窪美澄さん『さよなら、ニルヴァーナ』について

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榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

窪美澄さん『さよなら、ニルヴァーナ』01 窪美澄さんの新刊『さよなら、ニルヴァーナ』(文藝春秋)を読み終えました。この作品の読者の多くがおそらくそうであるように、未だ読後の余韻から冷めやらない状態です。小説には大きく分けて二つのタイプがあると思います。

2015-06-06 17:47:46
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』02 一つは、物語の沃野に身を委ね充足感に浸るタイプの小説。もう一つは、物語を読み始める前と読み終えた後で、自分の中で確実な変化を自覚するタイプの小説。前者は村上春樹さん、後者は村上龍さんというと分かりやすいでしょうか。窪さんの小説は、もちろん後者です。

2015-06-06 17:49:38
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』03 この作品はいわゆる「震災後の文学」にカテゴライズされる作品です。ここで言う震災とは、阪神・淡路大震災です。そしてさらに、オウム真理教の地下鉄サリン事件や神戸連続児童殺傷事件など、90年代中盤から東日本大震災に到る惨禍と事件の歴史がトレースされます。

2015-06-06 17:56:44
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』04 直接的なモチーフとして扱われているのが、1997年に起こった14歳の少年による神戸連続児童殺傷事件です。神戸の事件は小説の構想の段階で参照されたモデルであり、作中の事件は異なります。作中では14歳の少年Aが、7歳の少女を残忍な仕方で殺害します。

2015-06-06 18:00:19
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』05 この作品には4人の語り手が設定されています。作家志望で35歳の水野今日子。阪神・淡路大震災の1ヶ月後に生まれた大学1年生の莢(さや)。少年Aによって娘の光(ひかり)を殺された母親のなっちゃん。そして現在は陶芸工房で働く少年Aのであった倫太郎。

2015-06-06 18:02:53
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』06 本書は10章から成っていますが、4人は各章の語り手となり、自分の半生を、事件との関わりを、現在の状況を語っていきます。章から章へと、異なる人物が物語を語り継いでいきます。そして度々、語り手となった人物と異なる人物が交錯します。

2015-06-06 18:07:57
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』07 そしてその状況自体が相互視点的に語られていきます。窪さんがそのような仕掛けを物語に組みこんだことには(おそらく)理由があります。それは、まったく接点のない4人の人物の「出会いの物語」として作品を構成するためです。

2015-06-06 18:09:43
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』08 殺人者、被害者家族、殺人者に恋する者、殺人者を調べようとする4人の人物が、偶然の導きによって出会います。僕は窪さんがこの作品を書かれるにあたって採用された立場は、ニュートラリティ(中立性)ではないかと考えています。

2015-06-06 18:09:56
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』09 たとえばこの作品は、加害者側、被害者側のどちらにも与しない、平等でフェアな視点で書かれています。同じことは、人間の関係性においても指摘できます。たとえ結果的に人と人の出会いがネガティブな状況を生みだしたとしても、あらゆる出会いには意味がある、

2015-06-06 18:11:05
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』10 出会い自体を否定することはできないとする基本的な考えを、この作品に読みとることができます。そう、たとえそれがおぞましき殺人者と無垢な被害者の出会いであったとしても。

2015-06-06 18:12:10
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』11 娘を殺された母親のなっちゃんは、「光があの子に殺されたのは、ほんとうに不幸なことだったんだろうか」と考えます。倒錯した考えのように思えます。しかしいっぽうで彼女は、娘の死によって、自分のことを心配してくれる信頼すべき教会の女性と出会うことができ、

2015-06-06 18:13:05
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』12 娘を失い、うつ状態になった夫に寄り添う気持ちが芽ばえるのです。人と人の出会いは突発的、偶発的なできごとです。それは出合い頭の衝突事故のようなものです。出会いによって生じた結果とは別に、「出会い」そのものはニュートラルであり、

2015-06-06 18:14:38
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』13 時として恩寵をもたらす「出会い」を全面否定することはできないとする主張に、僕は全面的に賛同します。なぜなら「他者との出会い」は、現代において唯一の「希望」といっていい「できごと」であると確信するからです。

