ア・セイレーン・シング・フォア・ハー・ウイングス＃１

劉度 @arther456

高波は艦娘になってからまだ日が浅い。一通りの訓練を終え、西方海域で商船護衛をしながら経験を積んでいた彼女は、不運にも東洋艦隊の大攻勢に遭い、インドの港に避難したのだ。無事に『蔵王』と合流はできたが、今度は敵の秘匿泊地への攻撃に参加することになった。 23

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当初、高波は艦上で待機する予定だったが、敵艦隊は予想以上に大規模だった。高波はこれから対空装備に切り替え、前線に赴く時雨の代わりに龍鳳の随伴艦となる。「そんなことで大丈夫ですの？次の戦は今までとは比べ物になりませんわよ？」熊野としては少々心配であった。 24

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「はい！いえ、大丈夫かもです！」しかし高波の返事は元気いっぱいであった。「高波、熊野さんたちのお役に立てるように頑張ります！」「そ、そう。なら、いいのだけれど……」てっきり緊張しているのかと思ったのだが。アテが外れて少々戸惑う熊野であった。 25

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『蔵王』は日没とともにガーンドホー島を出発した。敵泊地の航空攻撃を避けるためである。道中、警戒中の深海棲艦や知性マグロの群れと遭遇したものの、敵本隊に察知される前に速やかに殲滅した。この間、無線は一度も使っていない。徹底した隠密行動だった。 27

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そして『蔵王』は、アンズ環礁を水平線上に確認した。ここからが本番だ。提督は大きく息を吸い込み、告げた。「総員、時計を合わせろ。時刻はマルゴーマルマル。現時刻を持って、アンズ環礁泊地攻撃作戦を開始する！全速前進！無線封鎖解除！」 28

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『蔵王』の原子炉が唸った。CICのモニタ群が点灯し、海域の情報が映し出される。「倉田！ついてきて！」『鳥堀より蔵王へ！了解！護衛は頼みます！』『蔵王』の後方にいたもう一隻の船も動き出した。陸軍所属のドック型輸送船『鳥堀』。アメリカの旧式揚陸艇を買い取ったものだ。 29

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『鳥堀』には陸軍の神官、魔術師が大勢乗っている。彼らが艦上で儀式を行い、陸上型深海棲艦という霊的存在をアンズ環礁に封印する。それが、港湾棲姫たちを一年ほど研究した末に編み出した、陸軍の秘術だった。だが、そのためにはまず相手を弱らせる必要がある。 30

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「大鯨！G.T.とデータリンクお願い！あと制空権確保も頼む！」『ロボ使いが荒いですね！』指令所のモニタに、次々と情報がインプットされる。西方海域海底には、G.T.という遭難した宇宙船がある。その宇宙船の端末である大鯨から、G.T.のレーダーの情報が送られているのだ。 31

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「艦載機があれば、私だって！」大鯨が小型機を射出した。宇宙人の歩兵支援機で、艦娘の艦載機と張り合えるだけの性能を持つ。普段は戦闘には出ない大鯨だったが、G.T.も深海棲艦東洋艦隊から攻撃されているので、今日は積極的に協力してくれるようだった。 32

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周囲に敵影、魚影は無し。秘匿泊地を攻撃する絶好の機会だ。「攻撃部隊、全員抜錨しました！」「頼むぞ、熊野！」『よろしくてよ！』先陣を切るのは熊野と陸奥。その後ろでは、龍鳳が高波を護衛に伴い、艦載機を発艦させる。東の空が明るくなり始めた。払暁攻撃のタイミングは完璧だ。 33

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「後詰はそのまま待機。不測の事態に備えて」「敵がいないのなら、私たちも出たほうがいいんじゃない？」反論するのは、出撃しようとしていたビスマルク。他にも三隈と隼鷹が艦内で待機している。「いや、ちょっと敵が少なすぎる。伏兵がいるかもしれないな、これ」 34

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『敵の陸上型深海棲艦を確認。新型よ』熊野からの通信。望遠カメラに、白いドレスを身に纏った深海棲艦が映っていた。「こちらでも確認した」まだこちらには気付いていないのか、ぼうっと空を見上げている。「現時刻をもって、あの深海棲艦を泊地水鬼と認定する！全艦、泊地水鬼を撃破せよ！」 35

