『暇と退屈の倫理学』を読みながら
退屈を紛らせてくれる「事件の内容はどうでもよい」という指摘は、情報理論に通じるなぁ。情報理論だと、内容を無視して発生確率を問題にする。
2015-04-26 22:32:34『暇と退屈の倫理学』面白いなぁ。「これは間違っているどころか、倫理的に問題がある。なぜならそれは不幸への憧れを生み出すからである」とか、獅子咆哮弾のことか!!(違う)
2015-04-26 22:51:57「獅子咆哮弾」は『らんま1/2』に出てくる技で、気が重いほど威力が上がる。そのため、この技の撃ち合いは不幸自慢合戦と化す。
『暇と退屈の倫理学』の半分を過ぎた。ハイデッガーの考える「最高度に「深い」退屈」が身も蓋もない。「なんとなく退屈だ」
2015-04-28 08:55:28『暇と退屈の倫理学』、60%くらい読んだ。「環世界の獲得」で『哲学入門』を思い出した。「環世界」はモノから派生するものじゃなかろうか、という直観。
2015-04-28 23:20:49『暇と退屈の倫理学』では、「環世界間移動能力」の突出を人間を他の動物との際立った際とした。これで、「なんとなく暇だ」に立ち向かうのかな。
2015-04-28 23:24:32反対だった。だからこそ、退屈すると言っている。退屈だから、環世界を移動するかと思ったけれど、考えてみると、それは第一か第二の退屈の場合か。
2015-04-28 23:29:33さて、ついに最終章。自由意志の話になるのかな。副題から予想するに。この流れだと退屈にとらわれるから自由じゃないなんて方向に行きそうだが(さっき外したばかりなのに懲りずに続けている)。
2015-04-28 23:33:14やらなかんこと何もないぜーいえーってときと、やることあるのに何もしてないぜーひえー、ってときある。傍目には一緒だと思うけれど。前者には開放感、後者には背徳感が伴う。後者は後者で魅惑的だったり。
2015-04-28 23:38:36ブログMirror House Annex更新。 / Let's 退屈 - 暇と退屈の倫理学 mirahalibrary.blogspot.com/2015/04/hima-t…
2015-04-29 23:13:34書き切れなかった余談。些細な日常のコミュニケーションも楽しくて退屈じゃなかったりするけれど、コミュニケーションの話題が全然出てこなかったの、どうしてだろう。おしゃべりが暇つぶしの最たる手段という人もいるから「日常的な快」あたりで言及されてもよさそうなものなに。
2015-04-29 23:15:03余談もう一つ。良い意味で「とらわれ」ているの、フロー状態っぽい。〈本来性〉は幻想で、普遍的な〈本来性〉じゃないけれど、ある程度共有できてそこに向かえるけれど、批判を受けて訂正されえる何かなんだろうなぁ。そこで「とらわれ」ているもの。
2015-04-29 23:16:49