・と言っても、皆学生か同い年の連中で、世の中には不思議な「種族」がいるもんだと、驚いてばかりいた。その会の者ではないが、毎日東京の「有名人」とすれ違いそうなところを歩き回っては手帳にぎっしり「今日××に会う」と書き込んでいる男もいた・・・

2015-03-14 04:18:03
nibuya @cbfn

論理的に言えば無神論は神は存在するという断定の元に動作するものでなければならない。論理的に言えばその動作の極限で神の不在が閃光のように明白になるための動作が無神論であるはずである。したがって、あらかじめ神の不在を前提とする者は無神論者となることはあり得ない。あくまでも論理の話。

2015-03-15 10:41:56
nibuya @cbfn

或る物が美術館に置かれると芸術作品と見られ呼ばれるというのがレディメイドの論理であるとして、世界全体が一種の美術館であると仮定すれば世界に存在するものは全てレディメイド=「芸術作品」であることになる。マルローの空想の美術館と和訳されるものは英語圏では壁のない美術館と訳され・・・

2015-03-15 10:58:03
nibuya @cbfn

ブーレーズのマーラー第四のアマゾンでの評価が最低なので久しぶりに聴く。なるほど、と、評価の低い理由は理解できた、というか確か初めて聞いた時僕も、おやまあ、と思った記憶がある。バースタインやらでずっと聴いてきたので。しかし或る時から歌い上げられるマーラー演奏に食傷してからは話は別。

2015-03-16 00:41:22
nibuya @cbfn

・・・といって別にブーレーズ演奏こそが最高とか天邪鬼をかませる気はないので、第一楽章はも少し起伏豊かに第三楽章はもっと陶然と美しく最終楽章はソプラノにもっと表情よく歌わせて、というのが至極もっともな期待でしょう。僕がそうした「豊かさ・滑らかさ」に耐久性がなくなったというだけです。

2015-03-16 00:51:04
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