2015-06-06 18:16:21
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』14 まだまだツイートしたいことはあるのですが、この作品についてはゆっくりじっくり考えたいので、今日はここまでにします。一日10ツイートぐらいずつコンスタントに書いていければいいのですが、、。ではまた。

2015-06-06 18:16:50
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』15 昨日はこの作品の中心にある、他者との出会いにまつわる可能性の問題について考えました。次に考えてみたいのは、4人の出会いの中心にいる莢(さや)という少女についてです。阪神・淡路大震災の1ヶ月後に生まれた莢は、震災で父親を失います。

2015-06-07 13:44:39
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』16 12歳の時に震災を経験した少年Aもまた、父親不在の環境で育ちます。莢は少年Aを「ハルノブ様」と慕い、彼のHPを作ります。美しき容貌をもち猟奇事件を起こした少年Aは、莢にとって崇拝の対象です。犯罪に関係した場所を「聖地巡礼」と称して訪れもします。

2015-06-07 13:47:47
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』17 莢は同時に、Aと今日子、Aとなっちゃんをつなぐ「ハブ」のような人物でもあります。小説家になる夢を諦めた今日子は、東京での生活を切りあげ、保釈されたAが住んでいると噂されている町に近い実家に、母親と妹家族の世話をするために帰ってきます。

2015-06-07 13:50:19
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』18 家族の世話に明け暮れる今日子の日常を支えるのは、Aの存在です。今日子のAへの関心は、徐々に恋情へと移り変わっていきます。彼女は、「Aを理解できるのは、輝くような人生に弾かれた人間だけ。私のような女だけだ」と考えるようになります。

2015-06-07 13:51:10
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』19 莢と今日子は異なるモチベーションでAと共振し、自身の中でイメージ化されたAの幻影に恋します。今日子と莢は、ある状況下で出会い(すれ違い)ます。一方、娘の光(ひかる)を殺された母親のなっちゃんは、Aと会って話がしたいという気持ちを抱き、

2015-06-07 13:53:22
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』20 大人になった彼が住んでいると噂されている土地に向かいます。そこで、同じくAを探してこの地にやってきた莢と出会うのです。Aに恋する莢とAに娘を惨殺されたなっちゃんの運命的な「出会い」は、この後、物語の中心に据え置かれることになります。

2015-06-07 13:54:12
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』21 僕がこの作品でもっとも重要な人物と考えるのは莢です。すでに述べたように、莢は登場人物同士を結びつける役割を担っています。「莢」という名前がそれをはっきりと表しています。莢とは「マメ科の植物の種を包んでいる殻」のことです。

2015-06-07 13:55:31
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』22 莢はその名の通り、包容力によって人を「包みこむ」存在です。なっちゃんは、莢と出会うことで救われます。突然、神戸の自宅を訪問してきた莢を迎えたなっちゃんは、莢に光の成長した姿を重ねあわせます。

2015-06-07 13:56:23
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』23 莢を迎えたなっちゃんが、夫と息子と一緒に家族のように夕食をとるシーンは、いま思いだすだけでも大きく心が揺さぶられます。莢は被害者家族である片山家に「恢復」のきっかけを与えます。莢はひたすら与える人です。包みこむ人です。

2015-06-07 13:57:35
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』24 そう、少年Aに殺された光もまた、与える人、包みこむ少女でした。自分より弟のことを考え、両親に気遣いし、孤絶状態であった少年Aに明るく声をかける、そんな少女だったのです。彼女は名前通りに「光」のような少女でした。

2015-06-07 13:59:05
榎本正樹 @11月17日『新海誠の世界』KADOKAWA刊 @enmt

『さよなら、ニルヴァーナ』25 夜中に突然泣きだした原因が震災時の地震の記憶であると考え宥める母親に対して、「ちあうの」と舌足らずな物言いで返す光の言葉が、今も頭から離れません。光は自らの悲劇を予見し、それに殉ずるのです。

2015-06-07 14:03:21
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