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「了解！羅針盤が効かなくて、ここまで来るの大変だったんだからね！このチャンスで決めるわよ！」陸奥が先制の46cm砲を放った。放たれた三式弾は泊地水鬼の頭上で炸裂、火の雨を彼女の頭上に降らせる！身を焼かれながらも、泊地水鬼はこちらを向こうとせず、未だに夜空を見上げている。 36

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「何だ……？」様子がおかしい、と思った提督の耳に、声が届いた。《トベナイノ……モウトベナイノヨ……ワカル？ネエ……》辺りを見回すが、声の主は見当たらない。「何か言った？」「いえ。提督こそ何か言いませんでした？」オペレーター妖精さんも、首を傾げるばかりである。 37

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『提督殿！』訝しむ提督に、通信が届いた。『鳥堀』で封印儀式の準備をしているあきつ丸からだ。「呼んだ？」『呼ばれているであります！かの深海棲艦が、この海域一帯の生物全てに、精神干渉しているであります！』「……えっ！？」先程の声は、泊地水鬼のものだったらしい。 38

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「熊野、大鯨、今の聞こえた！？」『聞こえましてよ。でも目の前ですもの、関係ありませんわ！』『私はさっぱり……でも、高波が何か聞いたと言っています』どうやら艦娘にも聞こえるが、流石にロボットには通じないらしい。『このまま攻撃致しますわ！ヒャアッ!』 39

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熊野の三式弾が泊地水鬼に命中！だが、泊地水鬼は未だダメージを受けた様子がない。飛行場姫ですら、あれだけの炎に巻かれたら反応ぐらいはするものだが、この深海棲艦はまるで気にしていない。熊野が訝しむ中、泊地水鬼の口が動く。その口は、静かな歌を紡ぎ始めた。 40

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【艦これBGM】｢深海棲艦モチーフ曲｣【10分ループ】【発令!第十一号作戦】 youtu.be/dQbNflWxDa0 @YouTubeさんから

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「づう……ッ！？」ビスマルクが頭を抑えよろめいた。重い金切り声のような不快な歌が、頭の中に直接響く。「これでジャミングのつもりかしら？ただのハウリングよ」この程度で艦娘が、ビスマルクが心を乱されるわけがない。「こんなものに頼るなんて、相手はよっぽど追い詰められ……あっ」 41

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ビスマルクの目に、薄ら笑いを浮かべる提督が留まった。「飛ばなくちゃ」提督は立ち上がり、司令室を出ようとする。まずい。「ちょっと、待ちなさい！」ビスマルクは慌てて提督を羽交い締めにした。「どこ行くの！？正気！？」「飛ばなくちゃ！あの子のところまで飛ばなくちゃ！」狂気！ 42

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暴れる提督を抑えこむビスマルクの耳に、更に通信が届く。『提督！大変です、軍医さんがおかしくなってしまいましたわ！』『提督ー！やべえ、こっち厨房にいるんだけどさ！コックさんが海に飛び込もうとしてるんだよ！あ、やばっ！』どうやら、『蔵王』の他の人間もおかしくなっているらしい。 43

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「妖精さん！ロープ持ってきて！」「はいさー！」妖精さんたちが、提督の体を椅子に縛り付ける。厄介なことになった。提督が艦から落ちたり、発狂して指揮を取れなくなることはみんな慣れている。そういう時は近くの艦娘が代わりの指揮を執る。だが、乗員全員がおかしくなるのは初めてだった。 44

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「陸軍の船に通信繋いで！」「了解！」アドバイスを求めるため、ビスマルクは『鳥堀』に無線を飛ばした。『こちら『鳥堀』！そっちは大丈夫ですか！？』「提督がダメになったわ！」『……あきつ丸の言う通りですね。こちらは大丈夫です。『鳥堀』の結界で敵の呪歌は防いでいます』 45

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「呪歌？」『ええ。セイレーンの歌声と酷似した、魔法の歌です。……ええと、ビスマルクさんなら、ローレライ、と言えば通じますか？』「ええ、それなら知っているわ」ローレライ。ドイツのドナウ川に伝わる精霊だ。船頭を魅了し、船を転覆させる危険な妖怪でもある。 46