レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

門を入って正面には、白い石の敷かれた道と大きな正面玄関 その左手には古臭い建物がいくつか並んている 「ああ、そっちは理工科の教場だよ 大学みたいな講義に使うんだ」 そう言うと綾瀬は反対側の、右の方に向かう #レントゲン室の亡霊

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門を入って右手には、川内は知らないであろう、アメリカから貸与された戦車や支援戦闘機が静態保存されている 「防衛学館だ」 「あれ、これって・・・！」 川内が駆け寄った先には、魚雷 「93式酸素魚雷だ！」 「ああ、それもあったな」 #レントゲン室の亡霊

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二人はそのまま更に先、正面玄関のある本棟と体育館の間を抜ける そうすると、左手には防大のランドマークでもある、時計つきの給水塔が見えてくる 時計塔や資料館を左に、空挺降下の訓練にも使うプールの飛び込み台を右に臨みながら、十字路を右へ #レントゲン室の亡霊

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すると、似たような形の建物が４つ、並んでいるのが見えた 「学生舎だ 防大は全寮制だからな 第一大隊から第四大隊まである」 手前が第一、奥が第四大隊である ちなみに、この学生舎の向こう側がPXと食堂、今は改装中の浴場だ #レントゲン室の亡霊

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対して右手側には、パレード訓練に使う陸上競技場や仮設浴場がある 「俺がいた頃はまだ学生舎が古くてな こっちの陸上競技場側に第一大隊の学生舎があったんだ」 綾瀬たちは道を進むと、３番目の学生舎に入った #レントゲン室の亡霊

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玄関で名簿に記帳する綾瀬の背中越しに週番室を覗いた川内は、あっと声を上げた そこには、川内の既視感を煽る光景が 「気がついたか」 綾瀬は振り返りながら言う 「防大の制服は昔、海軍で使われてたものなんだよ」 #レントゲン室の亡霊

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二人はそのまま玄関を抜けると、すれ違う多くの学生に挨拶を受けつつ、正面の階段へ向かう 「一階が第一中隊だ 四階まである」 綾瀬は途中四階で、中央ホールにある自販機コーナーにある定価の四割引きの缶コーヒーを買ってから、屋上に出た #レントゲン室の亡霊

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屋上に出た二人を迎えたのは、午後の陽光と涼やかな海風、そして東京湾だった 「わあ・・・」 川内が思わずため息を漏らすのも、無理はない 左手に先ほどまでいた横須賀市街地を見下ろし、右に行くに連れ横浜の摩天楼と、更に右には東京の濁った空 #レントゲン室の亡霊

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後ろを振り返れば蒼天の中に悠々とそびえる富士山が遠目に臨めた 「今日は天気がいいな、富士山まで見えるとは 運がいい」 綾瀬は柵に寄りかかりながら缶コーヒーを開けた 「寄りたい場所って、ここ？」 「ああ」 #レントゲン室の亡霊

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階段へ繋がるドアを開けながら、綾瀬は続ける 「聞こえるか、川内」 中からは伝達の放送が流れ出る 『ヒトロクフタマル、三学年海上要員は・・・』 時間の読み方は川内も聞き覚えがある、海軍で使われていたものだ #レントゲン室の亡霊

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「陸自も海自も、数字の読み方は陸軍と海軍にそれぞれ習っている だから、防大の伝達も同じ読み方なんだ ・・・人によって言い方が変わるのは少々分かり難いがな」 ちなみに空自は海軍式である 「さっきの制服といい数字の読み方といい海軍の伝統はきちんと伝わってるぞ」 #レントゲン室の亡霊

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尚も綾瀬は続けた 「防大には靖国行進ってイベントもあってな この横須賀から靖国神社までの約70キロを、眠らずに歩き通すんだ 全員、必ず一度はやる」 「なんのために・・・？」 「決まってるだろ 戦没者の霊を慰めるためだ」 #レントゲン室の亡霊

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川内は何も言わない 「船の名前に数字の読み方、制服から伝統、行事に至るまで、自衛隊は日本軍から伝えられたものをきちんと守り徹してるんだよ それは先人への最高の敬意の表し方なんじゃないかと俺は思ってる」 #レントゲン室の亡霊

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川内は東京湾を眺めるだけで、何も言わない その眼前に綾瀬は、ケータイで撮った一枚の写真を出す 「綺麗な景色だろ？」 そこには、同じ場所から撮ったであろう見事な夜景があった 黒くそびえる猿島ときらびやかな海の向こう、横浜や東京の摩天楼 #レントゲン室の亡霊

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「昔は、この景色が嫌いだったんだ まるでこれ見よがしにシャバの景色を見せつけられてるみたいでな 正直見てて腹が立った だがなんでも、この土地は防大の初代学校長がえらく推してたらしい 今なら、その理由がわかる気がするよ」 綾瀬はコーヒーの空き缶を置く #レントゲン室の亡霊

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「あれこそが、将来守ることになる一億の国民と、その美しい国土だ そう教えるために初代学校長は、ここに防大を建てたんだと思う そして川内、これはお前が守り抜き今に伝えた景色なんだよ」 「・・・ずるいわよ、そんな言い方」 #レントゲン室の亡霊

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川内の横顔をつつ、と涙が伝う 「私が、守った景色・・・」 「ああそうだ お前も、乗員の人たちも、やってきたことはムダなんかじゃない 確かにその戦いぶりを知ってる人間は少ないかもしれんが、だが靖国行進みたいに覚えてる、覚えようとする人間も必ずいる」 #レントゲン室の亡霊

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綾瀬は川内の肩を掴むと、正面に向き直った 「・・・今、一人の自衛官として、一人の国民として、礼を言いたい 本当に、ありがとう」 その言葉に川内は、遂に耐えきれなくなったのか、みるみる涙腺を決壊させると海原の彼方にまで届きそうな声で泣きじゃくったのだった #レントゲン室の亡霊

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帰り際　　 「泣いて少しは気が晴れたか？」 後ろで目を擦る川内に綾瀬は、照れ隠しにややぶっきらぼうになりつつも話しかける 「うん・・・」 川内はハンカチで鼻をかんでから、またにっこりと笑顔になった 「綾瀬・・・中尉だっけ？」 「二尉、だ」 #レントゲン室の亡霊

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「・・・ありがと」 その時だった 綾瀬のポケットでケータイが震え出す 「うわ、いっけね！！」 艦に戻るのが大いに遅れたことによる、催促の電話だ あわててスマホを取り出すと平謝りをする綾瀬の後ろ姿に、川内はクスリと笑う #レントゲン室の亡霊

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「もー、仕方ないな」 川内は駆け寄ると耳元に顔を寄せ 「・・・これは、素敵なデートのお礼ね♪」 その頬にキスをした 呆気に取られる綾瀬のケータイから漏れる先任曹長のがなり声が中央ホールにこだまする 「ほら、早く帰ろ？」 今度は綾瀬が川内の背中を追う番だった #レントゲン室の亡霊

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「・・・ああ、還ろう 横須賀にな」 #レントゲン室の亡霊

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それからのことだった 綾瀬の乗る艦は不思議と、事故や乗員の不幸に見舞われることが無くなったのは 「あの船には女神がついている」 ・・・そんな噂話が横須賀に流れるようになるのは、また少し後の話である #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

おしまい #レントゲン室の亡霊